剣なき戦争の勝者たち
交易都市──
かつて王国の一都市だったこの地は、今や多種多様な商人、職人、農民、そして冒険者たちが集う経済の中心地となっていた。
だが、隆盛の裏には必ず「反動」がある。
「……やはり動いてきたか。旧王党派、そしてアグロス財団」
カラス商会の執務室で、誠司は静かに呟いた。
<迫る旧秩序の反撃>
アグロス財団──
巨大資本と貴族の影響力を背景に、かつて王都市場を牛耳っていた古参商会。
信用経済を否定し、金本位制への回帰を主張する彼らは、新秩序を公然と批判し始めた。
「奴らが広めている通貨不信の噂、あれはただの風評じゃない」
ミリアが緊迫した面持ちで報告する。
「複数の都市でカラス券が暴落寸前。暴動も起きてる」
「……先に信用を揺さぶってきたか」
セイジは思考を巡らせる。
これはもう、単なる市場戦争ではない。
「国家vs経済連盟」――剣なき戦争の火蓋が、切られたのだ。
<信用こそが最大の武器>
「武力を持たずして勝つには、何を使えばいい?」
仲間たちに問いかけると、バルトが答える。
「情報、契約、そして……数字だな」
「その通りだ」
セイジは微笑むと、一枚の布告書を取り出す。
「この信用指数を導入する」
それは通貨・物流・雇用・成長率などの要素を数値化した「エコノミア経済指数」だった。
指数は毎週公表され、各ギルド・通貨の信頼度を客観的に示す。
「信用を数字にして見せる。噂より強いのは、実績と透明性だ」
カラス商会の本部に、再び人が殺到した。
人々は、剣ではなく契約書を武器に、秩序を守ろうとしていた。
<最後の交渉>
ある日、王都の旧財務庁ビル。
その一室で、セイジは因縁の相手と対峙していた。
「……よく来たな、誠司。やはり、お前が時代を動かすのか」
ザカリー――アグロス財団総帥。
元は王国の経済を支えていた名家の当主。だが、旧来の特権に固執し、変革を拒んできた男だ。
「エコノミアが拡がれば、我らの資産は瓦解する。お前に譲れば、千年の支配が終わるぞ」
「なら訊こう。あなたはその千年で、誰を豊かにした? 誰を救った?」
「……我らだ」
「それが終わりです。今度は、皆で分け合う番だ」
会談は物別れに終わる。だがザカリーは帰り際、こう呟いた。
「……いつか信用は裏切られる。必ずな」
<世界へ向けて>
数か月後――
セイジは各国との条約交渉に乗り出した。
信用通貨「カラス券」は五か国で流通を開始し、物流拠点も国境を越え拡大する。
「契約一本で国境を越えられるなんて……夢みたいだな」
カルロが感嘆しながら言う。
「剣も魔法も、使わずにな」
フィナがぽつりと呟く。
「それでも……これだけの戦果を上げたのよ。間違いなく、これは戦争だった」
誰もがうなずいた。
剣なき戦争。それは、人と人とが契約によって衝突し、秩序を取り戻すまでの長い闘争だった。
<最後の夜、そして旅立ち>
カラス商会の屋上。
王都の夜景を見下ろしながら、セイジは肩を並べる王女に問いかけた。
「この国を、壊してしまったと思いますか?」
「いいえ。あなたは変えただけです」
セシリアは、柔らかな笑みで続ける。
「王でさえ成せなかった平和的な覇権を、あなたは成し遂げた。誇っていいわ、誠司」
やがて夜が明ける。
セイジは旅装束に身を包んでいた。
「次は……異世界全土ですか?」
ミリアが聞く。
「まだまだ未開の市場がある。通貨も制度も、バラバラのままだ。統一すれば、世界は変わる」
「信用ひとつで、世界征服を?」
「そのつもりだよ。戦争じゃない。革命でもない。たった一枚の契約書で、俺は世界を獲る」
カラス商会、新たなる旅立ち――
剣も魔法も使わず、ただ信頼という名の力で。
これは、異世界を舞台にした――
最も静かで、最も壮大な戦争の、勝者の物語。




