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第二話 誘拐

 王城は、普段よりも多くの侍従や兵士で溢れていた。本来なら、王城に勤めることのない地方貴族の姿も見ることができる。その理由は、第二皇子エミルの生誕一年を祝うことにある。順調にパーティーの準備がなされ、多くの者が行き来する騒がしさも、活気の裏返しと思えば不快なものではなかった。


 しかし数刻後、城内は異なるざわめきに包まれることになる。鎧を纏った大柄な男は自身の部下に指示を出していた。


「エミル様を探せ! 賊は直ちに斬り捨てて構わん!」


「隊長、場内の封鎖が完了しました!」


「第一近衛隊は他の皇族の方々の警護を続け、その他はエミル様の行方を追うのだ、御身に傷一つでも負わせることは、我々近衛隊の恥と心得よ!!」


「はっ!」

 

 皇族の守護を使命とする近衛兵の怒号が響き渡っていた。第二皇子エミルが賊によって誘拐されるという事態に陥っていたのである。


―――――――


「ハァッ、ハァ・・・クソッ、何でオラァこんな依頼受けちまったんだ」


 魔法で明かりを灯し、悪態をつきながら幼子を抱え、皇城の隠し通路を静かに駆ける男の名は、ポドゾル・ドック。現在、エミルを誘拐している張本人である。


(酔ってた時に依頼書渡されなきゃ速攻で断ってたのによ。調子にのって確認せずに二つ返事で受けちまった。)


 一度受けた依頼を取り消すことは、男が生業とする世界では御法度だ。仲介人からの信用を忽ち失うどころか、追っ手からの暗殺を警戒し続ける一生を送ることになる。

 しばらく酒は控えることを決意しながら、その手に抱いている赤子を見る。

(フォーゲル王家、多くの命を屠ってきた魔眼の一族か)


 フォーゲル皇家は強力な力をもつ魔眼をもつ一族として、大陸で知られ、恐れられている。

 まだ魔法技術がしっかり確立されていなかった古代の戦役において、当時の魔法大国を魔法を使わず単身で滅亡手前まで追い詰めた初代フォーゲル王。その身には、いかなる魔法をも通じなかったとされている。

 

 しかし初代フォーゲル王は、己の肉体のみが唯一の武器であったと歴史書には記載されている。

 王家に変化が生じたのは、初代フォーゲル王の子からであった。強大で特別な力をもつ魔眼を発現する王族が現れたのである。初代フォーゲル王とその妃の血が交わったことが原因とされているが、定かではない。

 

 二代目以降のフォーゲル王は初代の魔法が通じない肉体を失い、その代わりに王族個人にそれぞれ固有の力をもつ目を手に入れた。魔眼の力を用いる際、瞳の色素が各王族によって様々な変化を起こすことから、フォーゲル王家を極彩の一族と呼ぶ者も存在する。


(この坊ちゃんにもそんな力が宿ってんのかねぇ)

 賊である男が受けた依頼を出した人物はその魔眼の力を求めているのだろう。

(とりあえず、生きて王都から脱出しなきゃいけないわけですけども...)


 仲介人から渡された王城の隠し通路の地図を全て記憶しているため、外に出るまでそれほど時間はかからない。皇子を誘拐するという重要な仕事を依頼されるほど腕が立つ男は、並の刺客とは比べようもないほど、圧倒的な速さで脱出口にたどり着いた。

 壁に寄りかかり呼吸を整えようとしたとき、ポドゾルは壁の一部が不自然に凹んでいることに気づいた。


 ポドゾルは優秀だった。故に気づいてしまった。

好奇心を抑えられず、凹んでいる部分を押すと壁であったものが下へ沈んでいく。

(よくもまぁ、こんな複雑に造ったもんだ。まさに王族が使う()()()()ってわけだ。)


 現れた道を進み、突きあたりの部屋に入る。中には、多くの古びた本が散らばっていた。唯一、人がこの部屋を使っていたことが分かる一組の机と椅子。机の上には、眼帯のような魔道具が置かれていた。


 ポドゾルは非常に優秀だった。故に再び気づく。

(おいおい、コレは只の魔道具じゃねぇ。今、市場に出回っているどんなものより精密で優れたもんだ。おそらく、先の時代に滅んだとされる古代文明の品だぜ。へへへ、俺にもツキがまわってきたきたみたいだな。)


 「魔眼の一族が住む場所にある眼帯型の魔道具。売っても一生遊べる金が手に入るだろうが、ここはつけてみるしかねぇよなー」


 罠が有無を確認した後、ポドゾルは自身の目に魔道具を恐る恐るつけた。

しかし、いくら待てど変化が起きたようには感じられなかった。


 「クソッ、なにも起きやしねぇ。ってことは、コレは一部の奴しか適合しないパターンだな」

結局特別な力を手にできない自身の運の悪さに気落ちし、無意識のうちに魔道具を強く握りしめる。

 そうしているうちに、


「ぁいあー、よぁう~こあーすぇ」

攫った幼子が起きた。


「チッ、時間切れか。早くここからおさらばしねぇと」


 赤子の声で気づかれることを避けるため、慌てて赤子の口に魔道具をつける。

―ピシィッ

(ッ…!、なんだ、今コイツの目元が黒く光ったような・・・、いや気のせいか)


「まさかこんな幼児の段階で魔眼を開眼するなんてありえないでちゅからね~」

起きた幼児が暴れないよう、あやすために変顔をする。そして、顔を幼児に向けた瞬間、


―ドクッン

自身を見つめる黒き光をたたえた幼児の双眼と目が合い、体の自由を奪われた。幼児の口につけていたはずの魔道具がスルりと外れ、床に落ちる。


「おうち、か、える」

 

 幼児の口から確かに発されたことを認識する間もなく、膝をつく。

(おいおい、オイオイオイオイィー、どうなってんだよ!)


 状況を呑み込めず、混乱している頭とは、反対に体は幼児を背中に乗せ、来た道を戻り始める。

ポドゾルが唯一理解できたことは、まもなくお縄につくだろうということだった。


―――――――――


 王城内にある皇帝に謁見する場には、皇帝を始め、多くの貴族が待機していた。未だエミル皇子の行方を掴めていないことから、焦りの声が大きくなっている。だが、遂に待ち望んでいた報が入る。


「エミル様を発見致しました!、お怪我はなく、ご無事のようですが・・・」

多くの者の安堵の声が漏れる中、


「何か問題があるのか?」

皇帝ゼクスは歯切れの悪い報告をした兵士に問う。


「ご無事あることに変わりはありません。しかし、何といいますか・・その――」


―――ペタン、ペタン。


 謁見の場に入ってきたのは、賊と思わしき男とエミル。しかし、四つ足で歩く賊とその背中に乗る幼児という、そのあまりに異様な光景に多くの者が二の句を継げないでいた。


「―――おおー、よくぞご無事で!」

一人の貴族の言葉を皮切りに無事を祝う声が続く。


 この場にいる者たちの心境は、大きく三つに分かれていた。


 一つは、単に皇子エミルの無事を祝う者。

 一つは、齢一歳にして他者を従える姿に皇帝としての片鱗を垣間見る者。

 そして、最後の一つは不気味さを感じ、距離を置こうとする者。


 ともかく、無事に戻った息子をゼクスは抱き上げた。

「よくぞ、無事に戻ってきた!!」


 ゼクスの言葉に返ってきたものは、


「た、だ、い、ま」


 たどたどしいながら、言葉を話したことに驚く皇帝の眼をエミルの黒き瞳が見つめ返していた。

 

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