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王女セシリアの賭け

かつての大通りは沈黙していた。


王都の中心にある第三市場――正規のギルド連盟に登録されなければ露店すら出せないはずのその場所に、今、小さな人だかりができている。


「……これ、ほんとに使えるのか?」


「おう、さっきこの紙でパン買った。裏の屋台でも通じたぞ」


人々が手にするのは、厚手の紙に印刷された謎の通貨。


それは《カラス券》と呼ばれる、新たな信用紙幣だった。


裏には、信用保証人:王女セシリアの刻印が光っている。





<新たなる経済の胎動>



「……反応は上々、ってところか」


商会支部の仮設作戦室で、カルロが簡易地図に印をつけながら言った。


「今のところ、無認可区域ではほぼ流通が成立。次は、どこまで、合法側に食い込めるかだな」


「紙幣としては、まだ交換券の域を出てない。だけど、これが流通してしまえば、それは現実になる」


セイジは机に広げた設計図――いや、経済モデル図を見つめていた。


「『流通が信用を生む』だったら、王女の信用を流通させればいい。それが紙幣の原理だ」


かつて、金貨や銀貨の重さが、信頼を担っていた時代。


だが今、彼らが目指すのは、紙切れが価値を持つ世界。


貨幣とは、結局は約束に過ぎない。


ならば、その約束を誰が担保するのか――それを王女が引き受けたのだ。





<王宮謁見室>



「このまま進めば、私の政治生命は尽きるかもしれない」


セシリアは、窓の外を見つめながら静かに言った。


「王国財務庁、商務庁、それに議会の主流派すら……私の行動を愚かだと嗤っている」


「でも、それでも、私はあの男に賭けたの」


「セイジは、今あるものを壊してしまう存在だから」


振り返ったその瞳には、微かに戦士の炎が宿っていた。


「私は、あの男の通貨に、私自身を、担保として載せた……この国の経済を動かすには、それくらいの賭けが必要だったのよ」





<財務庁長官・ルードの陰謀>



「――紙幣だと?」


重々しい声が、王国財務庁の会議室を満たす。


長官ルード・ヘイグスの眉間には深い皺が刻まれていた。


「無許可通貨の流通は明確な経済犯罪だ。しかも、それに王族の名を使うなど、もはや反逆だ」


傍らの男――ザカリーが静かに口を開く。


「ですが、殿下は正式な貨幣法に、触れぬ範囲で巧妙に動いています。交換券としての形式、保証契約の形も合法ギリギリ……法的には、否定が難しい」


「……忌々しい男だ、城崎誠司」


「こちらも準備は進めております。そろそろ、資材流通そのものを抑えにかかりましょう。紙幣では物は動かせませんから」


「うむ、必要なのは物理的制圧だ。流通の根を断て」


「了解しました。レメルには忠告を、影商会には別条件を……この局面で奴らが誰につくかで、未来が変わります」





<農業ギルド・レメルの選択>



「……なるほど、アグロスが買いに来たか」


農業ギルドの長、レメルは唸った。


「今なら、うちの作物を倍の値で買う、と。条件は、カラス商会の流通網から撤退すること」


机の上に置かれた契約書の文字が、じわじわと目に染みる。


「だが、俺はあの若造に未来を見た。都市じゃない、田畑にまで信用を運ぼうとした奴は、あいつが初めてだ」


ギルドの仲間たちは沈黙したまま、レメルを見つめている。


「だから俺は……カラス商会に乗る。王女が賭けたんだ、農夫の俺も、ひとつ賭けてみるか」


レメルの署名が入った書類が、商会へと届けられたのはその日の夕方だった。





<カラス紙幣の信用が生まれるとき>



翌朝、王都の第二市場に突如として貼られた布告。


「王宮御用達・農業ギルド推薦商品は《カラス券》での購入を優遇します」


この一文が、すべてを変えた。


貴族夫人が小声で言う。


「最近、あの紙で買える店、増えてるらしいわよ」


「王女様が保証してるっていうし、使えなくなることはないんじゃない?」


庶民も、商人も、裏社会の人間も――


少しずつ、紙切れを受け取るようになった。


そしてそのたびに、それは通貨になっていく。





<セイジの独白>



「通貨ってのは、信用の形じゃない……信用の流れだ」


夜の支部室で、セイジは一人言った。


「だから、誰が発行したかより、どこで使えるかの方が大事なんだ」


「王女の名はきっかけに過ぎない。……俺たちが、使いたくなる経済を作れるか。それが勝負だ」


その目は、次の戦場――市場ではなく、制度そのものへ向けられていた。


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