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喫茶店で

 二人は、立ち話するのを避けるため、近くの喫茶店に入った。

 空いている席に座り、二人とも珈琲を頼んだ後、会話を始めた。


「俺は樽老黎人、二十二歳。よろしくね」


 普段のやつれた雰囲気をなるべく出さないよう気をつけながら、自己紹介した。


「わ、私は陸奥柊花です。十八歳です」


 たどたどしく、口にした。

 十八歳。それは黎人が働き始めたのと同じ歳だった。


 高校を卒業した黎人は、迷いなく『リバース』に加わった。少年心と正義感の赴くままに、躊躇なくこの業界に足を踏み入れた。結果、一年もたたず精神に異常をきたし、しばらくは引きこもった。


 当時の自分を、黎人は愚か者だと嘲っていた。

 果たして、彼女もそうなのだろうか。底が知れている正義感を掲げて、この場にいるのだろうか。

 とてもそうは思えなかった。柊花は気弱そうではあるが、愚かそうではない。一時の感情に身を任せ、破滅を辿るような者には見えなかった。


 ではなぜ、彼女はこの場にいるのだろうか。

 それは黎人の知るところではないし、知りたいとも思わなかった。


「早速だけど、陸奥さんがこれから働くことになる『リバース』について説明しようか」


 黎人の言葉に、柊花は「よろしくお願いします」と律儀な反応を見せた。


「ちなみに陸奥さんは『リバース』についてどれだけ知ってる?」


 効率よく話を進めるため、黎人は柊花の知識量を確認することにした。


「国が公認している人を転生させる組織、ということくらいです。・・・勉強不足ですみません」

「いやいや、謝る必要ないよ。じゃあ、転生させる意味については理解してるかな?」

「魔物の出処を断つためですよね」

「正解。俺たちは魔物の脅威を根本から断つために、人間を異世界に転生させる。ただ、それ以外にもう一つ主な仕事があるんだ」


 黎人は人差し指を立てた。


「もう一つ、ですか?」

「単刀直入に言うと、それは魔物駆除だ」


 それを聞いた柊花の瞳に不安が現れたのを、黎人は見逃さなかった。

 しかし、あえてそのことには触れず、話を進めた。


「陸奥さん、試すようで悪いけど、魔力濃度が上昇すると何が起こるか分かる?」

「魔物が現れる、ですよね」


 その答えに、黎人は満足そうに頷いた。


「人間を転生させる際には、魂補完技術と、魂を異世界に送る技術が使われる。そして、そのどちらにも、魔力を要することになる。周囲の魔力を一か所にまとめ、集める。集めた魔力を使って、人を転生させる」


 魂補完技術というのは、魔力の発見によって開発された技術である。これを使えば、人間の魂をサルベージすることが可能となる。

 また、サルベージした魂を別の場所へと転送することも可能となった。別の場所、それすなわち異世界だ。

 この二つの技術が確立したことにより、人間の異世界転生が為されるようになった。

 そしてこの二つの技術には魔力が必要不可欠であることを黎人は身振り手振りを加えて解説した。

 そして、黎人が次の言葉を発しようとした時、その言葉は柊花に取って代わられた。


「その弊害で魔物を引き寄せてしまう、ということでしょうか?」


 かしこまった風に、柊花は口にした。

 話の続きを先に言われたことに、黎人は少し驚いたが、すぐに笑みを浮かべた。


「その通り。察しが良いね」

「いえ、樽老さんの説明が分かりやすかったので」


 褒められたにしては、柊花の声は先ほどよりも沈んでいた。

 魔物と戦うことに不安を覚えているのだろう。そんなことは誰が見ても分かることだった。


「怖い?」と黎人は訊く。

 柊花は慌てた様子を見せた。


「いえ、そんなことは・・・」

「今なら、まだ辞めれるけど?」


 柊花の身を案じて、という意図もあるが、それ以上に、半端な気持ちでこの仕事に挑まれては自らの命も危険に晒される可能性があるため、その質問を投げかけた。

 柊花は間をおいて、口を開く。


「いえ、辞めません」


 不安が完全に消えたわけでは無いが、それでもきっぱりと答えた。

 黎人は、柊花の答えをとりあえず良しとした。


「なら、魔物について話そう。まず、術師。こいつらには物理的な攻撃手段は効かない。だから、支給される銃を使う。銃は実弾ではなく、圧縮した魔力を放つ。それなら、術師を駆除することが出来る。

