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第13話 『英雄』を被る

「——う、うわあぁぁぁぁぁっ!!」


 受け止めていた生徒が、怯えてその場から走り出すその背後で、俺は魔獣と対峙する。

 校舎内でも同じ様に、悲鳴を上げて立ち去っていくのが確認出来るが、未だちらほらとこちらにスマホを向けている生徒の姿がそこにはあった。


「くそ…っ!」


 手を翳し、新しい神器——短剣型を取り出す。


『ユーザー認証——シュヴァリエ・橘春香。セーフティ解除。神器ヲ解放シマス』


 騎士道精神と言うのだろうか、向こうはこちらが構えるのを待つかの様にじっと眺めていた。

 勝算はないが、俺に出来ることをやるだけだ……!


「ハイデル…()()をやるぞ…」

『しかしあれは、王のお身体に負担が……』

「良いから来い」

『———仰せのままに』


 器を持たないハイデルの魂。

 それは具現化すると、慣れた形に変わり、強度を持つようになる。

 その魂に、他の器を与える。それが俺の肉体だ。

 そうすることで、ハイデルの魂は器となる俺の肉体の形に近付き、俺の身体能力や身体の強度をかなり底上げすることが出来る。そして、人間のものを遥かに上回る魔獣の動体視力も手に入れることが出来る。

 ただ、その情報を処理し、全身に信号を送るのは俺の脳ひとつだけだ。

 そして、本来ひとつの魂だけを支えるはずの肉体に、他の魂が同居することは、同化することを意味する。

 俺がこれを提案した時、その拒絶反応による自我の崩壊が考えられることと、身体への極度の負担が欠点として挙げられる、とハイデルは何度も拒否して来た。

 俺としても、これは切り札として温存するつもりだったが———。

 胸の奥深くに、何かが入って来る様な感覚。

 油断すると意識が飛びそうになる程の負荷。

 自分の身体のはずが、そうではないように感じられてくる。まるで、何かに操られて呼吸をし、瞬きをし、そして心臓を動かしている様な感覚だ。

 それでも、視界が広くなった様な感覚とともに、相手の微かな動きでさえも捉えられる様になった。

 この状態で鏡を見た時、抑えきれずに身体から溢れ出したハイデルの魂が薄らと赤く発光していたのは驚いたが……。まるでファンタジーゲームのキャラクターの様だったな……。

 これまで抱えていた焦りや恐怖が消え、精神が研ぎ澄まされる。

 

「…………よし、やるぞ」

『ヴオオオオオォォォォォォォォォ———ッ!!!』


 大地を揺らして駆けてくる巨体から突き出された拳を軽く躱し、神器を腕に突き刺した。その硬さや、そもそもの刀身の短さ故に深くは刺さらないが。

 相手が拳を突き出す程に、刺し傷が線のように伸びていく。半身に返り血を浴びながら、俺は神器を強く握り締めた。

 向こうは怯むことなく、もう片方の腕を振り払う。

 すかさず距離を取り、背後から再び斬りつける。そして脇腹、太腿、と創傷を増やす。

 周囲を駆け回り、隙を見つけては攻撃する、を繰り返す。

 次は首だ———ッ!!

 深く刺さらなくても、斬り落とせなくても、ここは致命傷になるかもしれない。うなじを狙い、そこに軽く刃が触れた途端、


「ぐ……っ!!」


巨大な手の甲を叩きつけて来た———!

 直撃して数m吹き飛ばされ、窓を破って校舎内に入る。

 上手く受け身を取ったが、左腕に力が入らない。口の中では鉄の味が広がっている。

 ハイデルの硬さが無かったらやられてたかもな…。


「……ハイデル、左腕はお前が動かしてくれ」

『その様なことをすれば、どうなるか分かりません』

「そうするしかないんだ」

『承知しました…』


 ゆっくりと左腕が動き、拳を握る。

 

「——よし、これならまだ使えそうだな」


 微かに反応が遅い気がするが、使い物にならないよりかは全然良い。

 校舎がこれ以上壊される前に、外に出ないとな。

 再び対峙すると、上から歓声が聞こえて来た。

 あいつらまだいたのか…。

 魔獣は、背に刺さった神器を抜き、こちらに力一杯放り投げて来た。

 それを弾くと、次は目の前に鋭い爪が映り込んだ。

 躱すでもなく、去なすでもなく、受け止める。

 金属音が鳴り響き、力比べが始まったかと思うと、今度は反対の爪を突き出して来た。

 受け止め、去なし、食らう。

 突破口が見つからず、防戦一方になる。

 もっと速く動かせ…!もっと強く振り抜け…!!

