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こんな出逢いは求めてない

ゴトゴト…

タマルが運転する竜車は、緩やかに、それでも確実にモル村までの道を進んでいる。

「シャルクレさんとの約束とはいえ…この人ホント大丈夫なのかな…」

ブツブツ呟くタマルの視線の先は竜車の荷台。その中には、売れ残ったサルアーリと、食べられないゴミが入っていた。そう、カイシンである。

「シャルクレさんたちか来るまでの護衛のはずなのに、ずっとゴロゴロして…何かあっても守ってくれんのかよ、ったく…」


シャルクレたちとの別れ際―

「カイシンさんよ、俺達のオーナー様をヨロシク頼んだぜ!10日経つ頃にゃ合流できるからよ!!」

「あんまそーゆーこと言うなよ、フラグが立つぞ、フラグが」

「ふら?げ?なんだそりゃ?まぁ何でもいいか。タマルさん、カイシンさんよ…」

「?!」

シャルクレとヨリメルが頭を下げる。

「何のまねだよ?」

「ケジメだ。金盜ろうとしたり、傷つけるよーなことしてすまなかった」

「いいっすよ、もう!ね、カイシンさん!」

「あぁ、そーだな。これからはやたら滅多に犯罪犯したり勝負しかけたりすんなよ」

「へっ、分かったよ。…それと、ありがとよ。お前さんらに会えて良かったぜ」

「やめろって!それフラグだから!!」

「何なんすかソレ!わけ分からんないことで騒がないで下さいよ!」

「いや、別れ際のそーゆーのは危ねーんだよ!後で絶対良くねーことになるんだよ!」

「そーゆーのって何すか?!」

「なんつーのか、説明が難しいんだけどよ、後で再会するっつってんのに何か最後になるみてーな…」

「不吉なこと言わんで下さいよ!」

「ははっ、存外心配性なんだな!でーじょぶさ、俺達はそんじょそこらの奴らにゃ遅れを取らねぇ」

「そ、そうなんだな、俺達は強いんだな!」

「だからそーゆーこと言うなってーの!」

「分かった分かった!じゃあな、二人共。また逢う日まで!」

「はいっす!」


そんな一時の別れを思い出し、さらにタマルは溜息を吐く。

シャルクレやヨリメルと別れた後、とある目的のためモル村への道を進んでいたのだが…

旅の相棒となった男は、竜車の操縦を代わってくれることはなく、荷台から出ることはなかった。挙句の果てに、荷台からタバコの臭いが漂ってくることすらあり、タマルはイライラしていたのだった。

休憩の時だってご飯までたかってきて、その準備すら手伝おうとはしなかった。

どちらかと言えば、タマルはその身をカイシンに預けているようなもののはずなのだが、1日半の間一緒にいるだけで、タマルとすれば役立たずを預けられたような感覚にすらなっていた。

「くそぉ、あったまきた!タマロンちゃん、全力疾走するっす!」

「キュウゥン!!」

タマルに従順なタマロンこと移動特化型竜種のタマロンは、それまでの穏やかな歩みから全力疾走にシフトチェンジした。

「ぉわ!な、何だよ急に!!」

「寝てるとエライ目に遭うっすよ!!」

「こ、こら!あ、危な!や、やめ…!」

タマロンの全力疾走に荷台はひっくり返すような大揺れに見舞われ、カイシンは酔いと全身打撲に見舞われることになった。


そして数時間後―

竜車は木材で構成された壁に囲まれた村に辿り着いた。そこはモル村。ジュルラークと結ばれた街道にある宿場村である。ジュルラークに向かう旅人や商人たちが立ち寄るモル村は、規模は小さいながらもそれなりに利用者が多く、それなりに潤っている村である。

しかも、第二首都のジュルラークが近いこともあって緊急時には兵士がすぐに派遣されるため治安が良い。

そのため、お粗末な壁であっても、門番が退役したお年寄りであっても、特に問題はなかったのだ。

「んぉ?あんたは確か…よくサルアーリ運んでくるワーカーのタマルだったっけかな?」

白髪だらけの犬人族が竜車を見つけて声を掛けるが、座った椅子から立ち上がる素振りはない。

身に付けている甲冑は所々凹んでいたりするがキレイに磨かれており、大事にされていることは分かる。

「はい、そうっす!!ジュルラークに向かう途中なんすけど、モル村でもサルアーリが欲しい人がいれば売っておこうかと思って寄らせてもらうっす!」

「あぁそうかい。ありゃ酸っぱ過ぎてなかなか好かないがねぇ…ん?荷台に誰か乗ってんのか?タバコ臭いぞ?」

「あぁ、はい、そうなんす。Dランクの人が一応護衛的な?感じで乗ってるっす」

「ぅおい!的なとは何だ!護衛だろが!大体おめーは荷台に人が乗ってるっつーのに、あんなスピード出しやがって!後ろがどんなことになるか分かって…うぶっ、気持ち悪…」

「何だい、ガラ悪いやっちゃなぁ…ん?あれ?落星じゃないか。あんた珍しいな護衛なんて」

顔を荷台から出したカイシンの顔を見て門番が訝しげにする。

「あれ、お知り合いなんすか?」

「知り合いってほどではないがな。長い事門番なんて仕事してりゃあ、ここを繰り返し通る奴とは顔見知りになるわい。特にその落星さんは、街道パトロールばっかやってるからな」

