異世界からの刺客
黎人は、信号付近にトラックを停車させた。
二人は降車し、男の亡骸に歩み寄った。
遺体は、あらゆる箇所から血が流れ、関節のいくつかはあり得ない方向に曲がっていた。
しかし、死の間際に何を思ったか、その顔は笑っていた。
柊花は、その遺体を平然と見下ろしていた。
黎人もまた、遺体を見下ろす顔に、表情は無かった。ただ、どこかバツが悪そうな佇まいだった。
それから、二人は遺体を運んだ。
トラックの荷台の側面部分が開き、中にあった何やら巨大な装置が姿を現した。
だが、二人はその装置に目も暮れず、荷台に拵えられた死体安置のための棺に、遺体を納棺した。そして、二人は数分の間、合掌した。
やがて、弔いを終えた柊花が口を開いた。
「いつ見てもデカい装置っすね」
黎人は答える。
「人間を生まれ変わらせるためには、これくらいの大きさが必要ってことだ」
「それよりも」と黎人は続けた。
「武器の準備しとけ。今から転生させる」
黎人の指示に、柊花はライフルとナイフを準備した。
黎人は、装置を操作した。慣れた手つきで作業を進め、ものの数秒で操作し終えた。そして、黎人も武器を携え、トラックから少し離れた場所に立つ柊花と並んだ。
「魔力濃度はどうなってる?」
黎人は、柊花に聞いた。柊花はスマホの画面をまじまじと見つめながら返答した。
「どんどん上昇してるっす。奴らが来るまで、あと三、二、一」
突然のカウントダウンが終わりを迎えると、二人の目の前には黒い靄が出現した。そしてその中に、三つの影が見えた。影の正体が姿を現したと同時に、黎人は口にした。
「術師二体、騎士一体か」
術師と呼ばれたソレは、黒いマントのようなもので頭からつま先まで覆っていた。術師には手足が無く、宙に不気味な様子で浮遊していた。
そして、騎士と呼ばれたソレは、同じく黒いマントで全身を覆っていた。こちらは自らの脚で地を踏みしめ、その両手には禍々しさを纏った重厚な剣と盾が携えられていた。その佇まいはまさに騎士と呼ぶに相応しかった。
「俺は騎士をやる。お前は術師を頼む」
「りょーかい」
そんな気の抜けた返事をした直後、柊花はライフルを構え、トリガーを二度引いた。それに合わせ、銃の内部機構が魔力を圧縮し、やがて銃口からは青い光線が放たれ、そして術師たちを貫いた。狙撃された術師たちは風に吹かれた塵のように霧散した。
それを見届けた黎人は、ライフルを手に持って地面を蹴り飛ばした。騎士との間にあった距離が、一瞬で消え去った。
迫る黎人に、騎士は剣を振った。横一文字に振り抜いた。
攻撃を分かっていたかのように黎人はそれまでの勢いを完全に殺し、騎士の間合いギリギリのところで制止する。
剣が眼前を通り過ぎると、黎人は再び地を蹴った。今度は駆けるためではなく、跳躍のためだった。宙返りするように、騎士を飛び越えた黎人は、騎士の背後に着地した。そしてがら空きの背中めがけて、引き金を引いた。青い光線が騎士の体を貫き、葬った。
ふう、と黎人は一息ついた。煙草を取り出し、火をつけ、咥えた。
そんな黎人のもとに、柊花が歩み寄る。
「さすが。見事な身のこなしでした」
「こんなの何回も見てるだろ」
終花の称賛に、黎人は冷静に返した。
黎人は煙草を口から離し、煙を吐き出した。
柊花は、眉根を寄せて、顔をしかめながら言った。
「煙草、車の中で吸うのは勘弁っすよ?」
「分かってる。先に車乗ってろ」
柊花は、トラックに戻った。黎人は一服してから、同様にトラックに乗り込んだ。
柊花は助手席にはいなかった。座席の後ろに拵えられた寝台に体を寝かせていた。
黎人はトラックを近くの駐車場に移動させると、彼女の隣に体を横たえた。
「先輩、今日どうします?」
ジャンパーを脱いだ柊花が、その下に着ていたシャツの襟首を引っ張って見せた。そこから彼女の下着が露わになる。情緒もへったくれもない、彼女らしい誘い方だった。
「いや、いい。本当に辛いのはこれからだから」
仮眠を終えた後のことを考えると、目の前の彼女の相手をする気は起きなかった。
つれない返事をする黎人に、柊花は不満げな表情を見せるも、次の瞬間にその顔には悪い笑みが浮かんでいた。
「そりゃ残念」柊花は口にした。「先輩は汗かいた女の子が好きっすもんね。今の私じゃ綺麗すぎたか」
自分の意にそぐわない返答をした黎人をなじるように、柊花は言った。
その態度に呆れたようにため息を吐いた黎人は、またも淡白な返答をした。
「変なこと言うな。早く寝るぞ」
そう言うと、柊花は両頬を膨らませた。
「先輩のいけず」
吐き捨てるように言うと、柊花は寝返りを打ち、黎人に背を向けた。
彼女の背中を何となく眺める黎人。
そうしていると、彼女から、か細い寝息が聞こえてきた。どうやら柊花は眠りについた様だった。
柊花が眠ったことを確認した黎人は、静かに目を瞑った。
やがて黎人は、眠りに落ちた。