インタヴュー記録 ビグラーズミルにて
ヴァージニア州ヨーク郡のビグラーズミルで地元の名産であるという牡蠣を食べながら『私』は憂鬱だった。数週間前に必要な情報と旅行目的を登録すれば、登録してあるホストが食事や住居を提供してくれるという触れ込みのネットワーク上のホスピタリティサービスに登録した『私』は意気揚々と出発したのだが、待ち合わせ場所に指定されたレストランで数時間粘るも誰も現れなかったのだ。端末でリンドバーグ-スタテン-アイランド空港と東京府との往復航空券を確認して、そのかかった値段を見て身震いした。いや。身震いの理由は値段のせいだけではなかった。
ある程度認められた集団での旅行ならばともかく、単身それも行き先はあの『12月8日』に奇襲攻撃を仕掛けてきたアメリカ合衆国なのだから、いくら世界的に相互理解が叫ばれているとはいえそれが個人ではなく集団を主眼としたものである以上、アメリカに行って何をするでもなく帰ってきた人間など怪しまれるのも当然であり、しばらくの間、警保局には睨まれるだろうし、最悪は月ごとの国民配当が色々と理由をつけられて減額か悪ければ差し止めを食らうかもしれない。迷い込んで以来必死になって自らが積み上げてきたものが崩れ去った。そう考えると料理の味など感じられなくなった。
「おい、あんた」
「はい?なんでしょう」
「なんだじゃねえ、これから書き入れ時なんだ。地元の連中も、そうじゃない連中もわっと来る。だからな…あんたみたいな黄色いのにいられると邪魔なんだ」
差別的感情以外の理由が存在しない理不尽そのものな店員の言い分だったが、ちらほらと客が増え始めた店内を見回してもそうした物言いに異を唱える人間は誰もいなかった。ただ白い肌をした人々がこちらを遠巻きに見ているだけだった。
(ああくそ、こっちのアメリカはこうだったな…大して向こうを知ってるわけでもないが)
『私』は立ち上がり、アレクサンダー-ハミルトンの肖像が印刷された札を何枚か手渡しそのまま店外に出た。
「おい。あんた」
またも不躾に呼び止められ、もはや怒る気力も湧かない『私』は声のした方へゆっくりと顔を向けたが、その先にいたのは年季の入った燃料電池自動車であるフォード-シアトライト-ミレニアムとその運転席でほほ笑む車と同じぐらい年季の入った一人の男だった。
「遅くなって悪かったな。ジョニー-ボラードだ。飯は?」
「食べましたよ」
「そうか、じゃあ待っててくれ」
そういってから食事をとりに行った男、ボラードを待ちながら、一人残された『私』は車内で情報を確認する。顔認証…よし。自動車の登録ナンバー…事前に送られてきたものと一致した。もちろんすべて裏をかこうと思えばかけるだろうが、『私』相手にそこまでする人間がいるとは思えなかった。
「よう…そんなに心配するなよ。っていうのは無理かもしれないが、少し肩の力を抜いたらどうだ」
帰ってきたボラードはあくまでも気さくだった。そんなボラードを見てから、互いの装着している人体通信端末で情報を交換した。
「しかし、まさか、日本人が来るとは思わなかったよ」
「そんなに意外でしたか」
「まぁな。ヨーロッパ人なら何度も来たし、たまにかつての住処を見てみたいっていうリベリア人も来たが…それに変わってるのは国だけじゃなくて登録理由もだな。会った奴にこの世界について話を聞きたい、だと?なあ、この世界っていうのはどこのことだ?ヴァージニアか、アメリカか、それとも地球か、はたまた月やら火星やらを含めてか」
半分おどけながら、だがもう半分は本当に訳が分からないといった感じで言葉を続けるボラードに『私』は何とか答えを絞り出した。
「貴方の見てきたもの、でしょうか」
「そうか、そうなると随分とつまらないものになりそうだ」
本当につまらなさそうにボラードは言ったが『私』はそれでも良かった。『私』にとってはここで起こってきた全てのことが驚きに満ち溢れているのだから。
「では、さっそく初めても?」
『私』の問いにボラードは少し驚いた顔をしてから頷いた。
インタヴュー記録 提供者ジョニー-ボラード
さて、何から話すべきかな。そうだなぁ、折角だ。俺が一番華々しかった時の話にしようか。
え、そういうのはいい?まぁまぁ、聞いてくれよ。
俺が生まれた年は愛国党政権が崩壊した時だった。俺にとってもあんたにとっても政党の交代なんかは普通のことだろうが、特に熱心な愛国党支持者だった親父たちには信じられなかったそうだ。今じゃ14もの政党が活動しているっていうのにな。
だがまあ、だからと言って何が変わるわけでもない。官僚機構なんかにゃ大鉈が振るわれたらしいが、それだけだ。学校じゃ国旗に右手を掲げて敬礼をしてたし、オースタスの試合があればみんなで見に行ったさ。結局のところ何かが変わるってさわいでいた連中がいうほどには世の中は変わらなかったってことだな。
