第9話 特訓
更新まで随分と間が空いてしまいました。
「コ・パイロット! 格好のいい言葉ですね!」
アリスはその言葉が気にったのか、目を輝かせている。
「俺たち飛行機を操縦する者はパイロットと呼ぶのは知っているだろ? 飛行士とも呼ばれていて航空機に乗り込んでこれを飛ばす者だ」
「はい、勿論。初等院のころにはパイロットに憧れている男の子は沢山いて、聞いたことがあります」
「一人乗りなら全部パイロット一人でやるのだが、複数名で飛ぶときは役割分担をする。その一緒になって飛行機を飛ばす者をコ・パイロットとかナビゲーター、航空士とも呼ぶんだ」
「なるほど、そうなのですね」
「目的地に向かって空を飛ぶには、どっちに向かって、どの高度を、どれくらいの速度で飛ぶか、これが重要になる。判るか?」
「ええと……、方角と距離がずれていたら海の上じゃ目印を見つけられずたどり着けなくなる……から?」
「そうだ。よく分かったな。だから航空地図を見て目的地を決め、気象地図から風を読み、計器から速度を見て、地形や天測で今どこにいてどこに向かって飛んでいるかを把握しておく必要がある」
「時には天体観測をそして自機の位置を求めるんだ。燃料の消費量や残量も把握する必要がある。ハッキリ言って飛行機を飛ばすだけなら簡単だが、目的地にたどり着くのはめちゃくちゃ難しい」
「……なるほど、色々やらないといけないのは判りました」
「先ずは基本的なことからやろうか」
ちょっと引き気味に見えるが無視して、遠い昔に受けた授業を思い出しながらアリスにあれこれ教え始める。
「今日は講習にして、明日は机上演習だな。明後日は配達があるから実機演習にしよう。本格的にやらないにしても基礎だけでボリュームあるからな。覚悟しとけ」
「はい、判りました!」
返事は良かった。
「まず航空用の地図はこれだ。縮尺ごとに分かれていて、この辺りの地図はこれだな」
そこにはエレミーナ島を含めて近海の島が描かれ、線で結ばれていた。範囲は差し渡し三百キロメートルほどだ。フィンは数えきれないほど見たエリアだった。
「これは、この辺の地図ですか?」
「ああ、エレミーナはここだ。諸島では三番目に大きな島だが、地図ではかなり小さく見えるだろ?」
「本当ですね」
「では先ず、飛行機に乗る上で大事なことを教えよう。学校の授業で単位は習ったよな?」
「単位ですか?」
「ああ、距離はメートルだとか、重さはキログラムだとか、そういうやつ」
「はい、習いました。一キロメールとは千メートルだとか、一トンは百キログラムだとか」
すらすらと出てくるあたり、成績は良かったのだろう。
「そう、それだ。そして飛行機に乗るなら、学校で習ったことは忘れろとまでは言わんが、使うな」
「えっ!? 何故でしょうか?」
「飛行機乗りは慣習的に違う単位で飛んでいるんだよ。航空機の世界じゃその単位は使わないから、間違ったら死ぬぞ…肝に銘じておけ」
「えぇぇぇ?」
アリスが混乱しているのが判る。とりあえず単位については一通り説明するしかない。
「まず飛行機だと距離は|海里《《nautical mile》》で表す。一海里は約一.八キロメートルだな。俺が良く飛ぶ距離だと片道二百~三百海里だから、なじみのある単位だと三百七十キロメートルから五百五十五キロメートルってところだ。これくらいが主に商売で飛んでいる範囲だ」
それより短い距離であれば船の方が都合良いので、飛行機による配送は少ないのだと説明する。
「ちなみに北大陸までは最短で千海里以上あるから、愛機の航続距離としてはほぼ限界だ」
アリスは必至でメモを取っている。
「次にフィート《》は高度を表す際に使用して、一フィートはざっくり〇.三メートルだ。晴れていれば高度六千~八千フィートくらいを飛ぶから、二千メートル~二千五百メートルくらいだな。これ以上高度を上げると高度障害など人間に影響が出てくるので、軍の時は高度順応訓練をしたもんだ」
「それはなかなか大変そうですね」
