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"チューブ"に乗って

()()()()ロンドンはグリーンベルトによる境界など全くなく唯々成長を続けるスプロールといったほうが適切な存在だった。そして、そんなロンドンとスプロール、あるいはさらに遠くを結び付けているのが真空列車であるパイク-チューブだった。ロンドン市街を走る鉄道のすべてが地下化されたことにより、従来の鉄道システムの中に飲み込まれてしまった地下鉄(チューブ)に代わり"チューブ"といえばこれを指す言葉になって久しかった。


ジェフリー-ナサニエル-パイクの発明したこの"チューブ"はもともとは第二次世界大戦期の上陸作戦時の海上からの物資の輸送用として考案したものを民需用に改良したもので、相次ぐ提案にもかかわらず表向きの理由はともかく実際にはパイクがユダヤ人であることを理由に却下されていた間に宇宙開発の停滞によって進歩した技術が利用可能になったため、結果として実現できたというのは全くの皮肉と言えたかもしれない。


ただし"チューブ"が結んでいるのはイギリス国内のみであり、技術的にははるか以前に実現可能なはずのヨーロッパへの連絡は政治的事情によって全くめどが立っていなかったため、行先は必然的にイギリス国内だったため、海底トンネルでアイルランド島との接続があるというウェールズに向かうことにした。


駅で"チューブ"を待っていると突然、案内板の表示が遅延発生に変わった。すこし周りがざわつきはじめ、『私』も端末で慌てて調べはじめたが、駅の警備を担当する運輸警察の警察官につれられた複数人の男女が『ロンドン人共(ロンドナーズ)、水を返せ』と叫んでいたことから犯人はすぐわかった。もっとも動機については全くわからないまま、暫くして『私』はホームに到着した"チューブ"に乗り込んだ。座席に座ってから備え付けの端末でポール-メル-ガゼット紙の電子版を見ると、もう先ほどの事件の速報がのっていて、記事によればウェールズ出身の男女各1名と北部イングランド出身男3名と女1名が"チューブ"への破壊工作未遂を理由に拘束されたらしい。気になる動機についてだが、ウェールズ及び北イングランドの水の大半がイングランド南部、とりわけロンドンとその周辺のスプロールに送られている現状への抗議として行なわれたものだったらしい。


記事を読み進めてみると、そうなった原因は第二次世界大戦後の復興計画として保守党最後の内閣となったロバート-セシル挙国一致政権が構想し、戦後に初の労働党政権となったレオ-アメリー政権が実現させたウェールズとイングランドの諸都市を結ぶ大等値線運河にあった。交通網としては建設後しばらくして舟運が衰退し鉄道や新たに台頭した航空貨物便に利用者を奪われたため失敗に終わったが、もう一つの目的である給水網としての役割は現在も果たし続けているこの運河は本来はイングランド南部との接続によってウェールズおよび北イングランドを発展をさせる役割が期待されたものだったにもかかわらず、現在ではロンドン周辺に水を給水するだけの設備となっており、現状に不満を持つ人々からすれば自分たちの故郷の水をロンドンが吸い上げているとして憎悪の対象になっているようだった。


もっとも日本人の『私』としてはたかが水で争わなくてもと思わないこともなかったが、きっとイギリス人にとっては重要なのだろう、と。車内売店で買ったまずい水を飲みながら考えた。


『私』の耳に軽快な電子音が聞こえたのは水を半分飲んだあたりだった。隣を見ると空席を示す緑が消えて代わりに黄色いランプが点灯していた。しばらくして乗り込んできたのは少し酒臭い初老の男だった。彼はどっかりと座ってからこちらの顔を少し見て口を開いた。


「その顔つき…おまえ日本人だろう」

「ええ、わかるんですか」

「ああ、そりゃ、な」


そういうと、男は上着の中から勲章らしきものを見せてきたが、生憎『私』にはわからず困惑していると男は当てが外れたような顔をしてから『ショーン-ウェルシュ、元オーラリア海軍大尉だ。今はブラックプールで実業家をしている』と自己紹介した。


「オーラリアというと自治領の方ですか」

「元、な。今は立派にイギリス国民だよ。だがまあ、従軍していた時は確かにオーラリア人だったし、何なら東インドでアンタの国と戦ったことだってある。さっきのはそん時の功績でもらったもんだが、まぁ結果はひどいもんだったな。そっちじゃ余波でいくつも政権が倒れたらしいが、オーラリアにしたって南アジア連邦への依存が益々強まるわ、東の不忠者(オージー)はこれ幸いと圧力をかけてくるわでとても喜ぶことはできなかった。どっちも勝ったと言い張ってるのにお互い勝利とは程遠いな」


そう言ってウェルシュは笑った。陽気で社交的ではあるが、仮にも自分の祖国と戦った経験のある人間にどう接していいか『私』が思案していると、ウェルシュのほうから口を開いてきた。


「ところで、アンタはどこに行くんだ」

「セントジョージ海峡トンネルを通ってアイルランド島に行ければ、と思います」

「…そりゃ難しいと思うぞ。あそこは今貨物以外は通れないからな」

「そんな、昨日調べた時には…」

「今朝の騒ぎがあって、それで実行した組織の構成員がアイルランド方面に逃げないように封鎖されたらしいぞ。おまけに期限は未定だと。残念だったな」


ウェルシュの言葉に『私』は落ち込み、それを見たウェルシュはまた愉快そうに笑ったのだった。

ロンドンの鉄道の地下化については史実で1943年のカウンティオブロンドン計画で提案されたものです、史実だと費用が掛かりすぎて現実的ではないと却下されましたが、こちらだとわりと余裕あるのでやっています。


パイク-チューブについてはノルマンディー上陸作戦の時の上陸時の兵員および物資輸送用にパイプラインの中に物資や兵員の入ったコンテナ(といっても戦後のもののようなちゃんと規格化されたものではなく本当にただの箱)をいれて空気圧か油圧か水圧で押して動かせば迅速に搬送できるんじゃないか、というパイクの史実の提案が元ですが、それが発展して真空列車になったというのは創作ですし、何ならパイク自身戦後すぐになくなっています。


大等値線運河はgrand contour canalの事で、帝都に砲声轟けば本編では大輪郭運河と訳していたのですがcontourの和訳として等値線という言葉があるらしいのでそっちにしました。この方が良いかもみたいなご意見があれば、お教えいただければ幸いです。

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