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第12話 傍観者たち

 シュヴァリエの数は常に不足している。だから、ひとつのゲートに対して万全な体制で挑める程の余裕がない。

 戦力を集中してしまった際、他の場所でゲートが出現する可能性を考慮すると、最少の人数で最大の防御を行えることが理想となっている。ただ、それはあくまで理想であり、現実と重なることのないものであるのが現状だ。

 シュヴァリエの人数不足を補うためのソルジャーも、魔獣に有効的な武器が未だ生産されておらず、下級のゴブリン以上が寄越されるようになった今、戦闘面での活躍はあまり期待出来そうにない。

 巨大なゲートを前にして、春香は有事の際には一人で立ち向かう覚悟を決めていた。


(このまま他の場所でもゲートが出現したら、俺一人で()()の相手をすることになるだろうな…。ハイデルも、この状況では出すべきではなさそうだ)


 嬉々としてカメラを向ける生徒達を一瞥し、彼は手の平に神器を出す。まず柄が出て、そして柄頭、刀身と姿を現したのは、新しく開発された技術によるものだ。


『ユーザー認証——シュヴァリエ・橘春香。セーフティ解除。神器ヲ解放シマス』


 以前、寧々からは『異空間から取り出す』と説明されたのだが、実際は鞄から物を取る様な感覚ではなく、手の平に神器を召喚する様な感覚だ。若干のタイムロスはあるものの、魔獣の出現を遅延させることが出来るようになった今、それが命取りになるのとはなさそうだ。


「……ところで、何でここにいるんだ?」


 いつの間にか隣に立っていた者に、春香は問いかける。


「何よ、私がここにいたら悪いって言うの!?」

「いや、そこまで言ってないけど…」


 声を荒げたのは、先程校内に戻ったはずの真里だった。

 どこかばつが悪そうに「さっきすれ違った女子に、こっちに来るように言われたのよ…」と彼女は小さく付け足した。


「……。そういえば、ソウリンさん達はいないのか?」


 どこか素直になれない様な彼女への対応に困り、春香は話題を変えた。


「いくらパーティとは言えども、常に一緒にいる訳じゃないわよ。専業でシュヴァリエやってるあの二人と違って、私はこうやって大学に通ってるから、どうしても離れてしまう時はあるわ」

「ま、そうだよなぁ…」


 パーティへの勧誘を断ったのが正解だったのか、今更だがまよってしまいそうになる。

 彼は遠い目をして、ゲートを眺める。すると、それまで何ともなかったはずのゲートが、バチバチと異音を立て始めた。

 しばらくして音が収まったかと思うと、とてつもない重圧感が二人を襲った。


「「……ッ!!」」

「何よ、これ…!すごく胸が苦しいわ…っ!」


 これから現れようとする”脅威”が、生物の生存本能を刺激する。野生の勘と言えるものなのだろうか。彼らの脳は、未知を目の前にして身の危険を察知した。

 そこから生まれる息苦しさを感じながらまず迎えたのは、鋭い爪を持った、毛深く巨大な手だった。それは、今まで彼らが対峙してきたゴブリンロードやハイオークのものとは比べ物にならない程に、屈強で巨大な手。

 そこから伸びる筋肉質な太腕、顔面、胴体、脚が順に顔を出す。額に生える一本の鋭い角は、まさに自分達人間の知る国から来たものでもないということを示す。


「予定より早いご到着で…」


 首が痛くなる程に見上げてそれを睨みつけた春香は、神器を胸の前で構えた。

 

「やっちまえーーッ!」

「見守ってるぜーー!!」

「頑張れ橘くーん!!」


 観客である生徒達の発するそんな声が耳に届き、隣の真里は呆れ顔で「良かったじゃん。あんた、人気者じゃないの。格好良いところ見せてやらないといけないわね…」と、神器を構える。

 未だ止まない声援が気に障ったのか、魔獣は目の前の春香達から視線を外した。そして、その視線が向けられた先は、校舎の窓から自分を眺める生徒達で———腰を低くして構えたかと思うと、足元のコンクリートを抉って跳躍した。

 あまりにも突然の出来事で、観衆達は、目の前に現れた巨体をただ眺めることしか出来ず———振り上げられた腕に恐怖心を抱きながらも、逃げ出す者は誰一人としていなかった。