 

『王よ!貴方の肉体は既に限界を迎えております!』


 そんなことは知っている!!!

 この身体が動く限り…潰れるまで使い切れ!!!

 誰かの希望になろうと決めた時、常に強くあろう決意した。一度でも弱さを見せれば、希望は消えてしまう。どれだけ強大な敵を前にしても、堂々と立っていようと決めた。まるで、御伽話に出て来る英雄の様な人間で在り続けよう。そうして、誰かが俺を見た時に、希望を抱ける様な存在になるんだ。


 ・ ・ ・


「ごほ…っ、うっ……」


 閑散とした校舎の中、鮮血を吐き出し、廊下の上で真里は目を覚ました。

 全身の切り傷と打撲のせいで、思う様に身体が動かせない。

 外から聞こえる金属音で、春香がまだ闘っていることに気が付くが、今の自分が参戦出来る状態でもないということだけは痛い程に理解出来た。

 血を流しすぎたせいか、少し指先が冷たく感じる。

 それでも、


「行かないと……っ」


彼女は地を這って窓際まで進んだ。


『ユーザー認証——シュヴァリエ・河野真里。セーフティ解除。三秒後ニ神器ヲ解放シマス』


 手元に転がる神器を杖代わりに、上半身を起こす。


「うる…さい…」


 窓に手をかけると、残っていたガラスが刺さり、


「うぐっ……」


血が滲んだ。

 そこに一人の男子生徒が「大丈夫ですか!?」と駆け寄って来る。先程、真里が庇った生徒だ。


「あんた、さっきの…。早く、逃げなさいよ…」


 真里の腕を肩にかけ、男は立ち上がる。


「命の恩人を放っておくのは少し気が引けるので…」

「…そう。じゃあ、私を向こうまで連れて行って」

「その傷でまだ闘うつもりですか!?」

「私が行かないと、誰がやるのよ」

「もう一人の男の人…S級の橘くんが今闘ってますよ…っ!」

「良いから連れて行きなさい…!仲間を見捨てられる程、私も薄情者じゃないのよ」

「わ、分かりました…」


 片足を引き摺り、目的地へと向かおうと視線をやった時———


「何よ、あれ……!」


魔獣と闘う春香の姿を見て、真里は息を呑んだ。

 身体から溢れる赤白いオーラもそうだが、魔獣と互角に攻防戦を繰り広げているというその光景に、彼女は驚きを隠さなかった。

 明らかに、傷だらけになった彼の身体は限界を迎えているはずなのに、それでも激しく動き続けている。

 重たい打撃で宙に飛ばされる彼は、身を翻して神器を相手の眼球を目がけて投げる。

 それを振り払われると同時に着地し、もう一本の短剣型神器を出す。そして、顔面に飛び込む。

 突然目の前に現れた春香に対応することが出来ず、隙だらけの片目に神器を突き立てられた。


『ヴオオオオオォォォォォォォォォン———ッ!!』


 落雷が落ちたかの様な、轟音の様な叫びを上げる。

 春香は後方に跳び、


『ユーザー認証——シュヴァリエ・橘春香。セーフティ解除。神器ヲ解放シマス』


新しい神器——銃火器型——を出して、その大きく開かられた口内を狙い———強く引き金を引いた。

 すると、太い光線の如くマナ弾丸が撃ち出され、咽喉に入り、背中を貫いた。

 軽やかに着地した彼は、標的が倒れるのを確認すると、なぜか、誰もいない校舎の裏側に向かって歩き出した。


「ハイデル…もう良いぞ…」

『お気を付けて…』


 ハイデルの魂が肉体から抜けるとともに、彼は大量の鮮血を吐き出し、膝をついた。そのまま身体を支える力もなく、


「ここまでか……」


魔獣と同様に倒れてしまった。

 その横で、光が収束する様にハイデルが姿を現す。


『王よ、今は安らかにお休みください』


 春香をそっと抱きかかえ、壁際にまで運んで寝かせる。そのハイデルの姿は、なぜか普段よりも透過している様に感じられた。

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