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アウクスブルクへの旅

ベルリンを離れた『私』は南に向かって進んだ。利用するのは例によって高速鉄道だ。


とりあえずの行き先はバイエルンと決めてはいたが、そこを起点に南ドイツを回ろうとも考えていた。当初の予定ではそこからアレマン人自治州を通ってスイスへと向かう予定だったが、例の国境封鎖の影響でどうなるかわからないため、悩みながらの旅だった。いつだって『私』の旅は行き当たりばったりで、そして面白みに満ちているものだった。


車窓から見える景色は退屈なものだった。都市ごとのランドマークで多少の差異はあるが、概ねベルリンで見たのと同じ復古オットー朝様式(果たしてそう言っていいのだろうか)と、例の煙突のようなドイツ式アーコロジーの連続で、まるで自分がベルリンから一歩も進んでいないようなそんな奇妙な感覚に襲われるほどに『私』はアウクスブルクにつく頃には退屈を通り越して気が狂いそうになっていた。


アウクスブルクを目的地に選んだのはそこがドイツ帝国でも有数の工業都市だからだ。もちろん、規模としてはハノーファーのほうが大きいが、イギリスの影響の強いハノーファーと違ってアウクスブルクならば何か別のものが見れるかもと期待してのことだった。アウクスブルクについた『私』は期待していたものとは別の意味で衝撃を受けた。ゴミ一つない駅の構内だったが、その作りはベルリンと全く同じものであり、本当にベルリンから一歩も進んでいないのではと、混乱した『私』は急いで外に出た。


結論から言えばそんなことは全くなかった。

アウクスブルクの景色はベルリンとは違っていた。共通点といえばせいぜい"煙突"が見えることぐらいで、他は工業都市らしい整然と整備された工場群が遠方に見える近代的な街並みだった。魅力的な歴史的建造物に関しては主に第二次世界大戦時の破壊行為によって失われてしまったが、それでもこの町は依然ドイツにとって重要な街だというのが伝わってくるような景色だった。


駅のすぐ前ではデモ隊が『ディーゼルは殺された』と書かれた横断幕を掲げてデモを行なっており。その意味は『私』にはわからなかったがデモ隊の周りをベルリンで見た白い服を着た警察官がうろついており、ベルリンのような大きな暴動の後は見えなかったこの町でもいまだにそうした警戒が続いているのだと思うと、『私』は疑問にも思った。一体、何をそこまで恐れているのか、と。


夜になって適当な宿に転がり込んだ『私』は端末を操作しながら、横断幕の言葉の意味を調べていた。

あれに書かれていたディーゼルとはやはりディーゼルエンジンの発明者であるルドルフ-クリスティアン-カール-ディーゼルのことだった。アウクスブルクと縁の深いディーゼルは技術者として働く傍ら、貧富の差が少ない理想社会の形成を夢見ていたが暴力的な革命は決して容認しなかったために、協同組合を基礎として、各々が余剰資金をプールしてそれを拠出しあうことによって漸進的な生活の向上を行なうとしたディーゼル自身が連帯主義と呼ぶ体制を構築しようと考えていたが、1913年にイギリスの旅への途中で死亡したことによってその構想は幻のものとなってしまった。


現在のドイツではディーゼルの死は様々な勢力による陰謀の結果(犯人はディーゼル自身が燃料として石油ではなくドイツで自給可能な鉱物油や植物油の使用を支持していたことから石油利権への打撃を恐れたイギリスだったり、連帯主義の普及による社会不安の解消によって革命が起こせなくなるのではと警戒した社会主義者だったりあるいはイギリスへの旅を亡命だと疑った当時のドイツ政府だったりした)という陰謀論が広く流布されており、その過程で連帯主義への注目も集まっていたが、ドイツ政府は連帯主義を"社会主義的な活動"であるとしてこうした連帯主義を唱える者たちを社会主義者として拘束しておりそうした弾圧に対する不満が高まっており、今回のデモはベルリンやハノーファーのような暴動を避けるためにガス抜きとして許可されたものらしかった。


調べ物が終わった『私』は端末を机の上に放り投げようとしたが、外から爆発音がしたのはその時だった。外を見ると何台かの警察車両が燃えていた。車両の周りでは警察官たちが応戦しながらも無線で通信を試みており、車両の燃え盛る炎によって白い制服がよく目立っていた。だが、そんな制服は格好の目標であり一人、また一人と撃たれていったが、すぐに状況は逆転した。おそらく無線で要請していたのであろう無人機と装甲車が現れて、警察官たちを撃っていたであろう武装した人間たちを掃討していった。まさに一瞬の出来事だった。


偶然とはいえその一連の出来事を映像として記録することができて満足した『私』は端末を充電するべく接続してから『私』はすぐに眠りについた。


翌日の『私』の目覚ましは荒々しいノックと開錠の音だった。

混乱する『私』に向かって入ってきた見慣れた白い服を着た警察官は『私』を社会主義的扇動の罪で拘束すると告げ、フラクトゥール体で見出しが、本文がその筆記体であるジュッターリーン体で書かれた厳めしい書類を突き付けて丁寧だが威圧的な口調で『私』に同行を求めた。


「いや…しかし…私は何もしていません」


まだ寝ぼけていて頭が回らない『私』はそう反論するのがやっとだったが、警察官はその回答を予想していたようでポケットの中から端末を取り出すと、『私』に画面を見せてきたそこに映っていたのは一本の動画で、何やら最後によくわからないドイツ語のテロップが出てくるが間違いなく『私』が昨日記録した映像だった。


「これは昨日の深夜に投稿されたものです」

「ですが…映像はそうかもしれませんが、文字については覚えがありません。そもそも何が書いてあるかすらわからないんです」


『私』は必死に反論したが警察官は『とにかくご同行を』というばかりだった。


車に乗り込んだ『私」と警察官たちの間に会話はなく、耐えきれなくなった『私』は警察官に対して思わず質問していた。


「最後のアレはいったい何と書かれていたんですか?」


すると警察官は拘束時の丁寧な態度はどこへやら、やや緩い、だが明らかにこちらを馬鹿にしたような態度であっさりといった。


「アレか、アレはな。万国の労働者よ団結せよ。革命のときは近いって書いてあったんだ。まぁどう見てもアンタは巻き込まれたか、利用されたクチだろうが"社会主義者"とされた人間にこの国は優しかったことは一度もないから…覚悟しておいたほうがいい」


その言葉を聞いてアウクスブルクへの旅は今までの旅の中で一番"長いもの"になるかもしれない、と『私』は思ったのだった。

連帯主義はディーゼルが実際に考えていた思想ですが、名前的にフランスの奴と紛らわしいからどうするかな…


あとは今後はちょっとこちらのほうの投稿が遅延するかもしれません(今でも十分してる気もしますが…

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― 新着の感想 ―
ドイツ人がドイツ人してますね。ここの秘密警察(皇帝のゲシュタポ)は白い防暑服風の制服で半ズボンをはいているのでしたか?「ボーイスカウトのバッジはもらったかい?」と皮肉を言いたくなりますね。 「空想的社…
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