表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/29

再び始まった"旅"の一歩目

イスマイールの言葉に思いがけず励まされた『私』はディレ-ダワ藩王国から鉄道でイスマイールの故郷でもある東アフリカ連邦構成国アファル-イッサの首都であるジブチへと向かっていた。理由は簡単でディレ-ダワ藩王国からどこかへ行こうと思っても、黙認されているリベリアの航空便以外は連邦からの規制を受けて飛んでおらずリベリア以外の場所へ行こうと思ったら、まずは連邦内の他国へと行かねばならなかった。そのため『私』が再び"旅"を始めるにはまず国境を超える必要があった。


国境線には一触即発…というほどではないがそれなりに緊張した雰囲気を漂わせた部隊が両側で哨戒しており、列車はその中を徐行しながら進んでいった。列車が来た側にいる兵士たちを見ると一部に真新しい小銃も見えるが、装甲車などの重装備は年季の入ったものが多かった。対する反対側、つまり進行方向の側を見ればアニメやマンガに出てくるような外骨格(パワードスーツ)をまとった兵士たちがいた。もっともそれはアニメやマンガで主人公が身に着ける超技術の産物とは程遠く化学兵器や生物兵器の使用下において効率的な戦闘行動を行なえるような、いわば防毒マスクの延長兼機動的な火器運搬用装備のような存在であり、宇宙開発からの応用という科学技術の輝かしい成果であってもそうした装備を運用しているということは前提となる化学兵器や生物兵器の使用の可能性を暗に示唆するもので、東アフリカ連邦がディレ-ダワ藩王国に対してどのような感情を抱いているかわかるような感じがして『私』の心中は複雑だった。


『私』そのようにが考えていると徐行していた列車が完全に停止した。『私』は混乱したが周りはいたって落ち着いていた。その理由はすぐに分かった。国境の向こう側からやってきた兵士たちが皆車両から降りるように命じ、検査を開始したからだ。安心するもの、面倒そうに嫌々とうけるもの、反応は様々だったがそれでもみな兵士たちの指示に従っていた。


開始からどれだけの時間待っただろうか、『私』の番が来た。


身分証を、と問うてきた兵士に対して『私』が提示すると顔は見えなかったが明らかに困惑した反応が返ってきた。やがて少し間があって全員列車に戻るように指示されたが『私』だけは列車の出発を待たずに一足先に国境を越えることになった。といっても特別な待遇を受けたわけではなく、単に『私』だけ質問事項が多いのでゆっくり話したいということなのは明確だった。


国境線を少し超えた場所には簡易な建物が建っており、私はその中に通された。中に入ると久しぶりに白人の姿を見たがその中でも異彩を放っていたのがユダヤ教の祭司(ラビ)だった。やがて建物の一角の狭い部屋に案内された『私』は中でしばらく待つように言われ、その後、出てきたやや年をとった士官はこちらに目を合わせようともせず資料を見ながら入室して来た。その態度に少々の怒り覚えたもののハワイ州政府広報の態度に耐えかねてインタヴューを終えた結果後になって後悔する羽目になったことを思い出して我慢した。言葉というものはいつ交わせなくなるかわからないのだから。


「ふむ、なるほど、この報告によれば君は日本人だということになっている。日系人ではなく、ね」

「どういう意味ですか」

「興味深いということだよ。わざわざ大日本帝国からこのアフリカをおとずれるものは少ない。さらに言えば君は紅海横断橋を越えてアジアから来たのではなく、わざわざと新大陸からアフリカ、それもリベリアに立ち寄ってディレ-ダワ藩王国を訪れている。観光旅行にしては妙だ」

「観光と…いえばそうなのかもしれませんが…目的はそうではないのです。私は知りたいからこそ旅を続けているのです」

「知りたいとは…何を、かね」

「この世界ついてでしょうか」

「ハハ、それは面白い。じゃあ、あのイカレたリベリアを訪れたのもそのためだというのか、あんな連中を知ってどうする?いや、この次はどこに行くのかね?統合主意主義者の大南アフリカかね、それとも紅海の向こうのアラブかね、はたまた北のアルワやケメットか、いずれにしてもそんなところに行ってどうする?トーキョーで大人しく端末をいじっていたって情報は転がり込んでくるだろう」

「私が言いたいのはそういうことではないのです。私はただ地図を眺めたいのでもなく、報道を見たいわけでもない。実際にそこにいる人たちに会いたいだけです。そして出来れば話しも」

「…若者にしては珍しいな。何が君をそうさせる」

「さぁ、なぜでしょうかね…まぁとにかくそういうことですのでお話を聞いてもいいでしょうか」

「やれやれ、立場が逆になったな」


そういうと士官は書類を傍らに投げ、『私』と目を合わせた。


「まぁ、まずは自己紹介と行こう。私はピエール-ベルナイス東アフリカ連邦シミエン州陸軍中尉だ」

「では中尉、率直に聞きますがあなた方は自分たちの立場をどのように考えているのでしょうか」

「どのようにとは、どういうことかね?」

「そのままです。貴方方(ユダヤ人)にとっての帰るべき地は他にあるとは思われないのですか」


『私』()()()()()()()()においてユダヤ人による民族国家建設から始まった紛争が中東地域における不安定化の原因になっていたことを考えると、少し聞くには勇気のいる質問だったがそれでも聞かずにはいられなかった。しかし、それを聞いた中尉は少し不思議そうな顔をしてから答えた。


