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第8話 王の帰還

 呼吸が荒くなる。肩を大きく上下に揺らしても、酸素が足りなくなるくらいに疲弊している。

 何とか同士討ちをさせられたお陰で、逃げ回っているだけでも一体倒すことが出来た。——が、残りは当然俺がやらないといけない。

 持ち上げた剣はあまりにも重く、神器と同じ要領で振り回すことは出来なそうだ。

 胸の前で剣を構える俺とは対照に、()()()はただ脱力するかのように、剣を持った腕をぶらんと垂らしている。

 相手の出方を窺っていると、それを察したかのように『グエェェェェェェェェ!!』と咆哮して剣を振り回した。

 力任せのその一撃を、後退りしながら受け流すと、そのまま反対方向に振り回してもう一撃を繰り出された。一発目よりもさらに勢いを増したそれを見切ることが出来ず、諦めた俺は剣を振り上げることでそれを弾き上げた。


「……っ!!」


 一回振り回しただけで肩が外れそうだ——!

 振り上げた剣は、そのまま勢いを殺せずに床に深くめり込んでしまった。そんなことはお構いなしに、魔獣は俺の顔面目掛けて剣を振り下ろす。


「くそ…!」


 庇うように咄嗟に腕を出す。——すると、なぜか鈍い金属音が教室中に鳴り響き、俺の顔に返り血がかかる。


「春香くんっ、大丈夫!?」

「真白!?」

「遅れてごめんね…!でも、春香くんの神器はちゃんと持ってきたから!」


 颯爽と現れ、魔獣の攻撃を弾き、その腹を貫いていた真白は、俺の神器の入ったハードケースを背負っていた。そして、よく見るとその身体はなぜか傷だらけだった。

 そんな彼女からケースを受け取り、神器を取り出す。


「その傷、どうしたんだ?」

「ここに来るまでにちょっとね…」


 突き刺した神器を抜いて、答える。


「春香くん、その目——」


 俺に何かを言おうとした時、魔獣が雄叫びとともに腕を上げた。


『グオオオオオオオォォォッッ———!!』


 文字通り、死力を尽くした最期の攻撃。


『ユーザー認証——シュヴァリエ・橘春香。セーフティ解除。神器ヲ解放シマス』


 目の前の真白の首を目掛けて振り払われた剣が届く直前——前に出て、神器の身幅でそれを真正面から受け止めた。とは言えども、その怪力によって突き飛ばされそうになったが。

 その一撃を繰り出し、力尽きた魔獣は大きな物音を立てて倒れた。


「ありがと、また助けられたね」

「それはこっちの台詞だよ」


 脅威が絶命したのを確認すると、まず男子生徒が呟く。


「…なぁ、俺達助かったのか?」

「これでもう安心なんだよな…?」


 緊張の糸が切れたのか、膝から崩れ落ちる生徒も数人。

 そんな生徒達には聞こえない程の声量で、真白が耳打ちする。


「——実はね、他の教室にもこの魔獣…ハイオークがいるんだ。多分、相当な数だと思うよ…」


 ・ ・ ・


 校内に大量の魔獣がやって来ているという事実を知らされ、春香は固唾を飲む。すると、その背後でパリィンッ、と窓が割れて何かが放り投げられるような音がした。それとともに、男の呻き声が聞こえてくる。


「うぐぅ…っ!」


 男は机を巻き込みながら転がり、停止する。


「この人、ソルジャーだよ…!」


 駆け寄った真白が言う。

 そして「大丈夫、まだ息はある」と付け加える。


(A)魔獣用(P)帯型(S)圧杖か…」


 男の手首にかけられたストラップの先にある棒状の武器を見て、春香が呟く。

 これは対魔獣用携帯型鎮圧杖——『APS』——と呼ばれており、神器を起動出来ない者のために量産されている武器である。そしてこれらを使用する者達を『ソルジャー』と呼ぶようになっている。

 使用者とのマナのやり取りによって活動する神器とは違い、APSでは循環の必要がなく、神器を起動出来ない者でも使用出来るという仕様になっている。しかし、電池と同様に、APSに貯蔵されたマナを使い切ると、それはただの金属の棒と化してしまう。

 神器の様な強度や、それの刃の様な斬れ味を持つ訳でもなく、ゴブリン以上の個体を狩るには向かない武器となっている。

 男は「ごほ…っ!」と鮮血を吐き出し、虚ろな目で、自分が飛び込んで来た窓の方を見詰める。


「う…後ろだ……」


 二人は、男が指差す方に目をやる。

 割れた窓の奥に、ハイオークの赤黒い肌が見えた。

 巨体のせいで、割れた窓の隙間からだけでは全身は確認出来ないが、それがこちらを向いていることだけは何となく分かった。

 それが棍棒を持った太い腕を微動するのを見逃さず、春香は神器を構えて声を荒げた。


「真白ッ!その人を連れて下がれ!!」

「分かったっ!!」


 間一髪。真白が男を抱えて下がるのと同時に、ハイオークは棍棒を振り回して教室の壁を容易く破った。


「……ッ!」

(どこに魔獣がいるか分からない今、真白だけならともかく、怪我人や春音たちはここで守り切るしかないぞ———!)

