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グアテマラへの越境と不意に始まったインタヴュー

ケツァルテナンゴの駅は人でごった返していたが『私』はその中をガブリエラについていきながら何とか歩いて外に出た。その後は乗合自動車―といえば聞こえはいいが実際にはメキシコ軍が使っていたホワイト-モーターズ製の偵察車両に適当な座席と荷物置き場を設置したもの―に乗ってグアテマラとの国境までの旅に出たのだった。


途中、印象的だったのはここでも黒旗が翻っていたが、そこに集う人々にはモンテレーで見たような熱気が微塵も感じられなかったことだった。そのことを聞くと『私』の後ろから半ば呆れたような、或いは苛立ったような口調で当たり前だろ、との言葉が飛んできた。


「俺たちはロスアルトスの人間でメキシコ人じゃないんだぜ。若いの?自由地区に加わったのだってグアテマラにもメキシコにもなりたくなかったからだ。だっていうのに80年前の評議会の連中は勝手にメキシコに加わることにしたんだ。無政府主義革命が原則として認められただと?だからどうしたって言うんだ。そのおかげで俺たちはいまでもメキシコ人ってことになってる」


突然の男の言葉に困惑しながらも、『私』は男の言葉に興味を持ち詳しく聞こうと考えたが、再び質問する前に横のほうからガブリエラではない声が飛んできた。


「ハハハ、俺たちはロスアルトス人だと?寝言は寝て言えよ。俺たちがこうして生活してられるのは紛れもないメキシコのおかげじゃないか。今更独立しようもんならグアテマラ人がすぐにでも押し寄せてくるだろうさ」

「そういう問題じゃない。誇りの話だ」

「その誇りに拘った結果今ハワイがどうなってるかわかるか?まったく年寄りは…」


ガブリエラを挟んで隣に座っていた男がハワイと言ったのを『私』は聞き逃さなかった。『私』がすぐに男に尋ねると男は鬱陶しそうに読んでいた新聞をこちらに寄こした。


新聞記事の内容を要約すると、カナカ-マオリ戦線とアメリカ政府の交渉が決裂した結果、"不可分の合衆国領土であるハワイ諸島奪還のための作戦"を実施。残存するハワイ州兵および連邦軍を出動させ、これに対してカナカ-マオリ戦線はバリケードを設置して対戦車火器を含む重火器をもって抵抗し、海上においても小型舟艇によるゲリラ的抵抗を試みたが、戦局はアメリカ側の圧倒的有利であり戦闘の終結は近いという。また、アメリカ政府は国家生存権の行使としてこの行動を正当化しつつも被害を被った各国企業に対し改めて補償する意思を示しているが、使用された火器の中には日本製のものが多くみられたことから大日本帝国を非難し、一方の日本側も自国が承認していない極東地域臨時民主政府に対するアメリカの支援を例に挙げて激しく反発しているのだという。


新聞にはいくらか写真も掲載されており、半壊したイオラニ宮殿で警戒任務にあたる軌道降下してきた海兵襲撃部隊(マリーン-レイダーズ)、ナアレフ沖で戦艦ルイジアナの砲火に薙ぎ払われるカナカ-マオリ戦線の自爆艇といった写真を見た『私』は少し前に自分が訪れた場所で戦闘が行われていたことに悲しさを感じずにはいられなかった。その時、鼻に何とも言えない香りを感じた。


見るとガブリエラがプルケを差し出してくれていた。困惑する『私』にガブリエラはひどい顔をしていると言い、その時になって初めて『私』は自分が大きなショックを受けていたことを自覚したのだった。『私』は差し出されたプルケを飲んだ。


プルケを飲んで『私』はすっかり寝てしまったらしく起きた時には夜だった。起きたとは言うものの、完全には目覚めていなかった『私』の意識は強烈な光とともに一瞬で覚醒した。その光の正体は国境線に据え付けられていたサーチライトだった。


グアテマラ軍であると名乗る音声が聞こえ、さらに乗合自動車から全員降りるように言われて降りると、すぐに『私』を含む乗客全員が検査されて一人ずつ越境の目的を聞かれており、乗合自動車の中で私に声をかけてきた年嵩の入った男とそれよりは若い新聞を読んでいた男の目的は就労だったらしく、すぐに別の場所に連れていかれていたが、ガブリエラは信教の自由のための亡命というとすぐに向こう側にも通じたらしくあっさりと解放された。いよいよ『私』の番となり、噓を言ってガブリエラのようにすんなり通ろうかとも思ったが、やはり、本当の目的を言うことにした。


