物流革命と人材育成
「おいおい、本当にこれ全部《カラス商会》宛かよ!?」
ワイバーン輸送便の荷揚げ担当が、驚きの声を上げた。積み上がる木箱の山には、王都からの大量発注品が詰め込まれている。
見本市での成功を皮切りに、《カラス商会》は瞬く間に、期待の新星と噂されるようになった。
だが――順調なのは売上だけだった。
「……物流が追いついてないな」
セイジは地図と納品スケジュールを見ながら苦い顔をした。
「一部地域じゃ、納期が一週間もズレてる……これは信用に響くぞ」
「ワイバーン便は使ってるけど、荷量に限界があるし……下手すりゃ今後の契約打ち切りにもなりかねません」
カルロが即座に懸念を上げる。
「まずいよねぇ、これ。倉庫番のラガンさんなんて、一人で死にそうな顔してたよ?」
フィナが軽く口をとがらせる。
そのとおりだ。人手が足りていない。商品の回転速度が上がるほど、内部の古い仕組みが足を引っ張ってくる。
だが、セイジの眼は違っていた。
「ここが転換点だ。旧式のやり方を全部捨てよう。物流と人材のシステムそのものを、変える」
その日から、《カラス商会》の第二の革新が始まった。
<魔法と数学が繋ぐ物流網>
「……えーと、空間固定術式……座標同期……計算式は、こんな感じか?」
セイジは手元の羊皮紙に数式を書き込みながら、魔法研究員と頭を突き合わせていた。
ワイバーン便に加え、いよいよ空間魔法の導入に踏み切ったのだ。
これまでの空間魔法は燃費が悪く、軍用や王家の特急便など、金持ちの道楽だった。だが、セイジはそれを「中量・短距離」に特化させ、汎用的に使う方法を考案した。
「魔法は力だけでなく仕組みだ。最適化すれば、民間でも使えるはずだ」
「なるほど……つまり距離ではなく流通拠点の数で計算するってことですね!」
ミリアが目を輝かせる。
物流拠点を各地方に設置し、そこから小口配送で各商会・店舗に商品を届ける。いわば、魔法版の分散型デポシステムだ。
「まるで、あの世界の物流企業みたいだな……」
セイジは懐かしげに呟いた。自分がかつていた現代日本では、これが当たり前だったのだ。
そして実験ののち――
「転送完了! 壺も割れてません!」
「すげぇ! 本当に物が届いた!」
ついに、《カラス商会》は魔法物流を実用化した。
物流効率は従来の3倍以上。転送費用はワイバーンの半分以下。敵商会の度肝を抜くには、十分すぎる成果だった。
<商人育成学校《カラス塾》>
「次ィ! 商品の利益率と回転率を掛けて、月間収益の予測を出してみろ!」
「は、はいっ!」
その日、商会の倉庫に設けられた仮設講堂には、若者たちの叫びと汗が満ちていた。
「名前は《カラス塾》。後継者不足で困ってる地方商人の子弟や、浮浪児だった奴らを対象にした、実地訓練型の経営育成プログラムだ」
「教育投資ってやつだな。短期じゃ利益にならないが、長期で見れば強力な人材資本になる」
カルロも納得の表情を浮かべる。
もちろん、善意だけではない。
実際に育成した人材を、支店や物流拠点に配属できる。内部に経営意識を持つ人間が増えれば、商会の体力も上がる。
「理屈より実務! 現場で叩き込んでやるから、覚悟してついてこい!」
そう叫ぶバルトに、生徒たちは目を輝かせた。
冒険者上がりのバルトの現場主義と、セイジの理論志向が組み合わさった教育方針は、驚くべき成果を出していく。
<成長の代償>
だが、順風満帆に見えたこの流れにも、影は差し込んでいた。
「……妙だな。最近、地方拠点への納品スケジュールが、意図的に乱されてる気がする」
「在庫表が改ざんされてた箇所もあったぞ」
「うちの新人が何人か、他商会から破格の条件で、引き抜きの話を受けてるらしいです……」
敵の妨害は、情報と内部撹乱へと移っていた。
そして――
「お前……ザカリーの息がかかった連中に、うちの情報を渡してたな?」
セイジが問い詰めたのは、一人の新人職員だった。
「ち、違う! 俺はただ、報酬が……こんな、成功するなんて思わなかっただけで!」
その目は、嫉妬と焦りに濁っていた。
セイジは深く息をついた。
「成功には、守るべき信用がついてくる。その覚悟がないなら、最初から門をくぐるべきじゃない」
彼は静かに、男に辞職を命じた。
塾の生徒たちが、その様子を見つめていた。
誠司は、仲間たちに告げる。
「どれだけ拡大しても、中身が腐れば終わりだ。これからは、組織全体の倫理も見直す。俺たちは、ただの商会じゃない。未来を築く企業なんだ」
その声に、誰もが頷いた。
そしてその夜、密かにザカリーは動き出していた。
「物流と人材か……面白い。だが、それを支える市場そのものを潰せばどうなる?」
ザカリーの手が伸びるのは、信用そのもの。
次の戦場は、市場全体――通貨と価値を巡る、金の戦争だ。