ディレ-ダワ到着と停電、そしてしばらくの散歩
前回のインタヴューなしの話が好評(?)だったので取り合えず今回もインタヴューは無しです。
『私』は線上都市の一つにある地域空港からクリストポリスへと戻り、そこから再び航空機に乗り込んだ。だが、向かう先はリベリア国内ではなく東アフリカ連邦の構成国の一つディレ-ダワ藩王国の首都であるディレ-ダワ=ハラール都市圏だった。西アフリカからほぼ反対の東アフリカに『私』が向かっているのはチャットに関して何か情報を得たければやはり、産地である東アフリカ、中でも原生地であり最近リベリアからの投資によって周辺と対立が深まっているディレ-ダワ藩王国へと向かうほかないと考えたからだ。もちろん無謀な挑戦であることは十分に理解できていたし、これで何も見つからなければ諦めることも覚悟の上でのことだった。
もともと、アフリカ帰還運動の指導者であったマーカス-ガーベイが設立した船会社ブラックスター-ラインに起源をもつブラックスター-エアラインはリベリアの国有企業であり、食事はおいしかったし機内でのサービスに不満もなかったが、機内に置かれたプロパガンダ雑誌や無料視聴サービスのプロパガンダ放送を見たくもなかった『私』はとりあえずニュースでも見ようかと思って備え付けの端末を操作すると、『私』にも関わりのあるニュースが国際欄にあった。
グアテマラとエルサルバドルの艦艇が互いに領海内での危険な航行とレーダー照射について批難の応酬をしており、これに関連してそれまで中米において不介入だったアメリカが積極的にエルサルバドルを支持する姿勢を見せたことが、先日のハワイでの動乱への"積極的な対処"に続いて中米にも再びアメリカが棍棒を振り下ろす日が来るのか、との憶測を呼んで注目を集めていたことだった。当然というか大日本帝国はそうしたアメリカをけん制するような動きを見せながらも積極的な発言は行なっておらず記事では寡黙な狂犬と呼ばれていたことに『私』は複雑な感情を抱きながらも思わず笑ってしまった。
もっとも、その結果すぐにでもアメリカとの太平洋戦争となるのかといえばそうでもないらしく、とくにアメリカの側は国内の各政党との調整に苦労しているらしいといったことも分かったが、一方で今回の件がきっかけで中米諸国同士の紛争が起きる可能性は高いと記事は締めくくられており、グアテマラで知り合った多くの人々のことを思うと『私』の気持ちは暗くなった。しかし、中米からはるかに離れてしまった『私』にできることは無事を祈ること以外何もなく、そんなことを考えていると航空機はタファリ-マコネン国際空港に無事着陸した。
着陸の前に地上を見るとその都市圏の過密さに目を奪われたものだったが、着陸してから空港の外に出るとその過密さを裏付けるような人の多さに圧倒された。イタリア王国によるエチオピア侵攻の際にフランスとの繋がりを生かして、タファリ-マコネンの父の代からの所領であったディレ-ダワ及びハラール周辺守り抜き、その後住民交換によってディレ-ダワを中心にアムハラ化することで生まれたディレ-ダワ藩王国はエチオピアの中でも第二の人口を持つアムハラ人の多くが居住しているということもあってその人口密度はかなりのものだった。
ハラール行きのバス乗り場の行列…というより人の波に飲み込まれないように注意しながら『私』は宿へ向かうべく路面電車に乗り込んだ。空港からしばらくすれば宿につくはずだったが。乗ってから10分ほどで電車は止まってしまった。周りの店には明かりがついて、少しずつ辺り一帯が光に覆われ始めているにもかかわらず『私』は自分だけが暗闇の中にいるような錯覚を覚えた。
「停電だな。ついてない」
「停電ですか?でも、周りの店は…」
「そっちはまぁ自家発電装置やらがあるからいいが、こっちに関しては発電所自体が古いから復旧まで時間がかかりそうだぜ。俺は歩くがアンタどうする?遠いなら、ここで待っていても…」
「いえ、歩きますよ」
「そっか、じゃあ、行こうか…そういや言ってなかったな。俺はアリ-イスマイール。みんなはグレイって呼ぶんだ」
そういうと話しかけてきた初老の黒人の男、アリは左手を差し出してきた。『私』はアリと握手をしたがその感触にどこか違和感があった。一見すると自然だが完璧に自然と言い切るにはどこか違和感があるそんな微妙な感じだった。
「どうしたアンタ…人工皮膚だから義手だとはわからなかったのか?それとも腕が機械の人間と握手をするのは嫌か」
