オールバニ見物、それから質問に対する回答
今回は少しインタヴューの書き方を変えてみました。こちらのほうが良いという声があった場合は以降この書き方にしますし、前話のほうが良いという場合には次回から戻します。
その日『私』はフレドニア州オールバニにいた。『私』にとってニューヨーク州とはニューヨーク以外には特にイメージのないところだったから、ニューヨーク市とその周辺がトリインシュラ州として分離していたことには驚いてもかつてのニューヨーク州の州都がフレドニア州となっていても何ら驚くことはなかった。
無論、驚くという事が全くないということはなかった。オールバニーの玄関口であるオールバニーユニオン駅で降りるまで、列車でアメリカ国内を移動するというのはここが自分の知っているアメリカではないというイメージをさらに補強したし、その外の景色はさらなる驚きの連続だった。駅からしばらく歩いて、アメリカでは一般的な交通機関であるというモノレールに乗り込むと、いつものように私は窓の外を見た。
まず目を引いたのは古びた八角形の家だった。かつてのアメリカの最後の遺産であるザナドゥで検索したところによればアメリカでの骨相学の創始者であるオーソン-スクワイア-ファウラーが提唱し、1850年代に一時的に人気を博していたものらしく、それが復活したのは第二次世界大戦とそれに続く第二次内戦が終わり、復興が安定期に入ると生まれ始めた新世代の家族たちの家としてだった。
次に目を引いたのはソビエト-ロシアの構成主義を思わせるいくつかの建造物だった。『私』はジョニーからアメリカと社会主義国家である極東が同盟国であったことを聞いていたし、歴史として知っていたがこのような形で視覚的に示されると、やはり衝撃は大きかった。
そうした建造物に交じって『私』も見慣れたガラス張りの無機質なビルも建っていることに『私』はどこかほっとするような安心感を覚えた。今日は例のネットワーク上のホスピタリティサービスで探しても泊めてくれる人間がいなかったので『私』は仕方なく安宿に泊まることになっていたが、当然ながら安宿らしく郊外にあるため時間はまだかかりそうだった。
仕方なく、帰りの列車の予約でもしようと考えて端末を取り出してライトペンで操作を始めると奇異な視線で見られているのに気が付いた。
(まぁ、そうだろうな普通だったらネットワークに接続したら仮想キーボードを出すものだ。だが少なくとも『私』にとっては伝統あるらしいピアノのようなそれは合わない…全くこっちにだってタイプライターはあっただろうに…)
『私』はこちらのキーボード事情に対して不満しかなかった。ザナドゥによればこちらでのコンピューター―といっても機械式―の発明は1909年だったが、その際パンチカードでコード入力をする際に使用実績のあったストックティッカーで使用されていたピアノに似たキーボードを採用したことで以降その形式が普及したらしい。今やネットワークに接続すればわざわざ端末を持ち歩かずとも仮想キーボードで入力ができるようになって長かった。もっとも、QWERTY配列しかなじみのなかった『私』にとってはとにかくこれが使いづらく、仕方なしに端末にライトペンでちまちま記入する派目になったが、それが奇異に映るのは大日本帝国でも太平洋を挟んだ準敵国であるアメリカでも同様らしくクスリと笑ってしまった。
そんなことを考えている『私』は目的の駅についていた。降りてから気が付いたがモノレールの側面には『アメリア-テイラーに投票を』と書かれており、ふと、駅の外を見れば彼女の顔写真や旗を持ったそろいの制服の人々が大勢いた。こうした投票行動を促すメッセージはもはや、『私』にとっては珍しくもなかった。制服や腕章あるいは何かしらの党派の一員であることを示した者たちが投票を促す行動をとるというのはごく普通だった。
もしも、『私』と同じ境遇の人物がいたらそれをどう見るだろう。まるでファシスト党だと思うだろうか、それとも悪名高きナチを想起するだろうか、ただ一つ言えるのはそれらの何れもこの世界には存在しない。故にこの行動はごく普通の民主主義の一部だ。そう思える『私』はずいぶんとこの世界に慣れてしまったのだと改めて感じた。
安宿についた『私』はシャワーを浴び、早めの夕食を食べ終えるとすぐに寝た。次の日は早い…はずだったからだ。
翌朝になると『私』は端末を起動させて、それから呆然としてしまった。話を伺えるはずだった人物からのインタヴューのキャンセルの知らせが届いていたからだ。このままではただのオールバニ見物で終わってしまう。納得できない『私』はとにかく食い下がり質問に対しての回答という形でいくつかの質問に答えてもらうことに成功した。
以下がそのアメリア-テイラーフレドニア州上院議員候補に対する質問とその回答―もちろん翻訳したもの―になる。
テイラーさん、まず貴女とそれからその所属政党について教えてください。
私は真正連邦党より分離したアメリカ法と秩序党の候補者として現在選挙戦を戦っています。そのため、あなたとの約束を反故にしてしまったことを申し訳なく思います。我が党の政策は最高判事の判断を基にした、古き良き秩序のある連邦主義の確立といえるでしょう。
古き良き秩序のある連邦主義とはなんでしょうか。もう少し詳しくお聞かせください。
はい、現在のアメリカは新連邦主義という名の偽りの連邦主義体制のもとにあります。これは一見秩序だって見えて実際には混沌を体制という枠にはめただけのものにすぎません。例えば隣のトリインシュラ州では2008年以来トリインシュラ新秩序党の政権下にありますが、そこで彼らは予測市場を使った文字通り投機的な政策を行なっています。予測市場を通して政策に投資を募り達成後に配当を配るんです。
公共機関の建設から、ハリケーンからの復興まで、すべてが市場を通じて決定されます。彼らは公共の福祉と健全な投資の両立などと嘯いていますが、私に言わせればブックメイカーと変わりません。まったく信じられないとは思いますがこれは事実で、悪い噂も多くあります。トリインシュラ州以外の州外あるいはアメリカ国外の代理人が存在しているとか、さらに悪い噂によれば、故意に市場の結果に影響を与えるために犯罪行為に少なからぬ人間、それも州政府の人間が加担したというのもあります。もちろんこうした状況に対し最高裁への訴えがなされ、またその中にはまだ裁判が続いているものもありますが、答えは過去も今も同じはずです。コーウィン修正条項に基づいて州内の制度への干渉はできない、と言うはずです。
なぜ州内への制度の干渉が禁じられたのでしょうか?