「落星なんて呼ぶのもう爺くれーだぞ。毎回言ってっけど、爺なんだからとっとと引退したらどーだよ?」

「はっ!曾孫がいっつも土産をせがむでな。曾孫にゃ貢物やらにゃ懐いてもらえん。まだまだ稼がにゃあならんのだ」

「へっそーかい、そんじゃまだまだ引退できねーわな。無理して腰いわさんよーにな!」

「若造が何を言うか!あんた相手だってまだまだ負けんぞい!…よっこいせっと」

すっくと立ち上がったつもりだが、槍に寄り掛かって立ち上がる姿はとても戦うことはできそうにない。

「あぁいーよ立たなくて!分かったから!ったく頑固爺」

「分かれば良い。んじゃあさっさと通れ。そして微力でもいーから国の為に働け」

「へいへーい」

「タマルさんよ、あんたはこ奴に染まらんようにしっかりと働くようにな」

「大丈夫っす、一時的に組んでるだけっすから!」

「おい、否定しろ!」

「ほれ、遊んどらんで行った行った!わしゃ忙しいんじゃ!」

「分ーったよ、じゃあな爺」

「そ、それじゃまた!」

門が爺によって開かれるかと思いきや、門番は元の椅子に座り直しただけだった。

タマルは自分で木の門を開け、村内に竜車を進めた。

門を閉めたのも勿論タマルだった。

「門の開け閉めくらい手伝って下さいよもう!」

「そいつぁ俺の仕事じゃね〜よ」

「言うだけ無駄っすね全く…ところで、あの門番さん、長いんすか?」

「俺がワーカーになった時には既に門番だったな。…ったく、兵隊やってボロボロになるまでこの国を守ってきただろーに。引退したならもっと楽な仕事やりゃあいーのによ」

「そうすね~。でもイキイキしてますよね!」

「そーだな、守る仕事が好きなんだろな…んで?この村には何しに来たんだよ?」

「モル村の宿屋がその荷台に積んでるサルアーリを買ってくれることがあるんすよ」

荷台には果実が入った箱が重ねられている。

「…これ、美味いのか?」

「うーん、正直なところ好き嫌いがハッキリ分かれるとこっすね。俺は嫌いじゃないんすけど、万人受けはしないんすよね〜。そんなわけで、ジュルラークでは到底売り切れないと予想して、少しでもここで売り数を増やしておこうかと」

「ふーん、なるほどねー」

「…興味ないならそう言って下さいよ」

「興味ねーなんて言ってねーだろ。俺だって前世じゃ商売人みてーなもんだったんだ。お前ぇがどんな商売すんのか、商売人の先輩としてお手並み拝見させてもらうぜ」

「何すかそれ、偉そうに…」

村は大通りに面して左右に店が建ち並び、その背後に住居が並んでいる造りだ。建ち並ぶ店のなかでも一際大きな建物の前でタマルは竜車を停めた。

「なんだ、営業先って【ユユノ】だったのかよ」

「あぁ、カイさん泊まったことありました?」

「何回かあったな。【ゆっくりゆったりの〜んびり】なんてハイセンスな名前の宿、どんなもんか試してみたら存外良いトコなんだもんな〜。懐に余裕ありゃ常宿にしてぇくれーだよ」

「そっすよね~。料理は美味しいし、部屋は清潔感あるし、浴場もあって厩舎まで完備してるんすからね!俺も商人としてレベルアップして、こんな所に気兼ねなく泊まれるようになるっす!!」

目を輝かせるタマルをカイシンは眩しげに見る。

「だったらまずは荷台の品さばかねーとな。千里の道も一歩から。世界一の商人への道も一人一人の信頼からだ!」

「いや、世界一なんて目指してないんすけど」

「バカヤロー、男子ならそんぐれービッグな夢にしとけよ!夢は大きく、目標は現実的に、ってやつだ」

「ふふっ、何なんすかそれ?」

「いーから、ほれ、ビッグへの道のりを一歩進めてこいよ、営業行ってこい。留守番しててやるからよ」

「了解っす。っよし!行って来るっす!!」

気合いを入れたタマルが宿へ入って行った。

「お前の相棒、うまくいくといーな」

「キュウゥン!」

カイシンが話し掛けながらタマロンの頭を撫でると返事をするように鳴いた。

ロンロリアルは知能が高い竜種と言われているが、言葉を完全に理解しているわけではないというのが通説である。しかし、タマルとタマロンの睦まじいコミュニケーションを見ていると言葉を超えたもので通じ合っているように見えたし、カイシンの言わんとしていることが通じているように思えてしまう。

「さーて、荷台で一服するか…」

「ぉおん?おい、このボロ竜車ってあのヘナチョコタマルの竜車じゃねーか?」

カイシンが荷台に入った直後に外から汚い声色が聞こえてきた。

「多分そうでげすよ!ほら、ロンロリアルがいるんでげすもん!」

「っかぁあぁ〜あいつめ、俺のシマでまた勝手なことしやがって〜!よし、お前ら!」

「へい!竜車を壊すんでげすね!?それとも竜を連れてってまいますか?!」

「そんなことしたら捕まるだろ!まだ人目が多いんだぞ!!」

「じゃあどーするんで?」

「決まってんだろ!荷台に野グソ入れてやるんだよ!」

「いや、それも捕まるってーの。ガキみてーなことすんじゃねーよ」

黙っているかどうするか悩んでいると、あまりにもアホな内容に思わずツッコミを入れながらカイシンが荷台から降り立った。

「な、なんだお前!」「今の話聞いてたのか!?」「お前ヘナチョコの護衛か!?」「なんだお前は!」

「あ…想定より多い…」

2人ならハッタリかまして誤魔化せると思いきや、実際は4人だった。

カイシンの表情の変化を察知したネズミ男は相手が大した実力者ではないと判断した。

「おぅおぅ、なんだお前は!何見てんだよコラァ!」

「何見てるって、そりゃあ自分が乗ってる竜車にクソかけるとか言ってる奴いたら、確認するに決まってんだろーが」

「うっ…いやいや!イチャモンつけてんのかコラァ!」

「イチャモン、ねぇ。おい、そこの隣のアンタもそいつがクソ入れるって聞いてたよな?言われてちょっと嫌な顔してたあんた」

「えぇ!?俺?!」

カイシンに指摘されたタヌキ獣人は慌ててしまう。カイシンは荷台で聞いていただけなのだが、タヌキ獣人はそのことに気付いていなかった。

「いくら嫌がらせったって、クソ触りたくねーもんな」

「まぁ、そりゃ…そうだ」

「おい!何認めてんだよ!?」

「あ…」

「はい、自白頂きましたー。内守呼ばれねーうちに消えた方が良いんじゃねーの?」

少し話しただけで相手がアホなことに目ざとく気付いたカイシンは自分のペースに持っていくことに成功した。なお、内守とは、街等の内部の治安維持を任された国の兵士のことである。