()()()に来た段階で『私』は一度死んだも同然なのだから、と思うと不思議と命を落とすかもしれない危険性にもかかわらず恐怖心は薄かった。『私』の告げた目的に対して兵士たちは困惑したらしく、あからさまにこちらを半ば馬鹿にしたような視線を送られながら、暫く待っているといくらかのスペイン語でのやり取りの後『私』は小銃で小突かれながら別室へと案内された。


『私』の事を小突いていた兵士は部屋の中にいた女性に敬礼すると足早に去っていった。


女性は『私』に楽にして、と言い椅子に座るように勧めてきた。


「アナタは日本人だそうね」

「はい」

「アナタの国との交流は年々深まってはいるけど、正直ってあんまり考え方が理解できない。しかもアナタの入国目的はもっと奇妙ね。世界について知りたいだなんて、まるで別世界から来たみたいね」

「…もし、そうだと言ったら?」

「残念だけどアナタの居場所はこの国にはない。病院以外はね」

「……冗談ですよ」

「インタヴューの前準備にしては冗談が下手すぎるわ。インタヴューを続けるならもう少し勉強したほうがいい。まぁ、とりあえず始めましょうか」

「何をですか」

「何って、アナタは話を聞きに来たのでしょう」


そういうと彼女は微笑んだがその時の『私』の顔はひどく間抜けだったに違いなかった。兎も角、そうしてグアテマラに入国して初めてのインタヴューが始まったのだった。


ええと、まず自己紹介をお願いできますか?


ありきたりね。まぁいい。私はアラベラ-ロペス。グアテマラ陸軍大尉で、今は知っての通り国境で警戒任務をしている。


…そもそも何故警戒を?


あまり詳しくは答えられないけど、一言でいえば最近越境が増えすぎてる。不法就労だけならよくあったけど、最近国内じゃメキシコ側からの北部地域不法滞在者による武装組織への武器供与の疑惑が持ち上がっているから。


北部地域不法滞在者?


私たちは旧英領ホンジュラスの存在をそもそも認めていない。だからそこにいた人間は全員不法に祖国の一部占拠して滞在していたに過ぎないわけ。だからこそ私たちは同化政策を進めてきたわけだけど…でもここにきてメキシコが反対勢力に対して兵器供与を行なった…メキシコは寧ろ私たちによる亡命者への武器供与疑惑をでっちあげているけれど私たちにどんな理由があったらそんなことをするというのか、まったく、あんな恥知らずな嘘は生まれて初めて聞いた。


でも、例えば旧領の奪還とかはどうです?


旧領?ああ、ロスアルトスの事?確かに国内の団体には奪還を求めるのもいるけどそんなのは少数、ほとんどの人間にとっての関心事は旧英領ホンジュラスにおける"問題解決"と経済の立て直し。とてもじゃないけどロスアルトスの面倒は見切れない。加えてそこに暮らしている人間はもう100年近くも無政府主義とかいうおかしな思想の元で暮らしてきた。正直言ってあそこがグアテマラの一部であったというほうが何かの間違いだったんじゃないかと思えてくる。


……今後メキシコとの間に国境紛争などが起こる可能性はあるのでしょうか?


…言えるわけないし、そもそもわからない。ただ一つ言えるのはいつ、どのような状況で、何が起ころうとも私たちは任務を果たす。それだけ。


そう、ロペス大尉が話し終わると、大尉は兵士を呼び全員分の"検査"が終了したと告げた。その言葉に『私』は困惑したが、大尉は何も言わず、『私』はそのまま兵士に連れられて乗合自動車に戻り、こうして『私』は困惑とともにグアテマラへの越境を果たしたのだった。

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興味深く拝見しました。 黒ヘル連中の解放区ですかな? 無政府主義的サンディカリズムに囲まれて勝手にやってろと放置されてぱっとしない地域になっている印象を受けました。 密輸入や麻薬取引など犯罪の温床にな…
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