分裂した楽園でのインタヴュー記録
いつの間にか帝都に砲声轟けばの方の評価ポイントが2100ptを突破していました。まさか連載終了後に伸びるとは思っていなかっただけにびっくりですが、私の拙作をご覧くださって本当にありがとうございます。
ハワイ。日本人である『私』にとっては何度となくその名を聞いたリゾート地。だが、少なくともコチラではそうではない。
オールバニからトリインシュラに引き返し、ランドルフ-ハースト空港から国内線に乗ってホノルルを訪れた。だが、そこについても心のどこかで期待していたアロハの挨拶も歓迎のレイをかけられることもなく、雑然とした行列に並ぶことを強制されただけだった。
ここの歴史は複雑だ。ハワイ王国が打倒されてハワイ共和国が成立し、それからしばらくしてアメリカのハワイ準州となった。その後この島が大きく着目されたのは第二次世界大戦後だった。太平洋の島嶼部を支配することになったアメリカはこの地に合衆国艦隊を分割、新設した太平洋艦隊の司令部機能を移転させ、加えて海軍主導のロケット打ち上げ基地まで建設したことでまさしくハワイは基地の島となったが、そこに住む人々のことは顧みられることもなく、自治を求める運動は弾圧され続けた。
こうしたことから、アメリカ本土が混乱するとハワイで独立の運動が盛り上がるのも当然と言えた。だが、目指す方向性はばらばらであり、自治を求めるもの、さらに過激に独立を求めるもの、そしてそれらとは別にアメリカの従属化に置かれ続けることによって利益を得ようとするもの。そうした方向性の違いで争いが起こった。もちろんアメリカ本土の政府がどの勢力を支援したかは言うまでもない。こうして今、ハワイは1つの公的な政府と1つの非公式な組織に分裂し、それに加えてもう1つの武装抵抗勢力まで活動しているのだ。
まずは『私』は公的な政府であるハワイ州政府の人間と接触するべく州都であるオアフ島のホノルルを訪れていた。ホノルルが観光地であることは流石の『私』も知っていたが、こちらではより観光地としての側面が強いのか高いビルなどはなかった。代わりにフィリピンの建築で見られるヴェンタニージャと呼ばれる伝統的な換気口を備え、ポリネシア風の装飾が施された独特の建造物が目に入った。オーストラリアで見られるような鉄製の華麗なバルコニーが付いたものもあった。ザナドゥによれば太平洋様式というらしく、第二次世界大戦後アメリカで流行したポリネシア"風"文化であるティキ文化や同盟国であるオーストラリアのフィリグリー様式に加えて、祖国が日英の間で事実上分割され、取り残されたフィリピン人のもたらした文化を取り入れてハワイやその他の島嶼部で独自に発展したものらしい。そんな建築物に囲まれながらバスに乗り、流石に『私』でも知っていたイオラニ宮殿を訪れ、予めアポイントメントをとっていた初老のきっちりとしたスーツ姿の広報官にインタヴューをした。だが、それは『私』にとってはあまり楽しいものではなかった。
インタヴュー記録 提供者 ハワイ州政府広報官 アーネスト-メイスン
本日はインタヴューに応じていただきありがとうございます。
まぁ、正しい立場を伝えるというのも仕事のうちだからね。君の祖国には特に。
それはどういう意味でしょうか
しらを切るつもりかな?危険極まりない分離主義者が勝利して誰が一番得をするのかと考えれば自ずとわかる話だと思うがね?実際過去の騒乱では日本製のROTADAN?いや、ROTAHOUだったかな…まぁとにかく兵器が使用された実例もある。
……ハワイ州についてお聞かせください。
我がハワイ州はその名の通り北西ハワイ諸島を含めたハワイ諸島のすべてを統治する唯一にして正統な、民意によって選ばれた統治機関だ。州を構成する島嶼のうちカウアイ島は海軍のタワーズ宇宙施設があり民間人の上陸は禁止されているが、それ以外はラハイナや真珠湾を除けば自由に出歩くことが可能なため本土より保養のために訪れる人間は多い。
先ほど唯一とおっしゃいましたが、一応現状ではハワイ改革運動も別個の勢力として州政に参画しているはずですが?