 丸くした目に映るのは、鋭い爪を持つ太い指が近付く様。誰もが無意識のうちに死を覚悟した時、ふたつの影が現れた。


「こっち見なさい!!!」


 真里はその筋肉質な腹を斬り、春香は腿を斬りつける。そして、二人は目の前の魔獣に体重をかけて軌道を逸らした。

 返り血が、呆然と立ち尽くす生徒を赤く染め、ふと我に返らす。

 邪魔をされた魔獣は、


『グゴオオオオオオオオオォォ———ッッ!!!』


宙で上半身を捻るようにして腕を振り回し、春香と真里を引き離した。

 そして着地した巨体は、足元のコンクリートを抉り、背後の壁を破る。

 滴血で地面を赤く染めながら、真里を睨み——突進。猪突猛進という言葉の様に、迷いなく彼女の方へと突っ込む。

 あまりにも単純なそれは、ただの跳躍で躱すことが出来たが、頭上を掠める彼女の脚を掴むこともまた、容易だった。


「やば———っ!!」


 そのまま振り回し、壁に向けて放り投げる。

 宙で体勢を立て直すことも出来ず、彼女は慣性に身を任せることしか出来なかった。

 その背後に春香が飛び込むと、彼はそのまま緩衝材となり


「ぐ……ッ!!」


真里を庇った。


 ・ ・ ・


 何とか河野真里を受け止めるが、魔獣は容赦なくこちらに拳を振り下ろしてくる。

 彼女を抱えたまま横に飛び込み、俺たちは情けなく地面の上を転がる。俺たちが先までいた場所の壁には大穴が開けられ、その上の階にいる生徒達がようやく危機感を抱いた様な反応を見せ始めた。

 その下には、河野真里の神器が落ちている。彼女もそれに気付いたのか、魔獣の懐に向けて駆け出した。


「待て———!!」


 相手の足元まで駆け、姿勢を低くして神器を拾う。


『ユーザー認証——シュヴァリエ・河野真里。セーフティ解除。三秒後ニ神器ヲ解放シマス』


 その脚を狙い、再び大きな手の平が彼女を襲う。

 

「二度も同じ手を食らう訳ないでしょ」


 華麗な跳躍を魅せ、宙で身体を翻してその手の甲を斬り込む。もう片方の手が迫って来るのも、まるでそれを足場の様にして再び宙を舞って躱した。

 そして着地した彼女は、自信に満ちた表情を敵に向ける。

 なるほど。こいつはかなりの実践経験がありそうだな…。


『グオォォ…』

「あんた、あんまり女性の下半身ばっかり狙ってると嫌われるし、私のファンに刺されるかもね———」


 彼女の言った通り、油断した魔獣の背に飛びかかった俺は、その隆起した皮膚に刃を突き立てた。力一杯押し込むが、敷き詰まった筋肉のせいか、


「……っ!」


深く突き刺さらなかった。抜くことも諦めて手放す。


「そのまま()ってくれたら良かったのに」

「硬すぎて刃が通らないんだよ…。抜くのも無理だったしな…。てか、誰がお前のファンなんだよ」

「言葉の綾ってやつよ。そんなことより、向こうはかなりお怒りのご様子よ。神器の無いあんたは、後ろで大人しく私の活躍を見てなさい——!」


 そう言って、魔獣の懐に入り込む。

 彼女に向けて放たれた拳は容易に躱され、地面に深くめり込む。その股ぐらを抜けて背後をとった彼女は、背に突き刺さった神器を踏み台にし、高く跳躍した。

 

「これなら、少しは斬れるでしょ———ッ!!!!」


 重力による落下に身を任せ、神器を振り下ろす。

 そして、身を庇うかの様に前に出された腕の肉を深く断った。


『ヴモオオオオォォォォ……ッ!!!!!』


 叫ぶ魔獣の返り血を浴びながら、着地する彼女に向けて、先程の拳で抉ったコンクリートの塊を投げつける。

 そして「目眩しなんて効かないわよ!」と煽る彼女を余所に、標的を、傍観している生徒たちに変えて再び跳躍した。

 それと同時に俺も跳躍するが間に合わず、


「きゃああああああぁぁ!!!」


壁に突っ込んで開けた大穴から手を伸ばし、中の生徒を掴む———と、それを勢い良く外に放り投げた。

 下にいた河野真里が、放り投げられた生徒を受け止めるが、それを確認するや否や、


『ゴオオオオォォォォォ———ッッ!!!!!!』


魔獣はそこに飛び込んだ。

 

「……ッ!」

 

 伸ばされた拳が届く直前、彼女は受け止めた生徒を放り投げる。それと同時に、硬く握り締められた拳が鈍い音を立てて彼女を突き飛ばした。

 放り投げられた生徒を受け止めた俺の目の前で、彼女は窓を破り、校舎の中にまで突き飛ばされた。散らばる窓の破片には、彼女の血液が付着している。

 そして、魔獣は満足げに、次はこちらを睨みつける——。

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