NO13:銀河餃子
宇宙の片隅に浮かぶ、薄汚れた灰色の居住ポッド群。そこが、絶え間ない星間戦争から逃れてきた難民たちの「銀河餃子、停戦中」と名付けられたキャンプだった。
希望なんて、とっくの昔にどこかの星の彼方に消え失せたと思っていた。
だが、ここには唯一の光があった。それが、地球式餃子を売る小さな屋台。
その名も「アースギョーザ」
「おい、マスター!今日も熱々を頼むぜ!」
ドワーフのようなずんぐりした体格のズング族の男が、粗雑なテーブルにどすんと座り込んだ。彼の隣では、細長い肢体を持つフルムーン族の女性が、透明な皮膚の下で青い血管を 震わせている。
彼らは種族も文化も異なるが、この屋台の前では誰もが同じ、飢えた客だった。
屋台の主、サイトウは白い湯気をあげる鉄板から 黄金色に焼けた餃子を 豪快に皿に盛った。
彼の顔には、この過酷な環境で生き抜いてきた者の特有の、諦めと 希望が混じったような表情が浮かんでいる。
「はいよ、ズングさん。フルムーンさんも、いつもの?」
サイトウは尋ねた。フルムーン族の女性は、無言で頷いた。彼女の表情は読み取れないが、その瞳の奥には、確かな期待が宿っているように見えた。
「ったく、このキャンプで唯一美味いのが、あんたの餃子だけだもんな」
ズング族の男が、熱気を帯びた餃子を頬張りながら言った。
「なんでこんな美味いもん、地球人は今まで隠してたんだ?」
サイトウは苦笑した。
「隠してたわけじゃないですよ。ただ、そっちの星じゃ、あまり知られてなかっただけで」
「ま、おかげで俺たちゃ生き延びてるってわけだ。この餃子がなけりゃ、とっくにみんな、希望も何もかもなくして滅んでたろうな」
その言葉は、キャンプにいる全員の心の奥底に響く真実だった。
この「銀河餃子、停戦中」キャンプでは、暴力が日常であり、明日は約束されていない。
だが、この熱々の餃子を口にすると、ほんのひとときだけでも、彼らは自分たちがまだ生きていることを実感できた。
ある日、屋台に珍しい客が来た。惑星間の紛争で名を馳せた、冷酷な指揮官として知られるグラディウスだった。彼の 着るもの は見るからに高価で、その周囲には威圧的なオーラが漂っている。
「これが…地球式餃子か」
グラディウスは、差し出された皿の上の餃子をじっと見つめた。
「噂には聞いていたが…」
サイトウは 静かに彼の反応を待った。グラディウスは慎重に一つを口に運んだ。
その瞬間、彼の無表情だった顔に、微かな変化が訪れた。眉間にわずかな皺が寄り、瞳の奥に 過去の記憶が宿ったような光が 差した。
「…故郷の…母の味に、少し似ている」
グラディウスは、か細い声で呟いた。
その声には、冷酷な指揮官の面影はどこにもなかった。
サイトウは驚いた。彼の餃子が、まさかグラディウスの心の奥底に眠る記憶を呼び覚ますとは。
「指揮官にも、故郷があるんですね」
サイトウは、思わず口に出していた。
グラディウスは顔を上げた。彼の瞳は、もはや冷徹ではなく、どこか哀愁を帯びていた。
「そうだ。私にも、大切な故郷があった。だが…」
彼は言葉を詰まらせた。
「戦争が、全てを奪い去った」
その日以来、グラディウスは毎日のようにサイトウの屋台を訪れるようになった。
彼はいつも同じ席に座り、静か に餃子を食べる。そして、時折、故郷の思い出を 優しい口調で語るようになった。
サイトウは、彼の話に耳を傾けながら、餃子を焼き続けた。
数週間後、キャンプに衝撃のニュースが走った。これまで膠着状態だった紛争が、再び激化するというのだ。
キャンプの住人たちは動揺し、絶望に打ちひしがれた。この場所も、もうすぐ戦場になるかもしれない。
「サイトウ、どうするんだ?」
ズング族の男が、青ざめた顔でサイトウに詰め寄った。
「俺たちは、どこへ行けばいいんだ?」
サイトウは、鉄板の前に立ち尽くしていた。彼の心もまた、深い不安に覆われていた。
この餃子が、彼らを繋ぎ止めていた唯一の希望だったのに。
その時、グラディウスが屋台の前に現れた。いつもと異なり、彼の顔には固い決意が浮かんでいた。
「皆、聞け」
グラディウスの声が、キャンプ中に響き渡った。
「私は、このキャンプを離れる」
ざわめきが起こった。彼が去れば、このキャンプはさらに危険に晒されるだろう。
「だが、安心してほしい」
グラディウスは続けた。
「私は、停戦交渉の席に着く。…この、地球式餃子を、手土産としてな」
サイトウは、彼の言葉に目を見開いた。グラディウスは、サイトウに微笑んだ。
その微笑みは、彼の冷酷な指揮官としての顔からは想像もつかないほど、穏やかなものだった。
「この餃子は、私に故郷を思い出させてくれた。そして、故郷には、平和があった」
グラディウスは言った。
「この味なら、きっと相手も、心を動かすはずだ」
グラディウスは、サイトウがスペシャルに用意した大量の餃子を抱え、宇宙船に乗り込んだ。彼の背中が、戦いではなく平和への道を歩むことを選んだ、一人の男の姿に見えた。
それから数日後。
「銀河餃子、停戦中」キャンプに、宇宙中に響き渡るニュースが飛び込んできた。
「惑星間の紛争、全面停戦合意!」
キャンプの住人たちは、歓喜の声を上げた。抱き合い、涙を流し、喜びを分かち合った。
サイトウは、屋台の前で静かに鉄板を拭いていた。
彼の目には、かすかな涙が浮かんでいた。
「やったな、グラディウスさん」
サイトウは呟いた。
「あんたの餃子が、世界を救ったんだ」
その夜、キャンプでは盛大な祝宴が催された。サイトウは、これまでで一番多くの餃子を焼いた。人々は笑顔で餃子を頬張り、平和の訪れを祝った。
翌朝、サイトウが屋台を開けると、そこにはグラディウスの姿があった。彼は、いつもの 高級服ではなく、簡素な平服を着ていた。
「帰ってきたんですね、グラディウスさん」
サイトウは言った。
グラディウスは頷いた。
「ああ。そして、これを返しに来た」
彼が差し出したのは、空になった餃子の容器だった。
「お土産の餃子は、交渉の場で大好評だった。相手の指揮官も、故郷の味を思い出したと言ってな。…おかげで、話は驚くほど スムーズに進んだよ」
グラディウスは、どこか照れくさそうに笑った。
「それで、これからどうするんです?」
サイトウは尋ねた。
グラディウスは空を見上げた。
「故郷に帰る。…そして、二度と武器を取らない」
サイトウは、彼の言葉に胸が熱くなった。
「最後に、もう一つだけ頼みがあるんだが」
グラディウスは、サイトウに向き直った。
「この餃子のレシピを、教えてはくれないか?」
サイトウは、一瞬驚いた顔をしたが、すぐに笑顔になった。
「もちろんですよ。…平和の味ですからね」
サイトウとグラディウスは、互いに顔を見合わせ、穏やかに笑い合った。
宇宙の片隅の小さな屋台で生まれた「銀河餃子」が、ついに本当の「停戦」をもたらしたのだ。
彼らの餃子は、単なる食べ物ではなく、争いを乗り越え、人々の心と心を繋ぐ、希望の象徴となったのだった。