君はそんなにハワイが分裂状態であると書き立てたいのかね?まぁ、質問の答えを言っておくとイエスでありノーだ。確かに彼らは政治に参画はしている。だがそれはあくまでもこちらの同意があってこそのものだ。彼ら自身に最終的な決定権はないし、もしも定められた自治以上の行動をとればそれは反逆に他ならない。すぐさま州兵によって"必要な行動"がとられるだろう。我が州にはかつてのハワイ準州防衛隊を基礎としたハワイ州防衛隊の他にハワイ海軍民兵も存在している。これらはそれぞれ機甲、機械化歩兵、砲兵の各1個旅団と4隻の駆逐艦及びそれらの支援部隊より構成された小規模だが効果的な戦力だ。警察程度の武装しか有さないハワイ改革運動の想定される反逆行為を鎮圧するには十分だ。
また、いざとなれば我々は連邦軍の支援を受けることもできる。その場合は駐屯する陸海軍の諸部隊及び軌道上からの攻撃によってより迅速な鎮圧が期待できるだろう。
そして、もう一つ言っておきたいのは、そのような手段に頼らずとも我々には圧倒的に優位な状況にあるということだ。それは経済的優位である。現状ハワイはその経済を本土との結びつきによって成立させており、それらがなくなって困るのは果たしてどちらか…考えるまでもないだろうさ。
猜疑心と敵意を隠そうともせず、それでいて笑いながら自らの側の優位について話す広報官に耐え切れなくなり『私』はインタヴューを終了した。もっと色々と聞いておけばよかったと後になって後悔したのは数日たってからだった。
それから、1週間ほどしてから『私』はハワイ島のナアレフを訪れた。ハワイを治めるもう1つの組織であるハワイ改革運動と接触するためだった。ナアレフは『私』にとっては初めて聞く地名だったが、そこはホノルルとはまるで違う景色だった。熱帯らしく多くの木が生い茂る中に『私』も慣れ親しんだ現代的な建造物が立ち並んでおり、洋上には風力発電機を擁するメガフロートまであった。
ホノルルが20世紀的な世界の延長線上、さながらディーゼルパンク―尤も見た目がそれらしいというだけで背景は大きく異なっている。長く孤立を経験したアメリカは『私』の知るそれとは違い、石油を使うことに関して酷く神経質だった―のような場所だとすればナアレフに広がっていたのは『私』の知る21世紀的な世界の延長にあるソーラーパンク的風景だった。
インタヴューの形式も独特だった。『私』はただ会って話すだけではなく島を回りながら話すことを提案された。そして『私』は海に出た。ハワイを統治する非公式な組織のほう、分裂した楽園の片割れであるハワイ改革運動の広報官とともに。
インタヴュー記録 提供者 ハワイ改革運動広報官 ヒロ-ラモス
まず、ハワイ改革運動について教えてください。
そうですね…私たちはここハワイ島のカウ地区とコハラ地区、カホラヴェ島とニイハウ島、それにハワイ王室の神聖な墓所であるホノルルのマウナ-アラを統治する自治組織です。現在ではハワイ州政府からの認可によって当該地区では全ての政策が我々の手によって実行されています。我々の産業は主に観光ですが、近年ではもう1つ情報産業が大きな柱となっておりハワイ改革運動はナアレフをその拠点として位置付けています。
なぜ、情報産業なのでしょうか
その答えは時差です。ここハワイは世界の情報産業の中心であるデンマークとは12時間ほどの時差があります。その為、現在ではデンマークをはじめとする各国企業が進出しています。アメリカ人は熱心な愛国党員だった物理学者の告発で彼に反発した研究員達を8人のスパイと呼んでFBIが逮捕して以来、この分野への関心は低いようです。ですが、それもあって我々は将来の繁栄の糧となるものを手に入れることができました。
それは少し意外ですね。我々が普段利用しているであろうザナドゥにしても作り上げたのはアメリカ人ですよね?
