線上都市での対話
2025年最初の投稿となります、今年もよろしくお願いします。特にご意見がなかったのでこれからはインタヴュー有りと無しを混ぜていく感じなるかもしれません。まだ考え中ですが。
モンロビア改めクリストポリスでの滞在を終えた『私』はヘンリーズ氏とともにこの日、そこから、西へ延びる線の中にいた。一概に線といっても複雑なものだった。それは鉄道路線ともいえ、高速道路ともいえる複合建造物であり、メキシコへの越境の際に利用した回廊を思い出させる作りだったが回廊との違いはその周囲に居住用の巨大建造物が整然と立ち並び、それらと一体化している言わば線上の都市である、という点だった。そしてそれらは植民地時代の都市やそれ以前からある都市を結ぶのではなく、全く新規にクリストポリスからまるで神経のように伸びているのだという。『私』は素直に感動した。
「これだけの住居だと家賃が大変でしょう」
「いえいえ、これらは全て共同所有です。この中には家庭があり、職場があり、学校があり、病院があります」
「…つまり、この一つ、一つに大体、数千から数万人程度が居住していると」
「ええ、そうです」
「凄い。まさにアーコロジー、ですね」
「考古学ですか?いったいなぜ?」
「ああ、いや、気にしないでください。それより、共同所有というのは…その…」
「"社会主義的だ"と言いたいんでしょう?よく言われることです。"黒い肌の社会主義者"などという罵倒は聞きなれていますが、あえて言わせてもらうのならば、全くそれらは意味をなさない批判です。何しろ共同所有といってもそれは居住者が企業体の構成員として株式を保有して配当を受け取っているだけです。アナタ方、日本人の国民配当とは少し違いますが、これもまた一つの資本主義の形です。私たちはテクノクラシー国家ではありますが同時にかつての資本主義もまた変化させて取り入れているんです。それが我がリベリアの掲げるテクノクラティック資本主義であり、かつてのアメリカとの違いですよ。それよりほら、きれいでしょう?」
『私』がヘンリーズ氏の言葉に促されて目を向けると、太陽に照らされて白亜の巨大建造物は美しく輝いていた。『私』はそれを見て、テレビ番組で見た古代エジプトの神殿を連想した。
「確かに本当にきれいですね。モチーフは古代エジプトですか」
「そうです。あれもまた黒人の作り出した偉大な文明の一つですから」
「…ところで、この線上の都市という言うのは他に類を見ない発想ですがリベリア独自のものなのですか?」
「……いいえ、線上の都市というのは元々20世紀前半のアメリカ人作家マイロ-ミルトン-ヘイスティングスが考えたものであり、企業体による共同所有の巨大建造物への居住という構想は同じくアメリカ人でカミソリの発明で財を成した大富豪であるキング-キャンプ-ジレットがナイアガラに建設することを提案していたものです。しかしながらそれらの構想を実現させたのは間違いなく黒人です。アメリカ人は絵を描き、空想することしかできなかった。ですが、それは黒人の技術力によって今現実のものとしてここにあります」
いつかと同じようにヘンリーズ氏は自信たっぷりに言った。『私』はそれを黙って聞いていた。それから、しばらくは沈黙が続いた。意外にもその沈黙を破ったのはヘンリーズ氏の方だった。
「…そういえば、最初は東に行くことを希望していたとか、差し支えなければ理由を教えてくれませんか」
『私』は理由を口にするべきか迷った。正直にチャットの流通疑惑について調べようと思ったなどといえば、どのような目にあうかわからないが、かといって隠し通せるとも思えない。『私』がそうして迷っていると誰に対して話しているでもないヘンリーズ氏の言葉が続いた。
「この国において東やら南というのは、紛争地帯そのものです。黒人に敵対的な人々は各地にいます。そしてそれを援助している白人たちはさも黒人が侵略者かのように書き立てるのですから全く始末に負えません…アナタもそういう記事が書きたかったのですか?」
「いいえ。私は"この世界について知りたかった"ただそれだけですよ」
「そうですか。ですが一つ覚えておいてください。我が国リベリアは間違いなく、少なくとも私たちにとっては理想郷です。一方で同胞である黒人たちを支配している者たちにとっては例えば大南アフリカのほうが理想郷なのでしょう。今アフリカで起きているのは異なる理想郷同士の衝突なのです。いや、アフリカだけじゃなく、世界中でそうでしょうね。私からすれば大日本帝国も十分に異質な存在ですよ」
「大日本帝国が異質な国家であるというのはそうでしょう。ですが…貴女はこの国を理想郷と言いましたが、ですが貴女が敵と呼んでいる人々もまた黒人でしょう」
ヘンリーズ氏はすぐには『私』の質問に答えなかった。『私』が答えを待っているとリベリア陸軍航空隊の垂直離着陸機が上空を飛んで行った。
「……アナタ方とて汎アジアを掲げながら南方で軍事介入を行なっていますが、その相手の多くはアジア人のはずです。シッキムで戦ったインド人はどうですか?旧コンゴや中央アフリカでの我々の行動を非難される謂れはありません」
「そう聞こえたのならば謝ります。つまり、言いたかったのは、一方で黒人の国家を標榜しもう一方では黒人であるはずの人々を認めないということに関して矛盾はないのかということです」
「矛盾はありませんよ」
「本当に?」
「ええ。いずれ受け入れられます」
「受け入れられる…とは?」
「世界と、そしてこの地にです。正直に言います。もうあと何十年かで建国200周年になりますが、建国当時から我々の状況は変わっていません。諸事情からかつて世界各地に離散し、そして再び帰ってきた者たちをこの地は受け入れようとしなかった。だからこそ我が国は努力してきたのです。そして、今それは報われようとしています」
「本当に報われるのですか?」
「ええ、世界は、この地は私たちのことを受け入れざるを得なくなるでしょう」
そう言うとヘンリーズ氏は微笑んだ。『私』にはその微笑みが何を意味するか分からなかった。




