空の旅と地図と疑問
今回はいつもより短めです。こちらのほうが読みやすいのかもしれないという理由もありますが、単純に書く能力が衰えているのかもしれません…。
ウォルビスベイでの滞在は『私』の本来の予定以上に長引いた。というのも次の目的地として向かおうと思っていたドイツ帝国の情勢がいつになっても不安定だったからだ。
南西アフリカの議席数増への反対から始まったデモは今や当初の要求を超えて一部では共和制への移行や航空戦力を含む再軍備の支持を唱えるものも出始めており、それに対して強引な鎮圧を行なうドイツ政府に対してさらに反発が高まるという悪循環だった。もちろんこうした状況に対して周辺諸国が黙っているはずもなく、第二次世界大戦後からドイツに対していまだに激しい敵意を持っているフランス、スイス、ベルギー、イタリアなどは直ちに国境警備のためと称して国境に軍を張り付かせていたし、反対にドイツの庇護者であるイギリスは駐ハノーファー軍団の活動を活発化させていた。一方でドイツの東側に位置するポーランド連邦共和国は突然の事態に対して迅速な対応をとることができずに政治的な意味で混乱が広がりつつあった。
そうした中での明るいニュースはコンスタンティノープル中間オリンピック―1906年のアテネ大会こそ第一次世界大戦で延期になったが1910年とバルカン戦争を挟んだ1918年の2大会が行なわれており第二次世界大戦後の1950年から再び国際共同統治領コンスタンティノープルに場所を移して復活していた―の選手が決まったということぐらいだったが、ヨーロッパで緊張が高まる中では中間オリンピックそのものがどうなるかわからない以上明るいと言い切ることもできなかった。
しかし、そのように混迷が深まっていることは『私』がウォルビスベイから一歩も動かないことを意味しなかった。『私』の知っている歴史とは全く異なった歴史を辿った果てにあるこの世界では少し旅をするだけで興味深いものに合うことができるのだから。こうして『私』はウォルビスベイの空港からハンドレページの航空便に乗った。行先はドイツ…には当分行けそうにないのでイギリスだった。
イギリスといえば衰退し、老いた大国というイメージがあるが、コチラのイギリスはまるで違う。確かにこの地上への関与こそ年々減らしているがそれは私の記憶のように世界の海を支配する力を失ったからではない。彼らは他国が地上にいる間に新たな海へと漕ぎ出していただけだった。それは彼らの先祖が他国がヨーロッパでの覇権を追い求める中で植民地を拡大したのに似ていたが、違う所をあげるとすればスペインそしてオランダから覇権国家としての地位をもぎ取った先祖たちと違い今回のイギリスは常に後発国家たちからの挑戦を受ける立場にあるということだった。
だが、それでも最強の挑戦者だったアメリカ合衆国が政治的な混乱により自ら挑戦を放棄した以上大英帝国が宇宙という新たな海を支配する国家としていまだ健在なのは揺ぎ無い事実だった。なにしろ小惑星帯から火星、月に至るまで大英帝国の旗は翻っているからだ。
そして『私』はその首都であるロンドンを目指してウォルビスベイを飛び立った。
機内のサービスは快適だった。座り心地もよく、機内食も恐る恐る食べたところ、とてもおいしく拍子抜けしてしまったほどであり、そういうところではディレ-ダワに行くときに利用したホワイトスター-エアラインを思い出したがそれと違うのは、妙なプロパガンダなどが一切なかった点だろう。運航するのが民間企業なのだから考えてみれば当たり前なのだが。
一方で色々なものの単位が古めかしい帝国単位のみで表記されていたことや『私』の知る旅客機のサービスクラスなどとは比べ物にならないほど厳格に定められた等級には驚いてしまったが、同時にそれが『私』にとってはイギリスは未だに大英帝国であるということをもっとも端的に説明しているようにも感じられて面白かった。
アフリカ大陸の上空を飛びながら、私は備え付けのモニターで地図を見ていると南アフリカの領土であるはずの土地が真っ白に塗りつぶされているのが分かった。おそらく、南アフリカとの対立関係からそのような表示をしているのだろうかもしれないが、あるいは白人の国家を自称する南アフリカへの遠回しな皮肉かとも思ったが、そうならばリベリアは黒く塗られてなければいけないなと思い直してから一人で小さく笑った。
そのあとは機内で適当に映画を見て暇をつぶしていたが、着陸態勢に入るというアナウンスの後にモニターに再び地図が表示されたときに違和感を覚えた。アイルランド島にも南アフリカと同じように白く塗りつぶされた場所があることに気が付いた。『私』は一体アイルランド島に何があるのかという疑問を抱いたが、それと同時に思い出したのはディレ-ダワからの越境の際に尋問された東アフリカ連邦陸軍の中尉が言っていた、『ただ一つ例外があるとすればアイルランド島の連中だ。あれはだめだ』という言葉だった。
『私』を乗せた飛行機がロンドン郊外に位置する空の玄関であるヘストン空港に着陸したのはちょうどその時だった。
中間オリンピックに関しては帝都に砲声轟けば本編でやりたかったけど忘れてたネタです。今後もそういうネタをしらっと入れるかもしれませんがお許しください。
ロンドンの空の玄関口がヒースローではなくヘストン(史実でミュンヘン会談の後チェンバレンが紙切れ振り回していたとこ)なのは史実ではもともとヘストンが本命だったのが大戦によって延期となり、その間にヒースローが拡張されたためですがこちらでは割と余裕があるのでヘストンが大戦に並行して拡張されたとしています。
それから第一話のグレン-カーチス-ライカーズ空港をリンドバーグ-スタテン-アイランド空港に改めました。ライカーズ島の位置を間違えて覚えていた為で、帝都に砲声轟けば本編でイースト川の埋め立ての話をしていたのにおかしなことになってしまうのでスタテン島に移しました。