ザナドゥに関しては国家的な後援と、あとはイギリスやフランスへの対抗心があってこそでしょう。もし民間だけであれば間違いなく途中で破綻していたと思いますよ。
…ええ、まぁそうでしょうね。ところで答えにくいかも知れませんが、あなたはフィリピン系なのでしょうか
そう緊張せずとも大丈夫ですよ。確かに、私は第二次世界大戦前に移住してきたフィリピン系の3世です。祖父母は現在のカタガルガン共和国サワンガン出身ですが、私にとってはカタガルガンは漫画の国というイメージしかないですし、行ったこともありません。寧ろそれ以上に自分をハワイ人として定義していますし、周りの人々もそれを受け入れてくれています。私たちハワイ改革運動は先住民による独立を強硬に求め続けるカナカ-マオリ戦線とは違います。確かに州政府の態度には目に余るところもありますが、だからといって強硬な対応を続けていればいつかは押しつぶされてしまうでしょう。
アフリカ大陸からのイギリスの段階的撤退策のあとリベリア共和国がかつての植民地群を解放しようと動き出し、現在に至るまで続く緊張状態を出現させたのはご存じでしょう?我々はそうなってはいけないのです。カナカ-マオリ戦線は我々のことを中央アジアのトゥラニスト達と同じ地域の代表者を騙る偽者にすぎないと非難しますが、私はそうは思いません。州政府と妥協したのは確かですが、それは私たちがイオラニ宮殿をはじめとしたハワイ全ての返還をあきらめたわけではありません。ただ、今ではないというだけです。
…ハワイ改革運動は何を目指しているのでしょうか
そうですね。抽象的な表現にはなりますがより良い明日でしょうか。少しずつ一歩ずつ…そうやって、このハワイを変えていくべきだと信じています。だからこそ、私たちは改革運動なのです。
そう言ってからラモス氏は海を見た。ちょうど夕日が海に沈んでいくところだった。その光景に『私』はとても感動した。
ラモス氏と別れた後も感動の余韻に浸っていた。『私』にちょっとした災難が訪れたのは次の日の夜だった。いきなり車の中に詰め込まれて、数人の人間たちに囲まれ、その中の女と思しき声の主から質問…というより尋問を受けたのだった。危機的状況ではあったが、興味深いものでもあったため、とっさに記録したものを以下に記す。
音声記録 提供者 恐らくカナカ-マオリ戦線所属 姓名不明
日本人、お前は何故、州政府やあの改革運動と接触していた?
単純に『私』が彼らに対して取材の申し込みをしていたからです。その他の思惑はありません。
連中は我々について何か言っていたか
そうですね…州政府の方はとくには…ただ改革運動のほうではいくらか否定的な意見をいただきました。
それで、お前はそれを信じたのか
いいえ、一応全てのことを疑ってみるのが性分なので。あなた方にもあなた方なりの大義があるのではないと、そう思っています。
ああ、そうだとも。我々には大義がある。特に許せないのは改革運動の連中だ。彼らは情報センターの中心に本来ハワイ人の伝統的信仰であるアウマクアの為の神殿を作り、そしてそこから宗教儀式を実践し、世界と繋がっていくのだという。技術的異教主義だか何だか知らないが全く馬鹿げている。だというのに彼らは自らこそがハワイの代表者であると言っているのだから質が悪い。
余所者がいる限り我々の苦難は終わらない。我々が取り戻すべきはハワイ島の少しばかりの土地と2つの島だけではない。北西ハワイ諸島を含めたすべての島々がそうだ。もちろん、現在はハワイ州の管轄外にある島々も含めてだ。つまり、クレ岩礁と―
……ミッドウェイですね。
よく知っているな。日本人にしては珍しい。まぁとにかく全ての地域を取り戻さなければならない。…そうだ、明日になったら面白いものが見れるだろう。
『私』は女と思しき声の主にそれは予言ですかと聞いたが、向こうはひとしきり笑った後で『まさか、予告だよ』といった。
それから直ぐに解放された『私』は空港へと急いだ。最後の言葉がどうにも忘れられなかったからだ。取り合えず乗れそうな航空便に乗ってアメリカ本土へと帰還する事にした。暫く待ってから現れたのは来るときに乗ったヒューズ-アヴィエーションズ-カンパニー製の全翼機ではなく、『私』の知る一般的な旅客機に近い印象の機体だった。
その後、ハワイにて大規模なハッキング行為が行われ全てのハワイ諸島の返還を求める声明文の発表と全ネットワークのそれまでの遮断が宣言され、それに対して州知事が戒厳令を布告した事を飛行機の中で知ったのだった。だが、とにかく疲れていた『私』は機内での悲鳴あるいは驚愕の声を聞きながらに眠りついたのだった。
カタガルガン共和国サワンガンはフィリピンのルソン島レガスピです。
前回のカナカ-マオリ連盟をカナカ-マオリ戦線に修正しました。
それからインタヴュー形式についてのご意見は特になかったので自分が書きやすいほうにしました。