 次に騎士だけど、こっちは物理も魔力も通る。ただ、近接戦闘に長けてるから、陸奥さんみたいな新人には荷が重いかもしれない」

「つまり、私は術師の相手をすればいいということですか?」

「最初の内はね。いずれは慣れてもらいたいところだけど」


 そこまで話して、黎人はわざとらしく咳払いした。


「それで、ここからが重要なんだけど、術師と騎士以外に、もう一種類の魔物が存在する」

「もう一種類、ですか」

「そいつらの特徴として、こっちの世界とあっちの世界を自在に行き来できる。それと、騎士や術師を遥かに上回るほど強大なんだ。相対したなら、まず間違いなく死傷者を出すことになる。その代りといっては何だけど、出現頻度はそう多くない。かくいう俺も、出会った回数は今までで数える程度しかない」


 柊花は息を呑んだ。何かにとり憑かれたかのように聞き入る様子から、ただならぬ緊張が見て取れた。

 そんな彼女に、黎人は念を押した。


「ただ、そんな少ない回数でも、奴らの恐ろしさは、この身に染みついてる。生き残れるかどうかは時の運。その機会に備えてもどうにかなる確証はない。でも、心構えはしておいた方が良い」


 言い終えた時、柊花は、不安や恐怖や緊張がないまぜになった顔をしていた。

 それを見た黎人は、少し脅かし過ぎたと自省し、次に発する言葉をわざとらしく明るく口にした。


「それじゃ、これからの仕事について話そうか」


 黎人は、移動にはトラックを用いること、仕事の内容等は組織のボスから連絡されることなどを柊花に伝えた。そうした説明をしているうちに、柊花の顔には落ち着きが取り戻された。

 伝え終わると、黎人は話の途中に届いた珈琲に口をつけた。一口飲んだ後、黎人は訊く。


「大体、伝えたいことは伝えたかな。何か質問はある?」


 そう問いかけると、柊花は小さく手を挙げて「はい」と口にした。


「どうして集合場所に公園を選んだんでしょう?本部とか拠点とか、そういったものは無いんですか?」


 細かいことを気にする子だな、と黎人は思った。

 しかし、質問された以上は、黎人もそれに準ずる回答をした。


「俺たちの仕事は、多くの人から反感を買っている。そんな俺たちが一か所に固まってたら、どんな目に遭うか分かったもんじゃない。だから拠点は作らない、っていうのがボスの意向だ」


 黎人の答えに、柊花は軽く頭を下げた。


「分かりました。ありがとうございます」

「他には何かある?」

「‥‥では、人間が異世界に転生したかどうかを、どうやって判断してるんですか?」


 今度はもっともな質問だと納得し、黎人は再び答える。


「世界には魔力総量っていうのがあるんだ。知ってる?」

「この世界が内包する魔力量の総和ですよね?国が観測してるっていう」

「うん。国が観測してるのは、俺たちが生きるこの世界と、異世界の魔力総量なんだ。基本的にその値はほぼ一定に保たれてる。僅かな増減が起こっても、時間が経過すればある一定回復にするんだ。だけど、その値が大きく変動することがある」


 そこまで語ると、柊花は理解を示した。


「人間を転生させた時、ですか?」


 黎人は頷いて、


「人間を転生させる時、この世界の魔力総量は大幅に減少する。そして、その減少した分の魔力が、異世界の魔力総量に蓄積される。それが人間が転生したというサイン。組織の上層部は、それを観測しているんだ」

「分かりました。ありがとうございます」


 そう言うと、柊花は手元の珈琲を一口飲んだ。

 すると突然、黎人は「あっ」と思い出したように声を出した。


「これ、渡すの忘れてたよ」


 言いながら、黎人は卓上にたたまれた黒のナイロンジャンパーを置いた。


「これは?」

「制服、というより作業着かな」


 それを渡し終えると、黎人は残った珈琲を飲み干した。

 そして「最後に一つだけ」と言った。

 柊花は背もたれに預けていた体をピンと正した。


「この仕事を誇りに思っちゃいけない。この仕事にやりがいを感じちゃいけない。だけどこの仕事をやってておかしくなるくらい陶酔しなくちゃいけない」


 黎人の言葉に、柊花は首を傾げた。それを見て「仕事の心得だよ」と補足した。

 その後、黎人は席を立った。


「それじゃあ、俺は行くよ。これ、使って」


 黎人は、柊花に千円札を渡した。最初、柊花はそれを受取ろうとはしなかったが、千円札を渡して返してを繰り返していると、根負けしたように受け取った。

 店を出た黎人は、空を見上げ、呟いた。


「明るく接するのは、性に合わないな」

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