「く、くそ…覚えてやがれ!行くぞ!」

まんまとカイシンのペースにハマった一行は、お決まりの台詞を吐いて逃げて行った。

「あの台詞を頂けるとは…異世界生活10年、一つの目標を達成したような気持ちだな。さて、一服一服っと」

ちょっとした満足感を得ながら荷台に寄りかかって一服つけていると、タマルが戻って来た。

「お、どーだったよ?」

「半箱は買い取ってもらえることになったっすけど、なんと!他にも買いたいって人の情報が入ったんす!!」

「へぇ、良かったじゃねーか」

「はい!なので、ちょっと今日は奮発してここユユノに泊まっちゃうっす!」

「お、いーねー!よ!シャチョサン!太っ腹!!」

「あ、カイさんの分は半分は自分で払ってもらいますよ」

「はぁ?なんだよもぅ、俺の太鼓持ち返せよ」

「半分出してあげるだけでも感謝してもらいたいもんですがねぇ?それとも全額払うか別の宿か野宿してもらって構わないんすが?」

「ありがとーございまーす!お言葉に甘えさせて頂きまーす」

「切り替え早!…まぁいいすけど。俺はサルアーリを欲してるお客さんの所回って戻りますんで、カイさんは先に休んでて下さいっす!」

「お、いーのか?」

「大丈夫っす!なるだけ売って戻りますんで!!」

「…分かった。先に休んでるぜ。あーそれと、荷台にクソ投げこもうとするアホがいるから気を付けろよ」

「なんすかその頭悪そーなの!?行ってくるっす!」

やる気スイッチが入ったタマルを見届け、カイシンは宿に入った。

ユユノは昇星時代に利用したっきりだったため泊まるのは久し振りのことであったが、内装に変わりはなかった。一階に食堂と宿泊客の受付兼食堂のレジカウンター、二階と三階に宿泊部屋。離れに厩舎と浴場があったはずだった。

厩舎と浴場が付いてる宿は料金がやや高めの宿なので、ソロになって安い依頼しか受けてなかったカイシンが泊まるには高過ぎた。

受付は猿人族の女性がしてくれた。タマルが話していたようで、すんなりと受付は終わり、二階のツインの部屋を案内された。質素だが掃除が行き届いた清潔感のある部屋だ。

「はぁ…どっこいせっと…」

装備品を外しベッドに寝転がると、今日のことを振り返る。昇星解散後、当り障りのない毎日を過ごしてきたカイシンにとって、久々にヒリヒリした緊張感のあった時間を過ごし、かなり疲れていたのだ。

(…しかしタマルの野郎、とんでもねぇ荒い運転しやがって…あ…思い出したらまた…うぷっ)

タマロンの全力疾走を思い出し、吐き気を堪えているうちに意識を手放した。


人の気配を感じ、うっすら目を開けるが、そこはユユノの部屋に変わりなかった。

「はぁ…夢じゃねーよな」

「夢?何の事っすか?」

人の気配は机に座ったタマルだった。

「この世界に来たのが夢で、起きたら元の世界に戻ってねーかなぁってよ」

「カイさん、転生して十年経ってるんすよね?まだそんなこと言ってんすか?っていうか、俺はまだカイさんが転生者だって信じてるわけじゃないんすけど」

「信じる、信じないはあなた次第!ってわけじゃねーけど、どっちでもいーよ。俺だって人からんな話聞いたら、コイツやべぇ奴だなって思うしよ」

「…帰ろうとは思わないんすか?」

「思ってたよ。でもどーしよーもねーだろ?どーやって来たのかも分かんねーんだからよ」

「調べたりはしたんすか?」

「んん~あんまし。人に聞いたりはしたけどよ、アホを見る目で見られるだけだったからな」

「それじゃ諦めたんです?」

「諦めるも何も、食ってかねーとならんだろ?んで、食ってくためには働かねーとならんだろ?働いて食って寝てを繰り返してたら十年過ぎてたよ」

「人生のダイジェスト早!」

十年は長いが、それでもタマルはカイシンから戻りたいという意思が感じられなかった。

「待ってる人とか心配してる人はいないんですか?」

「いねーよ。前のモノローグで分かっただろうけど、俺には家族がいなかったしよ。それに…」

「それに?」

「いや、何でもねー。で、商談はどうだったんだよ?」

いつもとは違う雰囲気をカイシンから感じたタマルだったが、話を切り替えられ、それ以上カイシンのことは聞けなかった。

「あ、はい、それがですね。道具屋さんがサルアーリを買いたいって聞いたんで大口ゲットだと思って喜んでたんすけど、お店に出すわけじゃなくてですね、道具屋の奥さんが個人的に気に入ってただけだったんす。なんで、十個くらいは買ってもらえただけでしたね…」

「なぁんだよ、残念だったな。まぁでも口コミで広がるかもしれねーからな」

「そうなんす!道具屋の奥さんから奥さんのお友達に口コミが広がっていけば、サルアーリの需要が増えるんす!そこに期待して口コミお願いしてきたっす!!」

「へっ、商魂逞しいこって」

期待を下回る結果だったのにも関わらずタマルはポジティブだった。

「そーいや結構時間過ぎてたんだな」

窓の外は夕ずんでいる。

「そーすね。俺が部屋に入っても全然起きる気配がなかったんで、今日のことをメモしてたっす」

「メモ?」

「はい、自分の商売に関する備忘録みたいなもんすかね〜。忘れないように見聞きしたことをまとめてるんす!」

パタンと閉じたノートには【タマルの㊙報告】などと題されていた。

「へぇ、そいつぁ感心感心。いつかそいつに救われることがあるかもしれねぇからな、ってお前戻ってきてから結構時間過ぎてた?」

「俺が部屋に入って30ミニッツくらい経ったくらいすかね」

「…結構寝ちまってたんだな」

「はい、熟睡してたんで起こすのも悪いと思いまして。それに結構話し込んじゃいましたね。そろそろ今日は業務終了としますか!浴場とご飯どっち先にします?」

「飯だ飯!そんで軽く飲もうぜ。あ、タマル、お前まだ未成年か」

「失礼な!俺は18ですから飲めますよ!」

「え?14くらいかと思ってたぜ…元の世界だったらアウトだけど、ここなら合法だもんな」

ちなみに、この世界では15歳になると大人としての扱いが始まるようになる。飲酒を規制する法律はないが、やはり15歳未満の未成年に飲ませると周囲からの視線が厳しいものとなるのだ。