「…まさかとは思うが君は帰還主義者なのかね?もちろんそういう人間がいることも承知しているが、私たちにとってはあの忌々しい新フランク派の罪を清算したと認められるのが先だと思っている。世界に対して何もなさずに約束の地に帰れるというのはありえないよ。だからこそ…」

「失礼ですが新フランク派とは?」

「そうか、通じないか。まぁわかりやすく言えば共産主義だとか社会主義だとかそういう連中だよ。マルクスはもちろんルクセンブルクだって"そう"だったからね。だからユダヤ人全てを纏めて反ユダヤ主義を言う連中もいるが、我々は別の言い方をしている。かつてのフランク派になぞらえて、ね。説明しておくとフランク派というのは17世紀の偽救世主シャブタイ-ツヴィ…の生まれ変わりを自称したヤコブ-フランクを信奉する一派のことだ。フランク派もツヴィの一派と同じくユダヤ教からは程遠い存在だったが、フランク派の特徴は積極的に当時の社会に溶け込もうとしたことだ。だが、それはフランク派が隣人愛だとかナショナリズムに前向きだったわけじゃない。内心、彼らはこの地上の法すべてを悪法として否定していた。にも拘らずそれらに従うそぶりを見せたのは最終的にそうして世界のあちこちに入り込んだ信徒たちが将来、世界の体制をひっくり返すことを意図していたからだ…似ていると思わないかね?」

「共産主義者、あるいは社会主義者に…ですか」

「ああ、だからこそ私たちは新フランク派と呼ぶんだ。彼らは世界各地に巣食い、最終的にはドイツを支配してヨーロッパに破壊をもたらした。それをフランク派と呼ばずして何と呼ぶ?私たちはもちろん彼らを認めないが、同時に反ユダヤ主義もまた認められない。反ユダヤ主義者の中には我々の同胞が君らの国を始めとする各国に逃げ込んだことを未だに問題視する意見も多いが、それこそ分断だよ。私たちは東欧の帰還主義者たちの活動も認めることはできない。約束の地への帰還が悲願であることは理解できても、各国の理解を得ない強引な帰還は反発を招くだけだ。そして今、約束の地に住む自称ヘブライ人にしても帰還主義者の唱える殲滅ではなく緩やかな再教化を行なうべきだ。と、まぁこのように我々は反ユダヤ主義者の悪宣伝とは異なりおおむね平和的なのだよ」


中尉は『私』に向かって皮肉っぽく笑った後すぐに真顔に戻った。


「ただ一つ例外があるとすればアイルランド島の連中だ。あれはだめだ」

「と、いいますと?」

「まぁ、話してもいいんだが…直接訪れることをお勧めするよ。私にとっては良くない場所だが、君は"この世界ついて"知りたいんだろう?ならばあそこは避けて通るべきじゃない」


中尉がきっぱりとした口調で言い切ったことが気になったが、直接訪れるべきという意見にはその通りだと思ったので、『私』はあえて口を挟まなかった。そのあと、『私』と中尉の間には事務的な会話以上のものはなかった。こうして『私』の"旅"は再び始まったのだった。

フランク派は現在のウクライナ地域のユダヤ人コミュニティに実在したカルト集団(実質そういってもいいでしょう)ですが、社会主義者を新フランク派と呼ぶのは当然ながら創作です。しかし、社会主義が徹底的に否定されナチズムの不在のために反ユダヤ主義もそれなりに生き残っているであろう帝都に咆声轟けば…の世界においては恐らく社会主義はある種ユダヤ人の考案したカルト的扱いをされるでしょうし、そうなればユダヤ人の側もまた(否定として)ユダヤ教とは関係ないカルトとして新フランク派扱いしてもおかしくはないのではと思いこういう扱いにしました。これはあくまで創作上の扱いであり実際に作者が思想としてそう思っているわけではないというのは念押ししておきます。作中でのユダヤ人にとって帰るべき地が~という質問についても同様です。昨今の世界情勢的に誤解されるかもしれないセリフですがこれもあくまで創作上の扱いです。問題があれば修正します。ご意見をいただければ幸いです。


外骨格にパワードスーツとルビを振りましたがこれは主人公がそう思ったというだけで、実際にはハインラインがSF作家になっていない帝都に咆声轟けば…の世界においてはそう呼ばれない可能性のほうが高いです…が代わりの呼び方が思いつかない…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
「世界を見たい」 その興味が強く伝わってくる回でした。 それはまた人間の諸相を知りたいという事であり、小説を書く事自体が世界を知るプロセスではないでしょうか。 今回なかなか微妙な話題を取り扱ってらっ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