「ああ、結構大変なんだよ。頭痛がしたり息切れしたりぼーっとしたりな」
「続いて速度、これはノット《》で表す。一時間に一海里進む速度が一ノットだ。距離と高度にもよるが普段は百五十ノットから二百ノットくらいで飛行している」
「そして重量だがこれはまちまちだな。ポンド《》だったり、キログラムだったりするが、俺はキログラム派だな。一ポンドは約〇.四五四キログラム、一キログラムは約二.二ポンドだ。この変換は暗算できるようになって一人前だ」
アリスにそこまで求めるつもりはないフィンだったが、アリスは真剣に取り組んでいた。
「と、まぁ今日は最低限、速度・高度・方角などの単位は覚えておいてくれ」
翌日の机上演習をどうするかは今夜考えるとする。できれば明後日の配達の予行演習が出来ればいいのだが。
◇◇◇◇◇
翌日の机上演習では、航海図の見方、天体の動き、気象学など、様々な知識を叩き込まれた。アリスは、ノートにびっしりと書き込みながら、一生懸命に学ぼうとする。
「この角度から星を見ると、緯度がわかるんだ。そして、この計算式を使えば、経度も…」
フィンの言葉は、アリスにとっては全く新しい世界の話だった。しかし、彼女は諦めずに、一つ一つ理解しようと努力する。
機上では、実際の計器を見ながら、実践的な知識を学ぶ。高度計、速度計、方位計など、様々な計器が並んでいる。フィンは、丁寧に計器の意味や使い方を説明してくれるので、アリスは彼の言葉に耳を傾け、一つ一つの数字を確かめる。
とは言え慣れない言葉と計器にかなり苦戦していた。
最初は戸惑っていたアリスは、持ち前の勘の良さもあって次第に航海術のコツに気づいていく。特に、数学が得意だったおかげで、複雑な計算も難なくこなせるようになった。
「すごいな、アリス。こんなに早く理解できるとは思わなかった」
「あら、フィンがそんなに人を褒めるのは珍しいわ。アリスは優秀なのね。はいお茶をどうぞ休憩しましょう」
ちょうどお茶を持ってきたヌマエラが会話に参加する。
フィンの言葉に、アリスは嬉しそうに笑う。実際基礎的な知識とは言え、初回で覚えるとは思っていなかったのだ。思った以上にアリスは優秀なのかもしれないと見直す。
「ありがとうございます。まだまだですが、一生懸命頑張ります!」
「知らないのは恥ずかしい事じゃないからどんどんフィンに聞いてね。フィンも邪険にせずに答えてあげる事」
「判っているよ」
軍隊上がりのフィンは、厳しい指導しかできないと思ったか、マヌエラが釘をさす。しかしアリスのやる気に上回っていたので、次第に教え方も熱気が入っていく。
こうして、アリスは一日中コ・パイロットの勉強に励み、翌日の実機演習に向けて準備するのであった。
◇◇◇◇◇
「フィンさん、…フィン、これ難しすぎるのですけど」
離水を楽しむ間もなく、次から次へと課題が出されアリスは音を上げ始めていた。
「まだまだ始めたばかりだから仕方ないさ。それより下を向いてノートばかり見ていたら酔うからな。気分が悪くなる前に言えよ。吐くことになると最悪だぞ」
「…はい」
幸いアリスは乗り物に強かったようで、最後まで酔うことは無かった。また試しに高度を一万フィートまで上げてみても問題なかった。飛行機に向いている体質のようでホッとする。
そして、本格的に航海術を学ぶことになった。フィンは、アリスをコ・パイロットにするべく、徹底的な指導を始める。
正直女学生の遊びだろうと思ったが、結果から言うと彼女を侮っていた。ものすごく覚えが良いいわけでは無かったが難しい計算もこなすし、何より勘が鋭く才能がりそうだ。
とは言ってみたもののこの島から帰ってからの生活には何の役にも立たないだろう。どうせなら今後の人生に役立つことを教えてあげたいものだが、恐らく彼女の人生とは接点が無さすぎる。などと取り留めないことを考えてしまうフィンなのだった。
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次回更新はゆっくりの予定です。