「食べたり飲んだりするのはいいすけど、割り勘すよ」

「わーってるよ。年下に奢らせるほど腐ってねーよ」

「じゃあ宿代も…」

「ぃよーし、じゃあ下に行ってみよ!」

「こ、この人は…」


部屋を出ると、一階が賑わっていることが分かった。

丁度夕方くらいなので、食堂が最も混む時間帯だ。

カイシンとタマルが何を食べるのか話しながら一階に降りると、食堂は7割の席が埋まっていた。

「そういや、近いうちにジュルラークに王女の視察が入るらしく、この村もいつもよりは警戒を強めるみたいっすよ」

「ふーん、そーなのねー。何食おうっかな〜」

雑談しながら空いている席を探していると、中央の位置から汚い声色が聞こえてきた。

「な、お姉さん!俺たちに任せなよ〜!」

そこには見覚えのあるネズミ男とタヌキ獣人族らのグループが一人の女性を囲んでいた。

「あ、アイツら」

「え?カイさんお知り合いなんすか!?」

「いや、知らねーけど、さっき荷台にクソを投げ入れよーとしていた勇気あるバカモノたちだ」

「あ〜なるほどですね〜あの人たちっすか…」

「ん?知り合いか?」

「知り合いといいますか、俺が目を付けられてまして…」

「そりゃ何で?」

「サルアーリの仕事って元々あの人たちが請けてたんす。売れなくても手間賃だけは懐に入りますから、そういう運搬依頼をたくさん請けて運ぶだけってことを繰り返してたみたいなんす。でも、俺が試しに請けてみたら、販売数は少なくても実際に売れたんで、依頼主が俺を指名してくれるようになってですね」

「そんでお前を逆恨みしてるってとこか。…くっだらねーな」

「小さい嫌がらせとか嫌味言ってくるんで参ってるんす。それに一応先輩ですし」

「サボってた連中が仕事あぶれて、真っ当に仕事したお前が正当な評価されただけじゃねーか。お前は堂々としてろよ」

「ま、まぁそうなんすけど…おサボり常習のカイさんがそう言っても説得力に欠けますね」

「おいこら、一緒にすんじゃねーよ!俺は真面目に働く勤勉者に妬みこそ抱いても邪魔なんざぁしたことねーぞ」

「妬みはあるんすね…」

「おやおやおやおやおや、これはこれはタマルさんじゃないですか!!」

「げぇ…」

めざとくタマルを見付けたネズミ男が、あえて大きな声でタマルに話し掛けた。

「タマルさん、まぁ~た俺のシマで俺から仕事を横取りするおつもりなんですかぃ〜?」

「い、いや…よ、横取りなんて…」

「後から来て人の仕事掻っ払うなんて…よ!この仕事泥棒!!」「そーだそーだ!」「泥棒だ!」

仲間がウザい合いの手を入れてくる。

「泥棒だなんて…俺は…」

「全く、躾のなってない後輩はこれだから困っちまうよな〜。うん、よし!盗んだ仕事の報酬、くれよ。それなら許してやるよ」

「え?い、いや…そんな…」

「いや、お前はバカなの?」

黙っているつもりであったが、あまりにタマルが何も言い返さないため、カイシンが割って入った。

「あ、て、てめーは!」

「文句なら依頼主かハーイワークに言えよ。こいつは与えられた仕事をキッチリやって認められただけなんだぜ。悔しいんだったらこいつ以上の成果出してみろってんだ」

「な、何をぅ!」

「おい、タマル。お前も黙ってねーで言い返してやれよ!ホントはコイツらに言ってやりてーことがあんだろが」

「い、いえ、俺は…」

「お前の商い魂、ぶつけてやれよ。…でーじょぶだ、コイツら雑魚だし、なんかあったらすぐに内守呼んでくっからよ」

「で、でも…お、俺は…」

「ここで言っておかねーと後悔すんぞ」

「…は、はいっす、分かりました…」

タマルは深呼吸すると、その思いをぶちまけた。

「そ、それでは言わせてもらいます…と…ま、まず!まず最初なんすけど…あんた先輩面してますけど、ワーカーの資格取ったの午前と午後の差しかないんすよ!一応立ててますけど、ほぼほぼ同期ですからね!?それから、会うたびに嫌味とか小さい嫌がらせするの止めてもらえませんか?捕まらない範疇でやってるんでしょうけど、毎度ショボ過ぎてイライラするんですよ!それと何でしたっけ?俺が仕事を取った?盗んだ?えぇ、そーですね!テキトーなことしかしないあんたらから仕事を奪ってやりましたよ!!モノを街から街へ運ぶだけで日銭稼ごうとしてるあんたらからね!あんたらみたいのがのさばってるから、商人系ワーカーが舐められるんですよ!いっそのこと、運搬ワーカーに鞍替えして下さいよ!!運搬ワーカーだって立派な仕事なんすから!商人ヅラして商いしないなら辞めてもらいたいもんですよ!!こちとら徹底した経費削減、懇切丁寧な接客営業、最速最大限の運搬!マーケティング!経理!全部やってんだ!護衛費削減して強盗に遭ってんだこっちはぁ!!それでもな!お客さんに喜んで欲しくて、少しでも村の発展に役立ちたいと思って、それでもってこっちが儲けるように頭使って命張ってんだぁ!商いナメんなよ!!」

堰を切ったようなタマルの独白に一同は呆気にとられる。

「はぁはぁ………」

「ふっ…」

そんなタマルを見て、カイシンが震えるタマルの肩に手を置く。

「おし、よく言ったぜ、タマル。だそーだぜ。勉強になったかお前ら、精進せぇ精進を!あと、お前!」

「あ、お、俺?」

まだ呆けたままのネズミ男をカイシンが指差す。

「そーだよ、お前だよ、人の竜車にクソ投げ込もうとしてたあんた!口臭ぇから、よく歯を磨きなさい」

「…な?!」

慌てて自分で口を塞いでしまい、口臭の臭さを認めてしまった形になり、ネズミ男は顔を真っ赤に染めた。

「お、お前ら行くぞ!お、覚えてやがれぁ!」

「お!本日2回目頂きましたー」

ネズミ男たちが退散すると、席には女が一人取り残された。

「あわわわわ…言ってしまった…」

「スッキリしたかよ?」

「…いえ…なんなら言い足りないくらいっす!」

「へっ、言うじゃねーか」

「へへへ…ちょっと震えてるっすけど…」

「童貞が頑張ったぜ。まぁなんだ、スッキリするためにもとりあえず飲もうぜ」

「は、はいっす…ってぅうおぉい!誰が童貞だ!?」

「お、ツッコミ戻ったな〜」

「訂正だぁあ!訂正を求めるぅう!!」

「そんなに必死になると童貞丸出しだぞ」

「童貞言うなあぁ!」

「ちょっとぉ〜良いかしらぁ〜??」

「「はい?」」

ネズミ男たちの席に取り残された女から話し掛けられた。



話し掛けてきた女は一見地味な格好をしているものの、くっきりとした目鼻立ちに金髪のロングヘアーで目立つ美人だった。

(おっ、すんげー美人!こりゃ少しでもお近付きに……!?)

