ウォルビスベイの昼食と最後のアフリカーナー
『私』は大戦中ヴィルヘルム4世が居城としたシュヴェリーン城などを訪れて、少しの観光を楽しんだあとヴィントフックから国有鉄道に乗ってイギリス領ウォルビスベイを目指すことにした。国有鉄道の列車は高速鉄道らしい流麗なもので、とても昨晩見た激しい暴動の起こっていた国のものとは思えなかったが、昨日の失敗を覚えていた『私』は口には出さなかった。
このアフリカに残された数少ないイギリス領であるウォルビスベイは国王よりシティの称号も与えられている土地ではあり、一応表向きには反逆者である南アフリカの監視のための戦略上の拠点ということになっているのだが、実際のところは独立の際の恨みはあれど、南アフリカの主敵がリベリアである以上どうして維持しているかわからないような場所だった。それでも『私』がウォルビスベイに行くのには理由があった。
それはウォルビスベイに建設された空港がこの地域におけるハブ空港的役割を担っているからであり、主要な航空会社で飛んでいないのは乗り入れが許されていない南アフリカのユニオンエアウェイズ―南アフリカ航空が南アフリカの内戦後に再び完全民営化された―ぐらいだった。そのためウォルビスベイを維持しているのは航空機製造から撤退し、その名を残すのは航空会社のみとなって久しいハンドレページの収益を守るためなのではないかというジョークが言われるほどだった。
一応は越境するのだからと東アフリカ連邦のディレ-ダワ藩王国とアファル-イッサ州の境界のような物々しいものを想像していた『私』はふと列車に備え付けられたディスプレイを見るといつの間にか国境を越えていたことに驚いたがそのまま列車はウォルビスベイの市街郊外にある国際空港駅に到着した。空港は実に巨大であり、想像以上に混雑していたがイギリス領であるにもかかわらずドイツ語の案内表記が非常に多いのはなぜここが混雑しているのかを分かりやすく示していた。海運ならば隣接するトローテンハーフェン―その名は第一次世界大戦中に南西アフリカの"文明化"に貢献したロタール-フォン-トロータに因んで革命後の亡命政府時代に改名されたものだった―でどうにかなるが、大戦での敗北以降自分たちだけではいまだ空を眺めることしかできないドイツ人が空の旅をするには他国のインフラに頼る必要があった。
国際空港内のホテルにあらかじめ部屋を取っていた『私』はそこでこれからどこに行こうか考えたが、やはりドイツ本土に行くべきだろうと思ったが、ドイツ行きの航空便のチケットを探していると絶望的なニュースが入ってきた。昨晩の暴動の余波でドイツ各地の主要空港が抗議行動のために集まった市民らによって占拠されたため欠航するとのことだった。まさかそのような事態になるとはまるで考えていなかったため、思わぬ暇ができてしまった『私』はしょうがないのでウォルビスベイ市内を散策して回ることにした。
国際観光地でもあるウォルビスベイの海はとてもきれいで何もなければずっと見ていたかったが『私』としては早くドイツへ、いや、ドイツでなくてもいいからどこかへ行きたくて堪らなかった。"この世界"について知ることこそが『私』の最もしたいことであり、また、しなければならいことでもあるからだ。そんな風に気が急いていたせいか腹がすいた『私』は端末で最寄りのレストランを調べるとそこへ向かった。
そのレストランは奇妙だった。一見、民家のような佇まいながら正面には堂々と旧南アフリカ連邦の旗が掲げられており、レストランというよりはアフリカーナー民族主義者の個人博物館と言われたほうがまだ信じられた。そして、中に入ると一瞬、時が止まったように感じられた。初老の男がこちらをみていた。『私』の中にアメリカのビグラーズミルでの記憶が蘇ってきた。待ち合わせの時間が遅れたために差別的な店主に追い出されてしまった嫌な記憶だ。回れ右をしようかと考えていた『私』に男のほうから話しかけてきた。
「…適当に座りな」
『私』は流石は国際観光地と感心した。後になって冷静に振り返ってみれば客の注文を聞くぐらいは当たり前だと思ったが。
