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ハラールでの再会、そして再発見

その時『私』はリベリアから流れてきたかつてのアメリカ製の中古のバスだというヘッセルマンエンジン駆動の観光バスに揺られていた。


「よう、またあったな」


チャットを巡る冒険が終わってからハラールで傷心旅行のような観光をして帰るところだった『私』に、イスマイールは気さくに話しかけてくれたが『私』の方はそんな気分ではなかった。だが、とりあえず施設の情報を提供してくれた礼として、イスマイールにはできる限り話すことにした。施設の職員たちが"過激な思想"を持っているということとリベリアとの関係を疑わせる失言を引き出すことには成功したこと、そしてそれをネタにしても施設への立ち入りは許されず、結局チャットの出所探しは全くの失敗に終わったことまでも。


「なるほどなぁ、そうか施設の奴らが"連中"と…正直それだけでも一本記事が書けるんじゃないのか?黒人至上主義者の"連中"がヨーロッパの分離主義、それも社会主義的かもしれない団体と繋がりを持っていたなんて世間が大騒ぎする特ダネだろうに」

「生憎とそういうのが目的ではないので…そうだ、貴方は兵士として戦っておられたんですよね?」

「そうだが…どうした?俺の武勇伝でも聞きたくなったか?…ああ、日系人部隊の話はあまりできないぞ。確かにインドシナ連隊の連中には何度か助けられたことはあるがそれだけだからな」

「いえ、そういう類の話ではなくてですね…つまり、その、貴方から見てこの件はどう感じるかということです」


『私』がそう言うとイスマイールは考え始めた。やがて考えが纏まったのか話してくれた。


「聖エレスバーン財団は裏切り者だし、"連中"は敵だよ。今も昔も」

「"連中"とは、リベリア人ですか?」

「そうだ。本当に俺たちと"連中"は違うんだよ。"連中"は黒人の解放と言いながら同じ黒人のはずの俺たちのことを知ろうともしない。挙句俺の…」


そこでイスマイールは一旦言葉を切って義肢である左腕に力を込め、握り拳を作った。


「…もしかしてその腕は…」

「ああ、その通りだ。俺のあだ名のグレイがどんな意味だか知っているか?左利きって意味だ。"連中"はそれを知りながら…」


再び、イスマイールは力を込めた。普通ならばすでに手から出血しているのではないかと思うほどの力の入れようだったが血はまったく流れてこなかった。


「とにかくだ…黒人だからといって"連中"の側につくなんてごめんだったから、結局俺は共和国のために奉職し続けたわけだ。で、最後には当時まだ試作品に過ぎなかったこの義肢をつけた。こいつは中々便利だぞ。常人以上の力も出せるから格闘戦なら負けなしだったしな。だがまぁ、それだけに普及しちまったのが誇らしいやら、残念なのやら自分でもよくわからん」


先ほどの怒りが嘘のようにイスマイールは明るく話していたが『私』は先ほどの怒りを覚えていたために複雑な思いを抱き、少し話題を変えることにした。


「……財団についてはどうでしょうか」

「…さっきも言った通り裏切り者だよ」

「ですが、その、落ち着いてますね」

「まぁ、不思議じゃないからな」

「と言いますと」

「わからないのか?今のフランス、まぁといってもこれはフランスだけに限った話じゃなくイタリアなんかでもそうだが、欧阿(ユーラフリカ)政策の下で俺たちのような旧植民地出身者が幅を利かせているから、それが気に食わないって奴は現役時代から周りには大勢いたよ」

「…では、既存国家の解体をも辞さない財団の方針についてはどうでしょうか」

「大胆だなとは思うが、有り得ないと言うほどでもないかな。今やフランスやイタリアは国家そのものが欧阿(ユーラフリカ)と同一視されている。100年以上前の1921年のシャルロッテ-アマーリエ会議で植民地を喪失したスペインとポルトガルやリベリアと大南アフリカの代理戦争に振り回されて同じく植民地を失ったベルギー、そもそも植民地を有さないスイスと違って植民地を維持する必要があった。理由はまぁ、フランスの場合はドルジェール政権が本国の農業保護と大衆迎合的な自国産業保護政策を場当たり的にやった結果として植民地の工業化の端緒になり、時を経るごとにそれに依存していったからだし、イタリアは大戦中に壊滅的なまでに打撃を受けた北イタリアからの移民が少なからず行なわれていたからだが、最も理由として大きいのは多分対抗心だな」

「対抗心…ですか」

「ああ、そうだ。両国にはイギリスという敵―まぁイタリアに関してはそこまででもないが―がいたからな。自分たちはこんなに上手くやっていると見せつけたかったんだろうな。何しろ二か国ともドイツ人に酷い行ないをされてたし、そのドイツの後見人に戦後イギリスがおさまったとくれば、一気に反イギリス感情が高まるのも無理はない。だからこそイギリス人がキプロスから撤退すれば十字軍以来の権利を振りかざしてイタリア人は喜んで統治しようとしたし、ジブラルタルの両側が返ってくるとなればフランス人はスペインのために資金を用立てた。だが、その結果ギリシア=トルコ連合はイタリアを敵視するようになったし、フランスはスペインに泣きつかれて軍を駐留させた結果、常にリーフやその背後のアメリカとの緊張関係を抱えることになった一方で、手を引いたイギリス人がフォボスに英国旗を立てていたことに耐えがたい劣等感を感じたわけだ」

「地上で足踏みをしているように感じられたのでしょうか」

「そんなところだな。人工衛星ぐらいならまだしも結局、こっちが本格的に宇宙に出られるようになったのは大南アフリカとの取引の後からだからな。自分たちの力じゃどうにもならないようなものを海峡のすぐ向こうの人間が持ってるっていうのは腹立たしいものだったはずだ。だがそうした敵意は一部の人間の中では次第に違うものに代わっていた」

「と、言いますと」

「なに、単純な話さ。俺たちが"ああいう風に"なれないのはきっと足を引っ張っている奴らがいるに違いない。そいつらを切り捨てればきっといい時代が来るに違いないんだ。そう思い込むことにしたのさ。困った連中だよ。フランス以外で例を挙げるならば今更ニジェール州の米じゃなくて化学兵器でいまだに汚染されたままのイタリア米でリゾットを作る馬鹿がどこにいるんだって話だよ。だがさらに困ったことにそういう連中には金持ちやら"お友達"が多い奴らが居て…まぁ、結果今の状態になっているわけだ」

「本当に単純ですね」

「だが、そういう奴らの理想郷が本当に理想郷であった試しなどないからな。イギリス人にはイギリス人の悩みの種があるものさ」

「悩みの種、ですか」

「おお、興味が湧いたって顔してるな。よくわからんが東洋人ってのはみんなそうなのか」


違いますよ。と『私』は慌ててイスマイールの言葉を否定したが、実際興味が湧いたという部分は間違いではなかった。『私』が"この世界"について知ろうとするならばイギリスという存在は避けては通れない場所だからだ。


一つの"冒険"は終わったがそれは『私』にとって"旅"の終わりを意味するものでない。『私』はその事実を再発見すると計画を練るべく安宿へと引き返した。その足取りは軽かった。

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