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もう一つの未来へ逃避しながらの逆インタヴュー

帝都に砲声轟けば…とその関連作品である星が天に昇るまでそれから、本作をシリーズとして一つにまとめました。

アメリカ本土に帰還した『私』はすぐに国境を超える準備に取り掛かった。州境ではなく国境を越えるのはハワイでの騒動の影響だ。


ハワイでの騒動が起きる前に『私』がカナカ-マオリ戦線の人間に半ば拉致のような形ではあるが会っていたことが判明すれば騒動に関わりがあるとして毎朝ホテルの部屋を訪れる従業員のノックが、突然警察官のキックやひどい場合にはハンマーになるかもしれず、そうした不安と闘いながら滞在を続けるのは『私』には無理だった。


こうして『私』はほとぼりが冷めるまで身を隠すべく国境を越えるために東へと進んだ。東へ進むのは『私』が利用するのが通常の交通機関ではなく、汎米連合加盟国友好回廊あるいは汎米連合が解体された現在では単に回廊(コリドー)と呼ばれている上部に道路、下部に鉄道、さらに地下には水や石油輸送のためのパイプラインや通信ケーブルが走る物流用の一体型インフラである巨大構造物だからだ。かつてアメリカ合衆国とその影響下にある中南米諸国との円滑な交易のために建設されたそこでは一度回廊(コリドー)の中に入ってしまえば国境を超える時であっても審査がないという画期的なものであり、そうして相互に運ばれた各種製品は特に中南米に多くの利益をもたらした。


だが、それも今は昔の話であり、現在ではカリフォルニア州などでは州政府による拒否により封鎖されたが、テキサスには遠く北極圏からパナマまでを結んでいたこの回廊(コリドー)に残された最後の出入り口があったため、『私』はそこから国境を越えることにした。もちろん、『私』は当局から犯罪者と思われているかもしれないという不安を抱いていたためコチラでも変わらない―ひょっとすれば『私』の知るそれよりも酷いかも知れない温暖化―によって北極圏から逃げてきた"インディアン"が回廊(コリドー)を使って南に行こうとしているという風に偽装した。


皮肉にも担当したアメリカ側係官の差別的姿勢が幸いして不審に思われることもなく『私』は無事に国境を越えて無政府主義者とかつてのアメリカ勢力圏で一般的なカトリックの変種であるアメリカ自由典礼教会とそれを新ヨアキム主義と非難したローマカトリックの後継者である東西合同教会の双方に反発する超復古主義的カトリック主義者たちの寄り合いであるメキシコ統合連邦に足を踏み入れることになったのだった。


とはいえ、何もかもが『私』の予想通りにうまくいったというわけでもなかった。少なくとも乗り込んだ貨物トラックの運転手にはすぐにバレてしまったからだ。だが、運転手は当局に通報するでもなく、逆に『私』のことを探ろうと矢継ぎ早に質問するでもなく、国境を通過するときに行き先を尋ねてきただけだった。しかし、特に考えもなしに『私』がメキシコシティというと途端に訝しげな目で見てきた。


何か失敗してしまったのだろうか、と『私』が考えていると、ゆっくりとミゲル-フェルナンデスと名乗った運転手は『私』に質問を始めた。以下がその『私』に対しての質問とそれに答えたものだ。『私』にとっては初めての逆インタヴューだった。厳密にいえばハワイでの騒動前日のカナカ-マオリ戦線からのそれもそうなのかもしれないがあれは質問と言うにはは荒々しく、『私』の印象としては尋問だった。


それでどうしてメキシコシティ(シウダー-デ-メヒコ)なんかに行きたいんだ?


別に深い考えがあるわけではありませんよ。ただメキシコがどのような場所か見たかっただけで…


だったら、あそこに行く必要はないはずだ。あそこで本当のメキシコはわからない。まったく宮殿の街(シウダーロスパラシオ)とはよく言ったものだ。なにしろ今や宮殿しか残っていないような有様だから……おいおい、どうやら一から説明したほうがいいようだな。


…お願いします。


…俺が15歳だった時に―もうちょうど40年も前になるが―ひどい地震が起きた。この回廊(コリドー)なんかは無事だったがメキシコシティ(シウダー-デ-メヒコ)の市街地なんかはぐちゃぐちゃだった。もちろん犠牲者だってそれなりに出た。だがそれでもちゃんと復興できると信じていた…その時はな。

だが、そんな思いはすぐに打ち砕かれた。当初はすぐに終息すると思われていたアメリカの混乱がむしろ逆にひどくなっていったからだ。それに伴ってアメリカ勢力圏各地では勢力圏からの離脱が相次ぎ、混乱が広がっていった。アメリカの仲裁により終息した1969年の危機の焼き直しのようなホンジュラス-エルサルバドル戦争なんかが有名だが、メキシコだって例外じゃなかった。いや、一時的とはいえ国家の中心である首都が大打撃を受けていた分、もっとひどかったかもしれないな。もちろんそんなことは旧政府の連中もわかっていた。だからこその強硬策つまり、不安材料である自由地区への侵攻に踏み切ったわけだ。


どうしてそのような必要があったんですか?


