表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/32

魔女の城 1

 初めて魔女の存在を知ったのは五つのときだった。祭りの夜、突然現れたプラチナブロンドの魔女を目の当たりにしたとき、ラゼルは訳もわからず呆然と口をあけていた。


 その後、持ち前の好奇心で魔女について聞いて回った。

 魔女は北の森に城を構えて住んでいるということ。五年に一度、村から男を一人城につれてくるよう要求していること。そこから帰ってきた者は誰もいない、ということ。

 そして、聞きまわる最後に見たのは、連れていかれた男の妻のやつれた顔。幼いラゼルでも、彼女に魔女について聞くのはためらった。彼女は、今でこそ笑う顔を見せているが、この時はもう一生笑わないのかと思わせるほど表情が乏しかった。



 それからまた、五年後。

 その年魔女に選ばれたのは、コールという名の、ラゼルの良く知っていた男だった。体が弱く、仕事も長く続かないためしょっちゅう教会に休みに来ていた。ラゼルもしょっちゅう仲間を引き連れてアスターのいる教会に遊びに来ていたので、そこで出くわしてよく話をしていたのだ。


「この子にするわ」

 良く知った人、だったからだろうか。魔女がこう言ったとき、ラゼルの頭にかーっと血が上った。すぐにでもあの魔女を止めなければ、そう思ったときには魔女に向かって石を投げていた。


 その時石は魔女に命中したが、しかしそれは彼女の体をすり抜け地面に落ちた。

「まだこんなことする子がいたのね」

 魔女は、そうは言ったが、それ以上何かすることは無かった。よろしくとだけ言って姿を消した。

 この時、村に来るときの魔女は幻なのだと身をもって知ったのだ。きっと、彼女の城に行けばその実態があるのだろうと、そうも思った。


 その後、コールは魔女の城に行くことになった。有無は言わせない。村の誰もが当然のこととしてコールを送り出していた。

 それがなおさら、ラゼルには釈然としなかった。


「どうして止めないんですか?」

 見送りに集まった村の人々。そこから、その時すでに村長であったナジスが帰ろうとする所をさえぎり、ラゼルはこう切り出した。

「帰れる保証はない、死ぬかもしれないんだろ? あの城に行ったら。どうしてあいつの言いなりになってるんですか? あいつに、あの魔女に!」


 そうラゼルが言ったらば、ナジスはため息をついてからこう言った。

「ラゼル、我々に対抗する力は無いのだよ」

「力が無い? それで魔女の好きなようにさせてるんですか! おかしいよ。力が無ければ付ければいいじゃんか! 魔女に対抗できるくらいの。そしたら、魔女は何も言ってこない!」

 興奮して涙が出ていた。それすらも悔しくて、ラゼルは唇をかみ締めていた。


「付けた所で無駄なのだ。魔女には敵わない」

 さらりと言ってのけるナジス。その言葉にラゼルは腹を立てた。

「大して努力もしてないのに? わかったよ。俺が倒すよ。文句無いだろ!」


 そう言ったとたん、あたりが騒然となった。ラゼルのその言葉はいさめたほうが良いと思ってのことだろう、そこから父のアデレンが真っ先に飛び出してきた。

「ラゼル! 今魔女がいようがこうして幸せに暮らしてるじゃないか。馬鹿なことを言うんじゃない!」


 押さえつけようとする父を、ラゼルはまっすぐに見つめた。

「父さんは悔しくないのか? 魔女は宝石も寄越せって言うんだよ。それを買うために倹約だってしなくちゃならない。貧しい思いだってする。でも魔女は、城で悠々と暮らしてるんだろう?」

 言って、父の手をラゼルは跳ね除けた。

「確かに今は無理かもしれない。だけどいつか力を付けて城に行く。それで、魔女を倒す!」

 それは、周りからは、やけになって言った風に聞こえただろう。その後、ひたすら泣きじゃくっていたけれど。



 決意は確かだった。漠然とはしていたいけれど。

 村人を一人でも苦しめる魔女を許せないという感情だけは、決して消えることはないと、ラゼル自身思っている。今でも。



+ + + + + +



 重く閉じていたまぶたをそっと開く。

 斜めからやわらかく射してくる晩秋の日の光は、心を穏やかにさせてくれる。不思議と、過去の、あの時の事を思い起こしても落ち着いていた。

 きっと、暗い所だったなら、魔女への怒りばかりになってしまうだろうに。


 かちゃ、と音を立てて扉が開いた。ラゼルが背にしている壁についていた扉。村長ナジスの家の扉だった。


「まあまあ、いらっしゃい。こちらへどうぞ」

 村長の妻である老婆の導きに従って、ラゼルは家の中に入った。


 入ってすぐは居間。村長の家であっても、間取りは他の家と変わりない。正面には円卓があり、そこを長椅子二つが囲っていた。その椅子にはナジスが座っている。


「そこへ座ってね」

 村長の妻に促され、ラゼルはナジスの正面に座った。


 堅物の老人はそれでも喋ろうとせず口をへの字に曲げていた。老婆が、じゃあ私はここで、と言って奥の部屋に入ってしまう。二人っきりになって余計、重苦しい緊張がまとわり付いた。