あの頃はカナダの方の"再統合"がひと段落したとはいえ、世界情勢が依然として緊迫していた時期だった。アメリカが華々しく月着陸を決めたと思ったら狂ったロシア人は同盟国の極東社会主義共和国を皇帝の爆弾―ああ、大協商じゃ原子爆弾って言ったほうがいいのか―で攻撃してこっちは報復攻撃でペトログラード、モスクワ、エカテリンブルグ、オムスク、トボリスク、チュメニそれからいくつかの都市を化学攻撃した。知っての通りあとに残されたのはただ混沌とした大地だった。さすがの列強諸国といえど、いきなり、ユーラシアの北でにらみ合ってたそれなりの大国がいきなり消滅するとは思っていなかったらしくとにかく大混乱だった。だからかな、親父は家族みんなが入れるぐらいの大きなシェルターを買った。
正直まだ小さかった俺には不気味な場所でな。親父は怖がっている俺に決まって自分の武勇伝を聞かせたもんだ。
まぁ、武勇伝といっても大したことのない話だ。親父はアゾレス諸島で陸軍航空隊の整備兵をしていただけの男だったからな。今考えると朝起きたらいきなり大協商の空爆にあって、そのまま無我夢中で機銃を撃って撃墜してやったなんて嘘もいいとこだ。イベリア戦線ではこちらが終始押してたからな。だが、俺はそんなホラに夢中になって、気が付いたら海軍にはいって水兵になってた。
俺は駆逐艦ジェームス-グリンに配属された。あんたの国に関係する艦名らしいが知ってるか?そうか、知らないか。とにかく、そうして俺ははじめてアメリカの外に出たのさ。
まあ、といっても航海は順調だった。一応任務としては大西洋を渡ってリーフ共和国海軍との演習に参加するためだが、実質的にはただの表敬訪問だったからな。しばらくすると暇になったぐらいだ。だが、そんな日々は長くは続かなかった。
リーフ共和国についてしばらくして、フランス連合との間で小競り合いが起きた。それだけならいつも通りだったが、司令部は支援を行なう様に通達してきた。こうして俺たちは誘導弾で対地攻撃を行なうことになった。目標はセネガルのジガンショール港だった。ジガンショールはさほど重要な場所ではないがセネガルすら安全ではないという警告をパリに与えるためだった。
最初の一撃はまぁ良かった。航空基地にいたフランス人ご自慢のタンデム翼戦闘機を吹き飛ばしてやった。だが、問題はその次だった。故障かフランス人の迎撃用の誘導弾のせいか、とにかく、イギリス領ガンビアを攻撃しちまったんだ。
それから艦内は大騒ぎだった。だが、それに対して上層部の反応は鈍いものだった。あんたも知ってるとは思うが、当時のイギリスは半ば不良債権化していたアフリカ領からの撤退政策に舵を切り始めていた。だからまぁそこまでの"大事"にはならないと思っていたんだろう。
だが、連中はやる気だった。すぐさま大西洋でにらみ合いが始まったし、オーストラリア大陸じゃにらみ合いを続けていた国同士が総動員を開始した。もっとも、アフリカ最大の勢力である南アフリカ連邦は動かず不気味な沈黙を続けていたがな。
正直に言えばな俺は怖くてたまらなかった。もしかすれば俺たちは全面戦争の引き金を引いたんじゃないかって焦ってた。結局はそういうことにはならなかった。だが、それでももしかすれば、俺が今ここに立っている事はなかったんじゃないかって時々そう思うよ。
まぁ、俺の話はここで終わりだ。親父の話とは違ってホラなんかないぞ。全部ほんとだ。え、どこが華々しかった話だったかって?自分の乗ってた艦がもしかしたら歴史を動かしていたかもしれないんだぞ?最高にかっこいいじゃないか。…まぁ、動かさなくてよかったって意見には同意するがな。
インタヴューを終えてしばらくして彼の家に案内されたあと『私』はボラードの話をまとめながら興味深いと思いながらも、一方では所詮は最大でもブースト型核分裂兵器に過ぎないようなものを皇帝の爆弾などと言って恐れている人々に爆弾の皇帝の映像でも見せつけたらどうなるだろう、と悪魔的なことを考えていた。月や火星に人類を送りながらも政治的な動きの結果とはいえ、水素爆弾すら存在しないこの世界は本当に面白いものように感じられた。
その日、『私』は気持ちよく眠りについた。
現実世界からパラレルワールドの現代に迷い込んだだけなので異世界転移タグはなくてもいいはず・・・
ヨーク郡のビグラーズミルは史実ではキャンプピアリー基地となって消滅した黒人コミュニティです。このコミュニティが消滅せず、かつ白人ばかりというところに異世界感(パラレルワールド感)を感じていただければ幸いです。
質問等があればお気軽にどうぞ。