当時の憲法上の問題かな…自由地区を統合する際に一応条文の上では革命の権利を認める条項をいれていたからな。その権利を振りかざされると厄介だと考えたんだろう。だがまぁ、実際のところこれは本当に悪い手だった。地震前のメキシコは良くも悪くも安定していた。農地改革によって大土地所有制が解体されたことにより、先住民とそうでないものという文化的差異以外には自由地区とそうでないものとの差は徐々に薄まりつつあった。自由地区の中には自由地区そのものが先住民の自由を奪う檻である意見すらあったほどだ。そのままいけば自由地区という存在は自然となくなっていたかもしれないな。


しかし、攻撃は行なわれた。


そうだ。行なわれてしまったんだ。初戦はまぁ連邦軍が圧倒的だった。爆撃と砲撃による都市部への攻撃と大規模な電子的攻撃…まさしく正規軍の戦い方だった。だが、その後が続かなかった。きっと攻撃を命じた奴らは革命の恐怖に怯える一方で自由地区が無政府主義者の集まりであることを忘れていたんだろ。自由地区側の立ち直りは早かった。一つの地区を制圧したと報告してもすぐに次の頭が生えてくる…まぁ、中には信じられないほど無能なのが頭になって壊滅した例もあるが、頭がつぶれても細胞は残るからな。その散った細胞たちが攻撃してくるんだよ。気が付いたときは連邦軍が劣勢になってた。とはいえ、一番決定的だったのはアメリカの介入が露見したことだな。連邦軍内部の超復古主義的カトリック主義の結社によってその事実が暴露されたんだ。北米ではアメリカしか運用していないはずの、今や条約で全廃されたステルス機の映像が流れるとメキシコはもとよりアメリカ国内でも大問題になった。

なにしろアメリカの混乱のきっかけとなった議会爆破事件を引き起こした原因である過度の中央集権策が実行されたのがつい数年前だったからな。そうしたことを覚えていた人間からすれば連邦政府によって地方が弾圧されているという構図は良くないものだった。もちろん中にはそんなこと関係なしに無政府主義やカトリックの脅威を説いて回った人間もいたが、支持を得たのは前者だった。いまでもテキサスがこうして回廊(コリドー)の出入り口を開けているのもそうした反連邦主義的な感情のおかげだな。まぁ、最近はいよいよ封鎖されるって噂もあるが。まぁ、兎も角それでアメリカの介入が中止されるとすぐ連邦軍内部の超復古主義的カトリック主義結社主導の反乱勃発し、都市部などでもストライキなどが頻発するようになった。こうして、一時的な停戦ののち旧政府は最後の望みをかけて選挙に打って出たが惨敗し、旧体制は倒されたってわけだ。


そして、現在がある、と。


まぁそうなんだが…カッコつけて言うならば、今メキシコ(ここ)にあるのは現在じゃない。かつて、歩む事のできなかったもう一つの未来、かな。


かつて歩む事のできなかったもう一つの未来ですか?


そうだよ。旗にはそれがよく表れてる。俺たちがかつて振っていた旗は赤、白、緑の三色旗だった。だが、この三色はもともと後のメキシコ皇帝アウグスティン1世が掲げていたイグアラ綱領がもとになったものだ。にもかかわらず体制が変わっても歴代の政権はその三色を大事に守り続けていたんだ。だから旧体制打倒後には新しい旗になった。そろそろ、国境線を超える頃だし見えるかな?


…白と水色の市松模様に…真ん中の鷲と蛇は変わらないんですね。


ああ、あれはアステカ神話からとった、いわばメキシコがメキシコである象徴だからな。だが、あの旗の起源は赤、白、緑の三色旗の三色旗よりも古い。偉大なるホセ-マリア-モレーロスが1813年に掲げたものだ。モレーロスはそのあとすぐに処刑されたが、その精神は再び現代に蘇ったわけだ…多少形は変わったがな。俺たちは今イグアラ綱領から始まった偽りの独立の歴史ではなく、モレーロスのアパチンガン憲法の先にあったはずの断ち切られた可能性の未来に向かって歩いているんだよ。


話し終わった後、フェルナンデスは言い忘れたことがあったと言い、『私』はそれを聞いてわずかに身構えたが、フェルナンデスはそんな『私』に満面の笑みで、メキシコへようこそと告げたのだった。

とりあえず、今回はメキシコの歴史回で詳しい話はまた次回…にできるといいなぁ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 第1にメキシコと言う地域性。 支配民族と被支配民族が時に混交し時に激しく対立しながら色彩豊かな歴史と文化を作って来たラテンアメリカ。とりわけ多くの可能性を秘めながらアメリカの強い干渉を受け…
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