「いえ、初めてだったもので」
「日本にだって傷痍軍人ぐらいいるだろう」
「あいにくと自分の故郷にはいなかったもので…ところで軍人だったんですか」
「元な。俺は東アフリカ連邦のアファル-イッサの出でな。その後、フランス軍に入隊してコンゴ地域でリベリア支援の連中と戦っていた」
「…リベリア…ですか」
「まさかとは思うがあそこにいたことがあるのか?東洋人にはきつかったろう」
「きつかったというか…ああ、まぁでも楽しかったですよ。いろいろと価値観の違いが知れて」
『私』がそういうとアリは急に押し黙った。やはり、リベリア人と戦っていたというアリに対しては失礼な物言いだったと思い、何を言おうか考えているとアリのほうが言葉を発した。
「まぁ、いろいろあったが昔のことだ。それより何でアンタはここに?リベリアからって事はアフリカ横断旅行でもしているのか」
「…そうですね…まぁ、たしかに旅行みたいなものになってしまいましたが」
そう言って『私』はアリに何と言おうか迷った。チャットの話について言うべきか迷ったからだ。正直にチャットの話を告げるか、それとも本来の目的であるこの世界について知りたいといっていつかのように奇異な視線を浴びせられるか、結局『私』は前者について話すことを選んだ。奇異な視線を浴びせられる以上に『私』の中で結果のない旅を続けることへの焦りのようなものがあったのかもしれない。
そうして話し始めた『私』の話(もちろんすべてをそのままで話したのではなく噂を聞いたという体でぼかしながらだが)をアリは黙って聞いてくれた。
「なるほどなぁ。それでチャットの原産地でかつリベリアの投資が盛んなココに目を付けたわけだ」
「ええ、もっとも今のところ成果はないんですけどね」
「まぁ、ほんとに国ぐるみだとしたらそんなすぐに尻尾は掴めないだろうな。そもそも露見しないようにどこかで人工的に生産しているだろうし」
「うーん、そうなると手詰まりですね」
そういって考え込んでいた『私』とアリだったが『そう言えば、あまり関係ない話だが』といってからアリが口を開いた。
「このディレ-ダワで都市型農業の指導を行なっているボランティアがいるって話だ。尤も全員白人という話だが」
「白人ですか…じゃあ、違うかもしれませんね。しかし、何故そんなことを」
「…あんまり大きな声じゃ言えないがな。ディレ-ダワ藩王国と他の対立の歴史は長い。そもそも、東アフリカ連邦という枠組み自体"エチオピア"としての完全独立を望む藩王国を無理やりに抑え込んで成立したものだ。リベリアとの接触にしても今に始まった話じゃなくて、70年代の末にまでさかのぼる…まぁ、もっともその時はまだアメリカの統制がきいていたが…今となってはリベリアを後ろ盾にかつての帝国の復活を望んでいるってわけだ。もちろん連邦だって馬鹿じゃない。そんな動きにはすぐに気が付いたから何かにつけてディレ-ダワ藩王国の経済への締め付けを強めている。こうして俺たちが歩く羽目になってる停電にしたって、アビシニアダムからの電力割り当てが停止されているのが原因の一つではあるしな」
「ああ、そういう事情だったんですか…ですが、それではさらに藩王国側の離反を招くのではないですか」
「離反も何もこれは連邦の正式な決定だぜ?それに従わないってことは最近でいえば…ハワイって言ったか?まぁあそこみたいなことになるってことだ」
「ハワイ……ですか…」
「おいおい顔色が悪いぞ?ま、最悪の"何か起きれば"って話だ。そんなに心配することはないさ…それよりも問題はそうした決定に反して藩王国を支援する連中が内部にもいるって事だ」
「それは、どうしてでしょうか」
「結局のところ"キリスト教徒だから"以上の理由はないさ。何しろ藩王はほかならぬソロモン王の子孫なんだ。その善意の結果、損害を被るのは俺たちだってのにな」
「損害ですか…実際、例えばの話ですが紛争になることはあり得るのでしょうか」
「…さてな。一市民に聞かれてもわからんよ。それより、アンタの宿は此処じゃないのか?」
そう言われて『私』は危うく話に夢中で宿を通り過ぎる所だったことに気が付きアリに礼を言った。
その後、宿に入った『私』はアリとの会話を整理する中で、そういえば何故アリはディレ-ダワ市内にいたのかという素朴な疑問が浮かんだ。ムスリムならば真っ直ぐにハラール行きのバスに乗るのではと考えたがよくわからなかった。




