空港でファストフードを食べながらのインタヴュー
ハワイから何とか逃げ出した『私』が降り立ったのはカリフォルニア州ロサンゼルス郡にあるモンロビア-アプトン-シンクレア空港だった。
ハリウッドから近いこともあってスターたちもよく利用するという触れ込みの通り、小さいながらも空港内は活気にあふれていた。『私』は眠い目をこすりながらも、とりあえず何かを食べようと考えて空港内にある飲食店である『エアドローム-ダイナー』へと入った。壁には店の歴史が書かれており、1930年代の創業当初は空港近くにある飲食店だったが、やがて40年代末の空港拡張に伴い空港内の店舗へと姿を変え、以来ここのほかにもロサンゼルスでいくつかの店舗を経営しているらしかった。そんな『エアドローム-ダイナー』で『私』が目にしたのはかつて『私』がよく味わっていたがコチラではまだ一度も味わっていなかった思い出の味であるチーズバーガーだった。値段はファストフードと考えるには高いものだが『私』はとにかくそれに齧り付いた。食べたものは『私』の記憶とは味もサイズも違っていたが、それでも心は大満足で眠気もさめたほどだった。
「美味いか?美味いだろうな。そんだけ頬張ってりゃ嫌でもわかる。俺も好きなんだよ。ここの味」
『私』に話しかけてきた男は『私』以上にここのバーガーを愛しているらしく周囲には紙箱と袋がうず高く積もっておりその中からバーガーを取り出しては食べながら時たまコーラを飲んでいた。コチラでは珍しい『私』の想像通りのアメリカ人だった。
彼、ワイアット-ディーンの職業は意外なことに食品自販機の修理会社の社員だった。
ディーンが聞かせてくれた話はとても興味深いものだったので記録しておいた。
インタヴュー記録 提供者 食品自販機修理会社社員 ワイアット-ディーン
なぜ貴方はここのバーガーを?
商売敵は食うなって言いたいのか?…冗談だよ。そうだなぁ、ちゃんとしたものが食いたきゃ家に帰るかどこかで済ませばいいし、手早く食いたきゃそれこそ食品自販機でもいい。でもなんでか惹かれるんだよ。
なるほどわかります。
だろうさ。さっきもよく食べてた。
一つ疑問なのですが、なぜコチラではこのような店舗が普及しなかったのでしょうか?
コチラねぇ…日本にだってこんな店舗はないんじゃないか?よくは知らないが。
……失礼しました。
別に謝らなくてもいい。理由についてはそれこそさっき言ったとおりだよ。"ちゃんとしたものが食いたきゃ家に帰るかどこかで済ませばいいし、手早く食いたきゃそれこそ食料品自販機でもいい"それが全てだ。
まぁ、それだけじゃ面白くないだろうから、もう少し深い話をしよう。アンタはブラセロとかサンダウンタウンって知ってるか?
いえ、どちらも初耳です。
ブラセロってのはメキシコとかその他の国から来た出稼ぎ労働者のことでな。元々は肉体労働者を指すスペイン語らしいが…今じゃ1910年代から西に移動してきた黒人たちを利用していた農場とかが第二次内戦とその余波で本格化した黒人の帰還政策でいなくなった黒人たちの埋め合わせとして受け入れた連中のこと指す言葉になってる。
だがまぁ、いきなり大量の余所者が入って来て気分が悪くならないわけがない。そこで生まれたのがサンダウンタウンだ。わかりやすく言えば余所者は日没と共に町の外に出ろっていう条例が施行されてる町だな。もちろん外に出ろって言ったって叩き出すわけじゃない。ちゃんと居住地行きのバスとかモノレールがあるし、家だってある。
だが、問題は食事だ。町の中の人間たちは家で食べたり、その辺の飲食店で食えるが、ブラセロたちにはそんな余裕も場所もない。そこで活躍したのが食品自販機だ。ブラセロたちはセント硬貨を握りしめて食品自販機の前に並び、出来上がった食事をその場で、あるいは家に持って帰ってから食べたわけだ。
やがて、こうした食品自販機頼みの食生活という習慣はブラセロたちに限らずアメリカ人全体に広がっていった。愛国党政権下でのテクノクラシー的経済政策によって男女ともに働くことが推奨された結果、食事に関しても食品自販機によって"効率化"することを求められたからだな。
そうした変化の中でかつてのダイナーをはじめとする廉価な飲食店は駆逐されていった。カバ肉料理みたいに店は消えても料理としては残ったケースも多いが、食品自販機はアメリカ人の生活に欠かせないものになった。一時期じゃ食品自販機中毒なんて言って栄養バランスを崩す奴がいたせいで修理業者に過ぎないうちの会社にも訴訟を起こす奴がいたくらいだ。ああ、酒場は別だぞ。酒と一緒に食べるタダ飯は最高だ。一部の州じゃ禁酒法なんて制定しているところもあるが全く理解できんね。尤も酒の味はアンタにはまだわからないだろうがな。
…一応、飲めますよ。
その顔でか?ははは、笑わせてくれるじゃないか。ひょっとしてアンタはコメディアンか?
……ともかく、そのような経緯でこういった店舗は普及しなかったわけですね。
まぁ、そう怒るなよ。こんなに美味いのになぁ。この店がアメリカ中にあればいいのに。
…アメリカどころか世界中に欲しいですよ。
嬉しいこと言ってくれるじゃないか、せっかくだから1つ食えよ。ここはチーズバーガーも美味いがハンバーガーだって美味いんだ。
…ええ、よく知っています。
『私』の答えにディーンは怪訝な顔をしたが、すぐにハンバーガーを寄こしてきた。ハンバーガーはやはり、チーズバーガーと同じように味もサイズも違っていたが、それでも『私』は一口、一口を噛み締めながら食べたのだった。
政治的な話が続いたのでここらでちょっとアメリカのご飯の話をしてみました。
帝都に砲声轟けばでは禁酒法がなかったのでサルーンが存続し、作中でも書いた通り効率化の一環としてオートマット(自販機)が普及したわけですが、そうなるとダイナーやファストフード店は割を食うのではと思った結果こんな話になりました。