初仕事
数日後。夜十時。黎人は人目につかない場所にある駐車場へとやってきた。そこには、黎人より早く来ていた柊花がいた。
二人がこうして集まったのは他でもない、仕事である。
駐車場には、一台のウィングタイプのトラックが置いてあった。荷台には『運輸会社リバース』と書かれている。人間の魂を異世界へと運ぶため間違ってはいないが、ジョークにしては笑えない謳い文句だ。
「陸奥さん、ちょっと来て」
黎人は、柊花に呼びかけた。その呼びかけに応じ、柊花は荷台の横に立った。
すると、荷台の側面が開き、中から仰々しい装置が現れた。
「これがいわゆる転生装置。実際に見てもらった方が良いと思って」
その言葉に、柊花は返答しなかった。ただ、装置を見つめる目を皿にしていた。
「そろそろ出発するよ」
そう言うと、柊花はハッとした。それから慌てた様子で、トラックに乗車した。
柊花を助手席に乗せ、黎人が運転するトラックは動き出した。交通量の少ない道から、そうでない道に出ると、そこは対向車のライトや、多くの建造物から漏れ出た光で溢れていた。
黎人が運転する傍ら、柊花は窓の外をまじまじと眺めていた。物珍しそうに眺めるその様子があまりに熱心だったため、黎人は訊いた。
「何か珍しいものでもあった?」
柊花は慌てたように首を振った。
「い、いえ。ただ、十八になるまでは夜遅くに外には出るなと両親に言われてたので、夜の街並みをあまり見たことなくて‥‥‥」
古臭い言いつけだな、と黎人は胸中で吐き捨てた。
すると、柊花が窓の外を指差し、「あれ、何のお店ですか?」と問いかけた。
「あれはハンバーガー」と黎人は答える。
「ハンバーガー‥‥食べたこと無いです」
柊花は、誰に言うでもなく、ただ呟いた。
やがて会話が途切れ、車内にはタイヤが地面を踏みしめる音と、エンジンの駆動音だけが存在していた。
することも無いので、一服しようとして、黎人は煙草を取り出した。煙草を口に咥えると助手席から視線を感じた。
横目で柊花を見てみると、煙草を、眉を顰めながら見つめていた。
「もしかして、煙草嫌だった?」
尋ねてみれば、柊花は慌てた様子で答えた。
「い、いえ。お構いなく」
本当は嫌だけど。そんな声が聞こえてくるかのようだった。
仕事仲間に嫌われるわけにはいかないと、黎人は煙草をしまった。
車を走らせ、約一時間が経った。目標にはもう数十分もすれば辿り着くというところまで来ていた。
今回は普段よりも移動距離が少なく済んでいる。その理由として考えられるのは、今回は柊花の初仕事だということを考慮して、負担が少なくなるよう、ボスが気を利かせてくれたということである。
しかし仕事内容に変化はなく、人間一人を転生させることである。その辛さを思えば、移動時間の変化に対するありがたみは湧いてこない。
目標が目と鼻の先というところまで来た。次の交差点を左折すれば、目標を目視することが出来るだろう。
交差点を左折した。人気のない道だった。
そんな人気のない道のど真ん中を、不用心にほっつき歩く者がいた。男だった。そして、それが今回の目標だった。恐らく、組織のメンバーがメールか何かを用いて、彼をここにおびき寄せたのだろう。不自然なくらいお膳立てされていた。
「陸奥さん、目を瞑っていた方が良い」
「え‥‥?」
黎人は、アクセルを一段と踏み込んだ。
トラックが迫る音に、通行人の男は振り返った。
そしてトラックはその男を――――