「えっと、じゃあ、このボボティというのを…」
店主は何も答えず厨房があると思しきカウンターの奥へと向かった。料理を待つ間に暇になった『私』は店内を見回した。薄暗かったがよく見ると店内には写真や絵が壁一面に張り付けてあった。それらは農場での日常風景であったり、リーベックのケープ植民地の建設や有名なグレートトレックを描いたものであったりした。
そうやって眺めていると鼻に香辛料の匂いが漂ってきたと思ったらいきなり叩きつけるように料理が置かれた。『私』の頼んだボボティだった。奥へ帰ろうとする店主に向かって『私』は思わず聞いていた。
「貴方はアフリカーナーなんですか」
そう言った『私』に対して店主はこちらを睨みながら答えた。
「…ボーア人やダッチと呼ばなかっただけ良しとしようか、東洋人。まぁ、見ての通りだ。この街にはイギリス人やドイツ人もいるが連中はこんな飾りつけはしない」
答えてもらったことに気をよくした『私』は続けて質問をした。
「ここの装飾は貴方方アフリカーナーの歴史を表しているということでしょうか」
「……ああ、そうだ。絵はもちろんだし、写真も…もう歴史の一部といっていいだろうな」
「写真は貴方のご家族なんですか」
「いや、そうじゃない。何枚かはそうだが、離れていく連中から貰ったもののほうが多い」
「離れたというのはウォルビスベイからということですか」
「ああ、オランダ本土に行ったやつもいれば、東インドに行ったやつもいる。どのみちここは一時の住処にはよくてもあまり長居はできない場所だ。ここがイギリスである以上関係が冷却化する一方とはいえ心情的には南アフリカに肩入れする連中も多いからな。アングロ-アフリカンやディンゴ共を隣人にしたい奴らは山ほどいるんだから俺には辛い場所だよ」
「すみません。アングロ-アフリカンやディンゴというのは」
「…アングロ-アフリカンはそのまま元からいたイギリス系白人のことでディンゴは南アジアからの移民が増え続ける一方のオーラリアを捨てて来た比較的新しい連中のことだ。奴らが狩猟用に連れてきた動物に因んで区別するためにそう呼ばれたんだ。まぁ、俺からすればどっちも変わらん。今の南アフリカなんてのは南アジア連邦の経済的な植民地として延命しているに過ぎないってのに、何が統合主意主義だ。何から何まで南アジア連邦の援助がなければ立ち行かないくせに白人の故郷を名乗るだなんてアングロお得意の皮肉ならともかく、そうじゃなきゃただの馬鹿だ…」
心底鬱陶しいという口調で言い終えた後、さっさと食って、金を払って出ていけと言った店主に対して『私』は最後の質問をした。
「なぜ貴方はウォルビスベイに留まり続けているのでしょうか」
「……さっきも言ったが、同胞の中にはオランダに行ったやつもいれば、東インドに行ったやつもいる。そりゃそっちのほうが仕事もあるし、言葉もまぁ通じるからな。でもな、俺たちはアフリカーナーなんだ。わかるか?この大陸からアフリカーナーが一人もいなくなったら、アフリカーナーはこの世に一人もいないってことになるんだ。南アフリカは外人じゃなくて俺たちのものだ。たとえ追い出されてもそれは変わらないんだ」
そういうと今度こそ奥へと店主は帰っていった。『私』はボボティを食べながら、ロストヴァ氏から聞いた南アフリカこそが故郷であるという言葉を思い出した。ロストヴァ氏のようによそからきて南アフリカこそを新たな故郷と定めた人もいれば、店主のようにその陰で南アフリカを追われてなお故郷として考え続けている人もいる。"この世界"の面白さをまた一つ認識した『私』は代金よりは少し多めに支払うことにして、会計をするべく席を立った。
アフリカーナーの自称としては多分この世界的にはかつてはカラードたちをさす言葉が起源であるアフリカーナーよりも、自由市民をさす呼称だったブルガーのほうが広く使われてそうですが、わかりやすさとブール(ボーア)とちょっと紛らわしいのでアフリカーナーにしました。
あと今回の内容に合わせて10話の内容を少し修正しました。