もともと、このコーウィン修正条項は第一次内戦を避けるために練られていた幾つかの妥協案の一つであり、その中で州内の制度―当時の想定は奴隷制―への連邦政府による介入を禁じるというものがありました。結局その時は批准する州が少なく修正条項は認められず保留という扱いになりましたが、それから約120年後に復活することになりました。当時のアメリカは愛国党政権、国民党政権を問わず続いていたテクノクラシー体制への不信が高まり、国外でも国内でも多くの問題を抱えていました。そんな中でニューハンプシャー生まれの2人目の大統領は国外ではイギリスに対抗する姿勢を強めるとともに国内では州の権利を無視して大規模開発を行ないさらには州兵の廃止までちらつかせました。これに激怒した民兵の人間が議会議事堂を破壊すると、当たり前のように大混乱に陥りました。当時の混乱はまだ学生だった私もよく覚えています。
大統領、そして多くの議員を失い、各州ではそれまでの反動と連邦政府への不信、そして閉塞感を打ち破るための改革の声から分離の機運が高まりました。そのような状況では連邦政府による介入など却って逆効果ですから、そこで国家の分裂を避けつつ且つ各州民の求める改革を行なうための妥協案として示されたのがこのコーウィン修正条項でした。すなわち、各州の州内制度に関しては政治、経済、司法、宗教をとにかくすべての政策に対する一切の介入を控える事を確約しました。カナカ-マオリ戦線のように極度に反抗的な組織以外はこの決定を追認したのです。しかし、これはあくまでも妥協案でありそれは今破綻しようとしています。
破綻とは具体的にどのような状態を指すのでしょうか?
それは、州によって様々です。例えばユタ州ではモルモン教による神権政治による独裁的政権が修正条項の可決以来途切れることなく続いています。逆にアブサロカ州では自由主義者、テクノクラシー主義者に加えて近年では無政府主義者までが加わって政治の主導権を争っています。さらに悪夢的なのはコロンビア(注旧ブリティッシュ-コロンビア)州で、そこではカナックスのブッシュワッカーに対するいくらかの非人道的行為を伴う治安行動を行なっています。例え完全独立を唱えるブッシュワッカーがいかに愚かな存在であったとしてもそこは合衆国領土である以上彼らには守られるべき人権があるはずです。
ともかくこのように悪魔的としか言いようがない修正条項によって私たちの国は合衆国憲法を維持しながら連合規約の時代へと逆戻りしたも同然になっています。だからこそ私たちは活動を続けているのです。
最後に失礼とは思いますが勝算についてお聞かせください。
……非常に厳しいと言わざるを得ません。しかしながら、あきらめることは決してないでしょう。昨年の大統領選挙で真正連邦党の指導部はテクノクラシー復興同盟との提携を選択しました。これはかつての危機の元凶となった過度の集権的連邦主義の復活と同義です。しかし、私たちはそうなってはいけません。私たちが目指すべきは過度の集権でも、過度の分権でもなく、中立にして公正なる連邦政府の復活のはずです。それこそがすべての人々の自由を守るための最善且つ唯一の方策です。
ありがとうございました。『私』はそう述べて質問を終えた。
『私』にとってはアメリカ社会の分断なる言葉はワイドショーなどで聞きなれた言葉だったが、こちらでは社会というよりアメリカという国家そのものが緩やかに分裂しているが同時にアメリカという国家の形を維持するべく固まっているという印象も受けた。その現実は『私』にとっては非常に興味深いものだった。
そのあと安宿を出て、『私』はオールバニーユニオン駅行きのモノレールに乗った。勿論、さらなる興味深い存在に出会うことを求めて、だ。
トリインシュラ州の予測市場を通じた政策決定というのは史実でも似たような提案があったりします。
カナックは史実ではカナダ人の愛称として肯定的に使われるものですが、こちらでは蔑称のニュアンスのほうが強いです。