「ラゼル」

 ナジスが低い声を唸らせて言った。

「これから魔女の城にまで行く手順を教えるわけだが。わかっているだろうな。くれぐれも、魔女に逆らうな」

 彼がこう言うのは、ラゼルももう良く分かっていた。それが村の体制であったから。

「分かってます」


「それと、毎回魔女の要求は違うが、今回は武器を持って来いと言うことだ。好きに選んで持って行って良いだろう。だが、これはお前もその場にいるから分かっているだろうが。魔女を倒す為のものじゃない」

 わざわざ自分を殺して欲しくてそう言う者は、いないだろう。

「それはもう、当然」

「分かってるんだな」

 ラゼルは頷く。ナジスとは目を合わせないように。


 すると、ナジスの方がため息をついた。

「聞く耳もたん、と言った風に見えるがな」

 その通りだよ。そう思いながらも、ラゼルは無言を通す。


「どうだ。五年前から考えは変化無いか?」

 ナジスが問うた。

 少し驚いてラゼルはナジスにちゃんと顔を合わせる。彼が人に質問するなど、あまり無いことだった。

「いいえ。あります」

 ナジスの目を見すえる。


 ラゼルがこの五年で知ったこと。たとえば、ナジスが若い時のこと。

 その頃に魔女が村近くの森に城を構え、若い男を要求し始めたのだと言う。

 当時の村人も黙ってはおらず、魔女を追い払おうと城まで戦いを挑みに行った。しかし、数十人もの死者を出し、生き残ったほんの数人だけ命からがら逃げ帰ってきた。ナジスもその中の一人だったという話だった。


「いつまでも子供じゃありませんし、不可能なこともあるのだと、諦めるべきものもあるのだと、ちゃんと分かっています」

 そう、そうして村は魔女のいない元の生活を取り戻すのを諦めた。魔女に支配されている、その恐怖に耐える道を選んだのだ。そして、耐える中にある平穏な生活を望んだ。


 父アデレンの言うとおり、他の誰もが言うとおり、この村は魔女の要求にさえ耐えれば幸せなのだ。宝石のために貧しい思いをしたって、幸せなのだ。

「魔女に従うのが一番だと言うのも今はわかってます。逆らって怒らせでもすれば、この村が攻撃されかねないですし。でも……」

 でも、それと魔女に対する怒りがぬぐえるかどうかは別問題。魔女さえいなければ、愛する人を奪われ悲しむ人はいなかった。誰も魔女に怯えることなく、村はもっと幸せだったのに。


「一見不可能に思えることにも、可能はあるのだと思います」

 ラゼルの答えに、ナジスは目を伏せた。

「あまり、変わりないようだな」

「決意は変わりませんから」


――どうあろうと変わりません。魔女を倒します。

 ラゼルは心中でそうつぶやいた。自分自身に良い聞かせるため、変わらぬ決意をさらに固めるために。



「わかった。可能なことだけをやるなら良いだろう」

 ラゼルはハッとする。ナジスが自分の意見に賛同した、一瞬そう思った。

「しかし、誰かが不可能と言ったものはその時点で不可能だ。冷静になって考えてみろ。少しでも可能性があったとしても、危険が伴う事ならば現実的に不可能なのだ」

 これを聞いて、ナジスの言葉に舞い上がろうとしていたラゼルは幻滅した。つまりそう、彼は、魔女には何もするなと言っている。


「村長!」

 思わず立ち上がっていた。どうして分かってくれないんだと、そう訴えたくて。

 確かに村長としては、村を思って慎重にならざるえない。けれど内心では倒してほしいんじゃないかと、そう思ったから余計もどかしかった。


「ラゼル。私は冷静に考えろと言ったのだ。村のためを思うなら、今すべきことは何なのか、お前なら分かるはずだ」

 その瞬間、ラゼルは言葉を詰まらせた。何も反論できない。


 至極分かったのだ。ナジスがラゼルに言わせようとしている答えが、魔女に従う、それひとつだと言うことが良く分かった。

 言いたくない。その言葉を、口に出して言いたくなんかない。絶対に。


「座れ。これから城に行くまでの手順を教える」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