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ヴィントフックでの失敗と好奇心

総合評価は特に増えないけど累計PVが増えているというのはいい傾向なんだろうか…よくわからない。

ロストヴァ氏の歓待を受けた『私』だったが、南アフリカでの滞在期間はそう長いものではなかった。なぜかといえば滞在していたロストヴァ氏の家にある書類が届いたからだった。


書類には滞在申請の延長あるいは出国の案内が書いてあった。すでに空港での入国時に滞在日数を告げていた『私』には何のことかわからなかったため、ロストヴァ氏に聞くと常に閉鎖的な国家である南アフリカは外交やビジネスなどの正当な目的とみなされる以外で入国したもの(特にインド人を除くアジア系)に対して滞在制限をかけているとのことだった。ロストヴァ氏は手続きをするから問題ないといってくれたが、それでも『私』が滞在することでロストヴァ氏に害が及ぶのではないかと考えた『私』は出国を決意した。


荷造りを済ませながら『私』は次の行き先について考えた。再び北に戻って行けなかったアルワ(スーダン)ケメット(エジプト)に行くか、南アフリカから西に位置するドイツ帝国領南西アフリカに行くか、逆に東のインド洋に出てザンジバル=オマーンに行ってみるか、私の頭の中にいろいろな考えが浮かんでは消えていった。結局、『私』は西に行くことにした。何しろそこにはドイツ帝国がいまだに存続しているからだ。歴史ゲームなどでしか馴染みがないが、だからこそドイツ帝国というのは訪れてみたい場所だった。たとえそれが一度革命によって打倒され、第二次世界大戦後に復古したものだったとしても。


その首都であるヴィントフックの空港では奇妙なことの連続だった。普通、首都の空港ならば多くの航空便が行きかっていても不思議ではないのだが、発着する便数は明らかに少なく、さらに奇妙だったのは軍民共用と思われる空港にイギリス王立空軍の戦闘機が並んでいたことだった。ロストヴァ氏から現在の南アフリカ成立の経緯を聞いていた『私』にとって、激しく敵対していたはずの南アフリカの航空便に乗って、イギリス王立空軍のいる空港に着陸するというのは何とも妙な気分がした。そんなことを思っていると入国管理官に入国審査の終わりに『ヨーロッパへようこそ』などと言われてますます奇妙な感じがした。


とはいえ、とりあえず『私』にとって当面の課題は宿を探すことだった。何しろとりあえずで来たこの国にはロストヴァ氏のような親切な人はいないだろうからだ。結局いつも通り安宿を探すとタクシーを呼んだ。ヴィントフックの町並みはビルが少なくそういう意味では南アフリカによく似ていたが、ドイツらしく―あくまで『私』の勝手なイメージに過ぎなかったが―どこかメルヒェンでもあった。


しかしよく見ると遠くに何本かの巨大な塔があり運転手に聞くとデンマークの会社が作った発電施設だと返ってきたので咄嗟にモンテレーでの記憶がよみがえり、じゃあメキシコと同じですね。と言うと、今まで興味なさそうだった運転手は急に丁寧ではあったが敬意を微塵も感じさせない、慇懃無礼な口調で質問をしてきた。


「失礼ですがメキシコに行かれたことが?」

「ああいや、そうグアテマラに行ったときに話に聞いたんですよ」


言葉を発してから『私』はしまったと思い慌てて取り繕った。何しろ書類上はメキシコになど行ったことはないはずなのだから。


「ところで、ご存じだとは思いますが我が帝国では無政府主義の活動は禁じられております。社会主義についても…言うまでもないでしょう」


明らかにこちらに釘を刺すように言った運転手に対して『私』は居心地の悪い空気を変えるべく質問をすることにした。


「はい、それは勿論わかっています…ところで空港でイギリス空軍機を見たのですが、あれは何かの一環でこちらに来ているのですか」

「…いいえ、あれは南西アフリカに常駐しているのです。我が帝国では先の大戦以来航空機の保有が禁じられていますから…その代わりの防空戦力です」

(しまった)


『私』は居心地の悪い空気を変えるどころか、気づかぬ事とはいえ敗戦の話を再確認するという人によっては不快な話を振ってしまっていた。今日の『私』は失敗続きだった。そんな失敗を帳消しにする機会が訪れないまま、結局『私』は安宿についた。


安宿についた『私』は疲れていた。そういう意味ではリベリアの時に似ていたが、あの時と違うのは今回の疲労の原因はまちがいなく自分自身にあるということだった。とりあえず部屋のテレビをつけるとちょうどニュース番組をやっていたところだった。


どうやら、暴動が起きているらしく横断幕を持った人波に向かって放水がなされており、それに対して群衆は投石や火炎瓶で応戦し、最前列では警官隊に対して果敢にも鉄パイプで立ち向かう者たちがいた。ドイツ語は分からなかったが字幕によるとそこはベルリンのようで『私』の勝手にイメージするところのドイツらしからぬ光景にしばし圧倒されたが、同時にここまでの事件に至った理由を知らねばならないとも思った。


翌朝たっぷりと寝て疲労が取れた『私』はさっそく端末で昨日の暴動のことを調べた。時事新報の記事によれば原因は帝国議会の選挙区を再編して南西アフリカ出身議員を増加させようとしたことに対して本土の議員が反発して乱闘騒ぎとなり、議場外でも暴動が起きたというものだったらしい。南西アフリカ出身議員といってもそれが白人である以上―()()()のドイツは20世紀前半には南西アフリカから黒人を一掃しており、しかもそれを現在に至っても肯定的に見ていた―なぜ反発するのか『私』にはよくわからなかったが、社会主義化した本土と唯一帝政旗を掲げ続けた植民地という歴史的違いから始まり、戦後は社会主義ドイツによる末期戦のために荒廃しきった土地と飢えた臣民―といってもその被害の半分は大協商のもたらしたものだった―を何とかするために鉱産資源の利権をイギリスに対し供与することによって本土を支え続けたにもかかわらず、一応は帝国直轄州となっても本土からは依然として植民地扱いであったことへの南西アフリカ側の反発を受けての選挙区改編案だったが、本土側の反発は大きくこうして暴動まで起きたというわけだった。南西アフリカとドイツ本土との溝はその実際の距離以上に大きいものだったらしい。


ヴィントフックの町並みはメルヒェンだったが、時としておとぎ話の裏に時折血なまぐさい真実が隠されているのと同様に()()()である『私』にはわからない或いは『私』にしかわからない奇妙さの中に成り立っているものなのかもしれない、と好奇心がわいた。

ドイツ本土側の内情についてはそのうちやります。

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― 新着の感想 ―
奇妙なのに納得感のある風景ですね。仮装英植民地と言うべきか。嵐の夜もドイツ帝国を支え切った殊勲の地なのですが、それが一層、政治的摩擦を生んでいるのでしょうね。
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