NO15:竜殺しの煮込み料理
戦場の炊事班に、とんでもない男が配属されてきた。その名は、カイザス。
「信じられねぇ……あの竜殺しのカイザスが、飯炊きだと?」
兵士たちの間では、そんな囁きが飛び交った。無理もない。
カイザスは、つい先日、世界を恐怖に陥れていた黒竜ガルグを討伐したばかりの英雄だ。
その彼が、なぜか最前線の炊事班にいる。
「おい、カイザス! 火力が足りねぇぞ! お前、本当に竜殺しか? 火加減もまともにできねぇのか?」
炊事班長のドワーフ、ゴルゴンの怒鳴り声が響く。カイザスは、巨大な薪をくべながら、汗を拭った。
「すいません、班長。竜の炎はもっと手強くて……」
「くだらんことを言うな! さっさと肉を捌け!」
その日の夕食は、森で獲れたばかりの巨大な猪肉を使った豪快な煮込み料理だった。
カイザスが慣れない手つきで寸胴鍋をかき混ぜる。
「うわ、今日の飯もすげぇな……」
兵士たちが配給された皿を覗き込む。ゴロゴロと入った猪肉に、見慣れないキノコや山菜。香辛料の香りが食欲をそそる。
「食ってみろ、兵士たち! 今日はカイザスの特別メニューだ!」
ゴルゴンがそう言うと、兵士たちは恐る恐る一口運んだ。
途端に、彼らの顔が驚きに染まる。
「な、なんだこれ……! 獣肉の臭みが全くねぇ!」
「口の中でとろけるみたいだ……!」
ある兵士が言った。
「これ、本当にカイザスが作ったのか? まさか、竜の肉を混ぜてるんじゃ……」
冗談交じりの言葉に、兵士たちは笑った。その夜、彼らの間ではこんな噂が広まった。
「カイザスの料理を食うと、力が湧いてくるんだ」
「あいつの飯は、士気を高める魔法だ!」
翌日、斥候に出ていた兵士たちが、魔物の群れに遭遇し、満身創痍で戻ってきた。
彼らの顔には、疲労と絶望の色が濃く表れている。
「ダメだ……もう、動けねぇ……」
そこに、カイザスが現れた。手には、熱気を帯びた大きな鍋。
「食え! 今日は特別に、ドワーフの秘伝の薬草と、オークの心臓を使ったスタミナ回復スープだ!」
兵士たちは顔をしかめた。
「オークの心臓だと……? そんなもん、食えるか!」
しかし、カイザスは構わず、彼らの前に皿を差し出した。
「食えばわかる。俺が、お前たちを、もう一度戦場に立たせてやる」
一口、また一口とスープを口に運ぶ兵士たち。その顔色が、みるみるうちに変わっていく。
「う、美味い……!」
「体が、温かくなってきた……!」
疲弊しきっていた兵士たちが、まるで嘘のように生気を取り戻していく。
彼らは互いの顔を見合わせ、そして、立ち上がった。
「もう一度……もう一度だけ、戦える!」
その日以来、カイザスの料理は「戦場の士気を高める魔法」として、伝説のように語り継がれるようになる。
彼の料理は、兵士たちの肉体的な回復だけでなく、精神的な支えとなっていたのだ。
ある夜、ゴルゴンが カイザスに尋ねた。
「なあ、 カイザス。お前ほどの英雄が、なぜ炊事班なんかにいるんだ? もっと他に、やることがあるだろうに」
カイザスは、静かに鍋をかき混ぜながら答えた。
「俺は、竜を殺した。しかし、それだけでは、何も解決しないことを知ったんです」
彼は顔を上げ、遠くの炎を見つめた。
「どんなに強い兵士でも、腹が減っては戦えない。どんなに勇敢な者でも、心が折れてしまえば、剣を振るうことはできない」
カイザスは、にやりと笑った。
「俺は、剣で戦うのはもう飽きた。これからは、美味い飯で、兵士たちの士気を高めてやる。それが、今の俺の、戦いだ」
ゴルゴンは、何も言わずにカイザスの背中を見つめた。その背中は、かつて世界を救った英雄のそれとは違う、しかし、確かに、この戦場を支える、新たな英雄の姿だった。
カイザスの料理は、今日も最前線の兵士たちの胃袋を満たし、そして、彼らの心を奮い立たせている。
もしあなたが戦場で彼に出会ったら、何を頼みますか?