カイシンもその見た目に一瞬色めき立つが、女の目を見た瞬間、背筋に悪寒が走った。

それは美しさによるものではない。本能的に感じた恐怖感と忌避感、そして悍ましさからくるものであった。

「え?え?俺達のことっすか?」

「えぇ、そうよ〜あなたたち。ちょっとオネエサンのお話聞いてくれないかしら〜」

「は、はいっす!是非に!是が非でもー!」

完全に目がハートになったタマルが即答するが、カイシンは何も言わず、動かないままだった。

いや、動けなかった、と言う方が正しかった。

「一体全体俺達に何の用…ってカイさん?何ボーっとしてるんすか?ははぁ、さては御姉様に見とれて…」

「て…てめー…ナニモノだよ…?」

辛うじて喉の奥でそう言うのが精一杯だった。

「あらあら〜、緊張しちゃってるのね〜。ダイジョウブよ〜?イ、マ、は何もシナイからね!」

女はニコニコしているが、目の奥のナニかにカイシンは戦慄し、口がカラカラになっていた。

「ほぉら〜、座ったら?これじゃあお話できないわよ〜」

「イエッサー!ほら、カイさんも座ってくださいっす!!御姉様が困ってますよ!」

「そぉよ〜ほらほらぁ〜」

語尾を伸ばす口調を聞くたびに鳥肌が立ったが、今のところ危害を加える意思がないことを感じ、カイシンは渋々従うことにした。

「…クソ、上等だよ、座ったらぁ」

「はぁ〜い、よくできました。言う事を聞いてくれる男の人ってだ〜いすき〜!」

「あざーっす!」

カイシンは座りながらも、女の全身を凝視し、身体を強張らせ、タマルの視線は女の胸部に固定されていた。

「じゃあ〜、まずは自己紹介からね〜♪私はエルザ。オザックから来たの〜、よ、ろ、し、く、ね〜」

「お、俺はタマルっていいます!商人ワーカーっす!!サルアーリっていう果物の運搬と販売でこのモル村に寄って、ジュルラークに向かうんす!」

「バッ、バカヤロー、おめー全部言ってんじゃねーよ!お前の個人情報丸裸だよ!」

「フフッ、正直な男の人って素敵よ〜!お姉さん、タマル君と気が合いそうね〜」

「は、はい!合います!合わせます!好きっす!」

「ありがとう〜♪」

「お前って奴は…」

何でも答えてしまったあげくに告白し、さらりと躱されたことに気付いてないタマルにカイシンは頭を抱えた。

「それで〜?そちらのお兄さんは〜?」

「…教えたくねー」

「あらあら」

「ちょ、ちょっと、カイさん!!」

「俺の名前なんざどーでもいーだろ?さっさと用件言えよ」

「なんすかカイさん!態度悪いっすよ!あれっすか!?好きな女子に態度悪くしちゃう…」

「中坊か俺は!?そんなんじゃねーけど、この女には教えたくねーんだよ。ただそれだけだ」

「ふーん、お兄さんはお姉さんが怖いのね〜。嫌われてるのは残念だけど…ふふっ、鋭い男は女に嫌われるわよ?」

「…さっさと用件言え」

エルザの間延びした口調の中で一瞬だけ抉るような目付きにカイシンは心を刔られたような感覚を覚えるが、辛うじて耐えた。

「んもぅ、つれないのね〜。まぁいいわぁ〜。お話が進まないものね〜。実は、お願いがあって〜。そのお願いっていうのは〜、私を〜ジュルラークに連れてって欲しいの〜」

「え?ジュルラークに?俺達がっすか?」

「えぇ、そうよ〜」

「それなら乗合馬車に乗れば良いんじゃないすか?」

「乗合って遅いじゃな〜い〜?タマル君はロンロリアル使ってるんでしょお?荷台も付いてるし〜、最高じゃない!それにさっきの魂の叫びもカッコ良かったわ〜!そういう人なら安心してこのオネエサンのカ、ラ、ダを預けたいって思ったの〜!!勿論、報酬は期待して良いわ〜。サービスしちゃうから〜!」

目ざとく女は腕を組んで胸を強調する。

「お、おぉおぅ!お、おぱーいが!!(カッコ良かったなんてそんな…)」

「おい、タマル。本音と建前が逆になってんぞ」

「な、何ぃい!?」

「フフ、正直な男子は嫌いじゃないわよ〜?」

「ぁああぁあ!凝視してす、すんませんです!そ、それと…」

「それと〜?」

「そのお願いは、すんません、受けられないっす」

「ん?」

「え〜!?ど〜してかしら?」

流れからしてタマルがエルザの願いを聞き入れるかと思いきや、タマルはきっぱり断った。

「受けられないというのは、現時点でってことで、ハーイワークを通してもらえれば受けることは可能ってことっす」

「…それはどうしてかしら?」

「俺はハーイワークに登録されている商人ワーカーです。俺の仕事はハーイワークを通して請けることになってまして、個人的に仕事を請けるのことは違反行為と見なされるんす」

「報酬を弾むと言っても?」

「はい、報酬次第ってわけじゃないんす。俺はルールに従って正々堂々と儲けたいんす!」

「…へぇ~頑固なのね〜。ちょっと意外だったわ〜。うふっ、何だかオネエサン、もっと食い下がってタマル君困らせたくなっちゃうわ〜」

「す、すみませんです!で、でも、ハーイワークに依頼を出してもられば請けられるんすけど」

「それはちょっと、ね〜。オネエサンにも男には言えないヒミツがあるのよ〜」

「ハーイワークに依頼出せないなんざ、やましいことがあるって言ってるのと同じじゃねーか。それとも、ハーイワークに存在を知られたくない、か?」

「お兄さん、少し黙っててくれる?私はタマル君とお話してるのよ〜?部外者は口を閉じてて〜?」

「俺はコイツの護衛中でな。まぁ俺もハーイワークから請けたわけじゃねーから正式な依頼ってわけじゃあねーが、頑固なコイツが認める護衛なもんでよ、部外者ってやつじゃねーんだよ」