「春香くんっ、私も一緒に闘うよ!」

「真白は後ろで妹達を…皆んなを守っていてくれ」

「わ、分かった」


 再びハイオークと対峙すると、先程の様に『オウヨ……』と、それは言葉の様なものを紡ぎ、目尻から一粒の雫を垂らした。

 そして瞬く間に、魔獣は目の前の敵との距離を詰める。これまでの個体同様に、力任せに武器を振り回すが、その度に発される風圧で、春香の髪は激しく揺られていた。

 先程よりも身のこなしが良くなった春香は、攻撃を上手く躱し、その度に相手の皮膚に傷を付けた。


「がんばれ、お兄ちゃん…っ」


 硬質な皮膚と厚い脂肪に守られているせいで、刃が深く刺さらない。そんなことを腹立たしく感じながらも、彼は根気強く攻撃を続ける。

 皮膚を裂く音と、打撃を弾く金属音が何度も鳴り響く。

 激しい攻防を繰り返す中、春香の振るった剣が相手の腹の薄皮を斬ったかと思うと、まるでその斬撃が伸びたかのように、背中から血飛沫を上げさせた。

 怯んだ隙にもう一回、そしてもう一回と剣を振るう。その度に、触れた面とは反対側から血飛沫が上がった。

 立っていることさえ出来なくなったハイオークは、膝をついて目の前の春香を見上げた。


『オウヨ…コノタマシイ、ドウカ…オツカイクダサイ…』


 今度こそ、魔獣の発するそれが言葉だと気付くが、彼は何も返さず、それが霧散するのを見守った。

 そんな光景を眺め、なぜだか分からないが、何となく心のどこかで寂しさを感じている自分がいた。

 先に来た二体の肉体が残り、今回の一体が霧散した。——それも、魔石を残すこともなく。

 春香は若干の違和感を覚えながらも、勝利の喜びを噛み締める。

 紅色に光っていた彼の瞳も次第に黒く染まり、神器の刃先の発光も収まった。

 そんな彼だったが、不意に自分の手の平を眺め、言葉を漏らす。


「———来い」


 この二文字を口にすると同時に、彼の前に光が収束し始め、それは次第に人の形を成していく。


『お呼びでしょうか。王よ』


 その姿を見て、周囲の生徒達がざわつき始める。

 それは、正確には全身が薄らと発光している様な、透けている様な見た目をしているが、先程まで闘っていたハイオークのように見えたのだ。

 喚び出されたハイオークは、家臣の様に片膝をついて、春香を”王”と呼んだ。そのことに疑問を抱きつつも、彼は他の質問を投げかける。


「えっと…お前はさっき闘ったやつか?」

『はい。この魂尽きるまで、新たな王である貴方様にお仕えいたします』


 心なしか、今までよりも流暢に会話をしている様にも感じられる。


「そ、そうか…」

(よく分からないが、戦力になってくれるならそれで良いか…)

「よし、とりあえず今日は帰ってくれて良いぞ」

『かしこまりました』


 帰る先や手段があるのかは分からなかったが、彼がそう言うとハイオークの家臣の身体は、光の中で闇が途切れる様にすうっと消えていった。

 その消失を見送り、教室の角に視線をやる。


「…皆んな、怪我はないか?」

「お兄ちゃん———!!」


 いつもの様に春音が飛びつく——のを追い越して、里奈が「春くんっ!」と抱きついた。


「久しぶりだな、里奈」

「家に遊びに行っても、いっつもいなかったから、久々に会えて嬉しいよ」

「いつも春音の面倒見てくれてありがとな」

「いえいえー」

「ちょっとお兄ちゃんっ、変なこと言わないでよ!」

「えっと…すまない、僕も良いかな」


 三人の会話に入ったのは、駆けつけてきたソウリンだった。他の階で暴れ回っていた魔獣を討伐していたため、彼の衣服にはいくらか返り血が付着している。


「ゲートの消失と、やって来た魔獣全ての討伐が確認されたらしい。お話し中のところ申し訳ないが、橘くんと結城さんの二人は本部まで戻ってくれないだろうか」

「…はい、分かりました」


 二人の会話の背後では、女子生徒が「春音ちゃんのお兄さんも良いけど、やっぱりソウリンさんも格好良いよね」「私はソウリンさん派かなー」というような会話が密かに繰り広げられていた。

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