「…へぇ、強そうには見えないけど」

「守るのに必要なのは強さだけじゃねーんだよ」

「そうかしら?そういえば、お兄さんのランクは?」

「…Dだよ」

「…ふふっ、そんな感じね」

「あわわわわわ…」

カイシンとエルザの間に不穏な空気が流れ、その間のタマルは挟まれてしまった。

と、その時。


「あ!コノヤローやっぱり俺の客を横取りしようとしてやがんな!」「汚ぇぞ!」「セコいぞ!」「ズルいぞ!」

食堂にネズミ男の一味が戻ってきた。しかも今度は、巨漢の熊獣人を連れている。

「おいロイド、このガキか?」

「そ、そうでがんす!そのガキとやる気なさそうな護衛が俺たちの仕事を横取りする奴らでがんす!」

どうやら、仕返しのために強い知り合いを連れて来たようだが、下手に出過ぎて口調が変わってしまっている。

「何なのあいつ?マンガ?マンガなの?マンガの雑魚キャラよろしく絶対仕返しうまくいかねーぞ」

「何だとコラァ!そーゆーこと言うんじゃねーよ!こっちは頑張って強い人連れて来たんだぞ!高い金払うハメになるし、女も紹介しなきゃいけねぇんだぞ!」

「ショボい…ショボ過ぎるよコイツ」

「聞いてる方が情けない気持ちになるっすね…」

ネズミ男の悲しい独白に呆れていると、熊毛獣人の目にエルザが留まった。

「おい、ここにキレイなチャンネーがいるじゃねえかよ?この女だ!この女を寄越せ!」

「あ、い、いや、この女の依頼を請けたいって話なんですよ」

「あぁ?丁度いいだろ?荷台でこのチャンネーとヤッてる間にジュルラークに着くだろうよ!ぐぁっははつ!」

「い、いや、まぁ、依頼主本人がそれで良いなら…」

乱入してきた形であったが、カイシンとすれば人身御供が自らやってきたような感覚になった。

「おい、良かったじゃねーか。引き受けてくれる頼もしい連中が現れたぜ?」

「ちょっと〜!私、相手が誰でも良いなんてふしだらな女じゃないのよ〜」

「そうっすよカイさん!さすがにこの人たちは…」

「お姉さん、そういうわけだから、コイツラじゃなくて俺等に…」

ネズミ男のロイドがエルザに話しかけながらエルザの肩に手を掛けた瞬間、

「ドブ臭い手で触んじゃねーよ」

という台詞とともにエルザから途轍もない殺気が放たれた。

「あ、や〜だ〜!言い方間違えちゃった!テヘ♪」

殺気は一瞬のものだったが、周囲の者たちを凍て付かせるには十分だった。

しかし、途方もなく鈍感な者はどこにでもいるもので、熊獣人はその一人であった。

「四の五の言ってねーでよ、チャンネーは黙って股開いてりゃいいんだよ!俺が天国に連れてってやるぜえ。あ、連れてくのはジュルラークだったっけな?ぐぁっはっは!」

エルザの後ろに移動しながら一人でウケていた熊獣人はおもむろにエルザの胸を揉み始めた。

「おぉっ!こいつぁ良い弾力…けひゃ」

揉み心地を味わっていた熊獣人がおかしな声を出すと同時に首筋から血飛沫が舞った。

「へぁ?な、何…?」

慌てて首筋を押さえるが、勢い良く吹き上がる血飛沫は止まる気配がなかった。

「触ってんじゃねーよゴミクズ」

いつの間にか立っていたエルザの手には、食堂で出される小さなナイフが握られていた。

「「「「「「え?」」」」」」

「へ?」

「死ね」

エルザの手元が動いた瞬間、次々に熊獣人が切り刻まれていった。

「へぶぁ!や、やめ…てゃ!っつ!くぁ!」

あまりの早さにエルザが何をしているのか理解が及ばないが、熊獣人が次第に肉の塊になっていくことは見てて分かった。

誰もがその異様で残酷な光景に、何をすることも出来ず、熊獣人は倒れることも適わず、ボトボトと肉が床に落ちていった。

時間にして僅か数秒間、熊獣人はバラバラに床に転がった。

「ガタイが良いだけあって、斬り応えもまぁまぁだったかしら?」

「きゃあぁあああぁ!」

「ち、血だぁー!」

「人殺しだー!」

「うわぁあ!」

異変に気が付いた客たちが一斉に騒ぎ出すが、エルザの規格外な殺傷能力を目の当たりにしたカイシンたちは動けなかった。

「…はぁ…やっちゃったわ〜。目立ちたくなかったのに〜!私は悪くないわよね〜?女の子に乱暴するこのクズがいけないのよね〜?」

コクコクコク!

めちょめちょと嫌な音を立てながら肉片となった熊獣人を踏みつけるエルザに同意を求められた一同は、ヘッドバンギングよろしく頭を縦に振るしかなかった。

「そうよね〜!仕方なかったもの〜」

同意を得られたエルザは微笑むが、返り血をどっぷり浴びて微笑むその姿は美しくも狂喜を感じさせるには十分だった。

「はぁあ…もうオシゴトは台無しね~。せっかく楽しみにしてたのにな〜。仕方ないわ〜、ここで我慢するしかないわねぇ~。どれだけ愉しませてくれるのかしら?」

値踏みする目で残ったカイシンとタマル、ロイド一行を見るが、すぐに残念な顔になる。

「…期待できそうにないわね」

「だったら行かせてくれてやっても良いんじゃねーか?」

「だめよ〜。ちょっと昂ってきちゃったもの。熊一匹片付けたくらいじゃ満足できないわ〜。もっと血を浴びないとね〜。…もしくは、満たしてくれる人がこの中にいれば良いけど、期待は薄いし〜。皆の血を浴びれば少しは満足できると思うの〜。ごめんね〜!」

「ば、バケモノー!っいて!?あれ?何だ?出れない?!見えない壁が…!何だこりゃあ!」

エルザの狂気にビビってユユノから出ようとしたロイドだったが、何かに阻まれて出ることができなかった。

「うふふ…ごめんね〜逃げられると淋しくなっちゃうから〜」

「エリア隔離魔術かよ?!」

「なんすかそれ?!」

「高レベルの魔獣とかが相手の逃亡を阻止するために使う魔術で、対象を一定の範囲に閉じ込めるらしいが、人間で使う奴なんざ聞いたことねぇ…ナイフででけぇ熊獣人を細切れにしたり高等魔術使ったり、コイツはかなりヤバイ奴だぞ…」

「あら、Dランクのくせによく知ってるわね~。さぁて!逃げられないことは理解できたみたいだし〜、誰から遊んでもらおうかな〜」

冷や汗を流すカイシンのことは構わず、エルザはにこやかな表情とは裏腹に獰猛な目を向ける。

恐らく効果はないのに、一同はエルザと目が合わないように視線を背けた。

「まずは〜、汚い手で私に触れたネズミ野郎かしらね〜」

「お、俺ぇえ?!や、やめ、かんべんして…」

「ちょ、ちょい待ち!!」

「ば、バカ!タマル!!」

指名直後に動き出したエルザであったが、タマルがロイドを庇い、さらにそのタマルをカイシンが押して庇った。

そのため、腕を抉られたのはカイシンであった。

「あらあらあら〜?オネエサン想定外〜」

「っかぁっ!ってぇ…」

「か、カイさん!?」

「あわわ…」

想定外のことにエルザの手元が狂ったのか、幸いにも出血多量というほどの出血ではなかった。

「タマルくんは〜、このクズゴミ嫌いなんじゃなかったの〜?どうして庇うのかしら〜??」

「そ、それは…き、嫌いもキライ、死ねばいいのにって何回思ったか分からないくらいっすよ。でも、実際に、ホントに死んで欲しいなんてやっぱり思えなくてですね…それに咄嗟だったんで、身体が自然に動いてしまってっすね…」

「…へぇ~」

「バ、バカヤロー!ちゃんと考えてから行動しやがれ!盾になっててめーが死んでどーすんだ!」

「す、すみませんっす!」

「ふーん…そういうの、あんまりオネエサン好きじゃないな」

「コイツぁ護衛泣かせの大バカヤローだからな、お前の好みなんざ関係ねーんだよ!このクソドS女!!」

「今なんて?」

「クソドS女っつったんだよ、この変態1号!!」

「…安い挑発ね」

「挑発?事実だろ?」

「フフ…いいわ。乗ってあげる」

ズダァーン!

「は、早…」

エルザが不敵な笑みをこぼした、その瞬間。

カイシンが瞬きをした時にはエルザが目と鼻の先にいた。

「この程度よね〜」

「ぐはぁ!」

表情とは裏腹な強烈な一撃がカイシンを襲いかかり、カイシンは店の壁に吹っ飛ばされ、動かなくなった。

「か、カイさん!?」

「死んだなアイツ…」

「…へぇ~、反応するなんて意外だわぁ〜」

「え!?」

「ほぉら〜、お兄さん、立って立って〜!」

「…少し休ませろってんだよ」

「ま、また死んだフリ…」

ムクリと起き上がるカイシンに呆れ顔を向けるタマルであったが、本人は至って真剣だ。

「咄嗟に椅子で防御するなんてねぇ〜、手を抜いてるとはいえ、Dランクごときには見えもしないハズなんだけど…うふふふ、少しは楽しめるかしら〜?じゃあどんどん行くわ…」

「ちょ、ちょ待てよ!」

「あら?なぁ〜に〜?今さら命乞いとか無粋なこと言わないでよ〜?」

「あ、あんたはあれだよな?何か目的があったみてーだけど、それが果たせそうにねーから憂さ晴らししてーんだよな?」

「…さっきも言ったわよね?鋭過ぎる男は嫌われるって」

「別にお前に好かれたかねーよ。そんでよ、弱い奴相手にするよか、強い奴と闘いてーんだよな?そーゆー変態的な欲を満たしたいんだよな?」

「…言い方に不満があるけど、大筋は合ってるわ」

「だったら戦場に行けばいいじゃねーかよ」

「そぉね〜、でも、そのシチュエーションは飽きてるのよ〜。もっと新鮮で斬新な感じが良いの〜!今回のオシゴトもそうだったけど〜、例えば〜、弱そうな見た目で実は強〜いとかのギャップとか〜、追い詰められて何かのチカラに目覚めて覚醒しちゃうとか〜!そ〜ゆ〜のを求めてるの〜!」

「それ、カイさん近いっすね」

「バ、バカヤロー!何言ってんだよオメーは!?」

「ん〜?え〜と、タマル君、ど〜ゆ〜こと〜?オネエサン詳しく知りたいなぁ〜?」

素早くタマルに近付いたエルザはタマルの耳元に息を吹きかける。

「あぁあ〜すみませんす〜あぁあ〜ダメっす〜、い、息をが耳に〜ち、違うんす〜!別にカイさんは強くないんすけど…あっ!甘い吐息が!?」

「そ、れ、で〜?」

「腕にお、オパーイがイパーイ〜!そ、それで前に戦ったお、オーク族の人がぁああぁあ!カイさんは戦ってる間に強くなるってぇえぇええ!」

「へぇ~、そのオーク族って強かったのかしら〜?」

「た、確かぁああぁ!Bランクくらいだって言ってましたぁああぁ!」

「…そのオーク、どんな特徴だったかしら?」

「え、えーと、身長が小さめの筋肉ゴリゴリの大鉈使いと、めちゃくちゃ大きな拳闘士でした、よ?」

急に吹き続けられた吐息がなくなるとともに、エルザは好奇の目をカイシンに向けた。

「タマル!お前って奴は…色香に負けすぎだろ?!全部言っちまってんぞお前!」

「…ふーん、このお兄さんがあの2匹に勝てたなんて信じられないわね〜」

「?!て、てめー、なんでそいつらのこと…」

「あら?気になる?ふふっ…そぉね~、お兄さんが相手してくれるみたいだから、お駄賃として先払いで教えてあげるわ〜。あの2匹はね〜オネエサンの仲間になったのよ〜!」

「あん?何言ってやがんだ。あいつらはタマルの護衛になるっつってたんだぞ。フカシこいてんじゃねーよ」

「そうすよ!あのお二人は約束を破ったりするような人じゃないっすよ!」

「あらあら、タマル君まで怒っちゃって〜。確かにそんなこと言ってたわね〜。…だ、か、ら!ちょっぴり痛い痛いしちゃったわ〜」

「何?!」

「思ってたより強いし〜、全然言う事聞いてくれないんだもん〜!でも心配しないで〜!あんまり切り落としちゃうと戦奴として役に立たないから〜、切り落としたのはちょっとだけだったから〜」

「そ、そんなこと…どうして…」

「ごめんね〜オネエサンそんな面倒なことしたくなかったんだけど〜オシゴトだもん〜」

「戦奴…てめーどこの国のモンだよ?アイツ等どこに拉致ってったんだよ」

「それは〜…ふふふ、オネエサンに勝ったら教えてあ、げ、る!お兄さん、本気出してね〜!じゃないと…すぐ死ぬよ」

気配でエルザが戦闘態勢に入ったことを予想したカイシンは、再度椅子を手にした。

予想通りエルザが急接近し、ナイフで切り刻もうとしてくる。

「くっ!!」

エルザの攻撃速度に反応しきれないため、やたらめったに椅子を振り回すが、予想が外れれば身体が斬られ、予想が当たれば椅子がナイフによってどんどん小さくなっていく。

「んな小せぇナイフで…!」

「本当よ〜、私、こ〜んな小さいテーブルナイフしか持ってないのに〜!」

カイシンがBランクと渡り合ったことを聞いたせいか、エルザの攻撃はヨリメルやシャレクレと同程度かそれよりやや強い程度になっていた。

それでも少しずつカイシンにダメージが蓄積されていく。遂には盾として使っていた椅子が持ち手以外破壊されてしまい、咄嗟に手にしたのは薄い鉄製のトレイだった。

「ドチクショー!!」

「あらあら〜、もっと盛り上げてよ〜!満たされないなら、他のコに遊んでもらうわよ〜!ほらほら〜!!」

「うっせー!気が散んだろ!!話し掛けんな!!」

「そうね〜、言葉は無粋よね〜!」

「く…くそ…」

エルザが徐々に速度を上げていくにつれ、カイシンが負うダメージが増えていくが、その増加の具合はすぐに抑えられ、エルザは違和感を覚え始めた。

(おかしいわね~、こっちが速度を上げてるのにお兄さんのダメージ頻度があんまり変わらないわ〜)

そしてカイシンはエルザの正体に気付き始めていた。

(力任せのようで、身体の動かし方に無駄がねぇ。相当訓練して洗練されてやがる)

「ハァハァ、アタマイカれたド変態ってだけじゃあねーな」

「お褒め頂いて光栄だわ〜。あなたもちょっと変よね〜。いくら優しくしてあげてるって言っても、Dランクが付いてこれるレベルは超えてるのよ〜?」

「ハァハァ、そりゃあな、こんだけやられてりゃ筋読みくらいできるだろうよ」

「ふふふ、そんなの普通はできないわよ〜!あなた、タマル君が言うように強くなってるのかしら?オネエサン燃えてきたわ〜!」

そう言うとエルザはナイフを床に落とした。

「ハァハァハァ、なんだよ、次はステゴロかよ?」

「オネエサン殴り合いは趣味じゃないの〜、ちょっと本気出すだけよ?」

エルザが右手を上に上げると、右腕がみるみるうちに赤黒く染まっていき、手の平から何かが出てきた。

「な、なんだよそりゃ…」

「うふ、私の相棒よ〜!試したくなっちゃって〜、どこまでできるかしら?」

手の平から出てきたのは、赤黒くおぞましい瘴気を纏った巨大な戦斧だった。

「戦斧振り回すオンナって、お前まさか…ズダーロン帝国のダイア・フォレスターかよ?」

「…分かっちゃうわよね〜」

「だ、ダイア・フォレスターって東大陸最大の国、ズダーロン帝国の、相手国兵士の血で戦場を血の嵐にしちゃうっていう…紅嵐で呼ばれてる人っすよね…?そ、そんな人がこの国で…どうして…?」

「嘘付いててごめんなさい〜、騒がれたくなかったから〜テヘ」

「紅嵐ってそんな…勝てるわけねぇ。一人で一万の軍団皆殺しにするよーな奴だぞ…嘘だ…まだ死にたくねぇ」

「うっせーな、人のやる気削ぐんじゃねぇよネズミ!」

「やだぁ、戦意喪失しちゃダメよ〜!お兄さんには足掻いてもらわなきゃ〜!久し振りの昂りにオネエサン大興奮よ〜!そうだ!そろそろお兄さんの名前教えてくれないかな〜。生死を賭ける相手の名前を知っておきたいの〜」

それには答えず、おもむろにカイシンはタバコを取り出し火を着けた。

「ふぅー。…なぁ、賭けねーか?」

「賭け?」

「あぁ、あんたの変態的な衝動に付き合ってやるんだ。俺にも得することがねーと張りがねーってもんだ

「…それ私が聞き入れると思ってる?」

「俺がやる気出した方があんた楽しめるんじゃねーのか?」

「ふぅん…で?条件は?」

「俺が生き残れば俺の勝ち。勝ったらオーク2人の行き先教えろ」

「私を倒すって考えはないのかしら?」

「ねーよ。お前がホンモンの紅嵐なら俺なんざ軽く一捻りだろがよ。俺はお前が馬鹿にしてるDランクなんだぞ?ハンデだよハンデ」

「それで?あなたはそのお盆で戦うのかしら?」

「なわけねーだろ。タマル!部屋から俺の装備品持って来てくれ」

「え…あ、は、はいっす!」

急に呼ばれたタマルが驚きつつも、二階へ走っていった。


タマルが持ってきたマントを羽織り、剣を佩く。

タバコは吸ったままだ。

「よっしゃ、そんじゃあ外に面貸せや」

「…ふぅん、剣を使うのねぇ。確かに外の方がヤリ易いけど…それで他のクズを逃がす計画かしら?」

「そ、そーだったんすか?!俺はてっきり外に出て内守が来るのを待つ魂胆なのかと思ってたっす!」

「た、タマル…お前って奴は…」

時間稼ぎと外に出る口実を作り、助けを待つ魂胆は見事、仲間によって看破されてしまった。

「なるほど〜そっちの考えね〜。確かに逃げ出した連中が兵士どもに通報してるかもしれないけど〜、お兄さんそれまで保つかしら?」

「はっ、んな不利な状況下で、俺のこと殺れんのか?」

「減らず口が…ふふふ、いいわ面白い。あなたの絶望する顔が見たくなっちゃったわ〜。もしかすると、私の求めてた相手はアナタなのかしらね〜」

舌舐めずりをするダイア。それを見て背筋がゾクリとするカイシン。

「カイさん、待望のヒロイン登場っすね」

「バカヤロ、こんな変態との出逢いなんざ求めてねーっつーの…」

「そうだ、そろそろ名前教えてくれないかしら?サシで殺り合うなんて久々だもの、アナタの名前を覚えててあげるわ」

「…カイシンだ」

逡巡するが答えることにした。

「カイシン…珍しいけど素敵な名前ね。ふふふ、教えてくれてアリガト。じゃあ、あとはコトバは不要ね。外で解り合いましょ?カイシン」

戦斧を掲げながら誘うダイアに、カイシンは思わず一瞬見惚れてしまい、タマルの変態性が感染ったのではないかと思った。







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