村の祭り 5
ひとつ、ランプから明かりが消える。
「あ」と誰かが言って、近くを踊っていた者は頭上を見上げた。
明かりの消えたランプにまた光が灯った。代わりに、隣のランプの明かりが無くなった。
今度は遠くの明かりが消え、またいくつか消え、次には付き、付いたり消えたり付いたり消えたり、広場のランプでそれが繰り返される。
下で村人が見上げる中、それはしだいにテンポが速くなった。
付いたり消えたり付いたり消えたり……。速くなって、もっと速くなって。そしてついに、すべての明かりが消える。
しばらくの沈黙。
その後に、ぽん、と音が響いた。
広場の中央に、淡い光と共に何かが現れた。
村人は、それが何か良く知っていた。誰かが「来た」と囁いたが、そこにいる者誰しもが同じことを考えていた。
――あいつが来た。魔女が来た!
レディナはラゼルに擦り寄る。ラゼルは宙に浮くその魔女を見上げた。
――魔女が来た。
魔女は両腕を人形のようにだらんと下げて旋回する。
漆黒のドレス。対照的に、輝かんばかりのプラチナブロンド。その顔を、今のところ見た者はラゼルは知らない。現れたときはいつも、ブロンドの髪を手前にたらして顔を隠していた。
「こんばんは、みんな。ちゃんとおそろいの様ね」
魔女はちゃんと女らしい声を発していた。高くも低くもない、普通の女の声。
「こんばんは。魔女よ」
その声は、村長のナジスだった。
ナジスは村からの信頼の厚く、そして賢いと誰もが信じている老人。この『儀式』を取り仕切るのは魔女だったが、その魔女が『儀式』に反することをしないか監視するのが彼の役目だった。
「こんばんは、おじいちゃん。ますます頭が禿げちゃったわね」
お茶らけて言う魔女。ナジスはそれに何の反応も示さなかった。
「魔女。今回もやるのであれば、早いうちに決めて欲しい」
「あら、急かすのね。選ぶのって時間が掛かるのよ?」
「急かすために私がいるのです」
魔女はこの老人が苦手なようだった。一瞬口ごもり、しかしすぐにも事を始めた。
「じゃあ、いつもの通り、女ははじに寄って。若くて力のありそうな男だけ前に集めて」
魔女が手をかざして言う。地上の村人は少しざわめいた。こそこそと、近くにいる者との短い会話が重なった。
「ラゼル」
レディナが訝しげな目でラゼルを見上げる。
「大丈夫。そうそう選ばれないよ」
若い男だけでも三十人近くいる。選ばれてしまったら運が悪かったと思うしかない。
「あの約束、破らないでよ?」
「もちろん。行かないよ」
「本当?」
「本当」
そう言って笑ってもレディナは表情を変えず、ラゼルの腕を放そうとしない。それで、レディナの肩を掴んで向こうへ行くよう促した。
レディナは広場の中央から離れて行った。何度もこちらを振り返りながら。
胸が締め付けられる。
だって選ばれないとも限らない。そうなると約束は果たせないから。
「んーそうね。誰を連れてこうか」
魔女は男達の周りを旋回しはじめる。
その白く光沢のある髪に隠れた顔に目はあるのだろうか。宙を飛ぶ魔女の髪の間に、一瞬でもそれを見つけたことは無い。
村の者は立ち止まったまま、目だけが魔女を追いかける。
「目星はつけたわ」
そう言ったころには、彼女は元の場所に戻っていた。
「栗色の髪の、瞳の青い、あの子」
集団の中央を指差して魔女は言った。
その人差し指を真正面に見て、ラゼルは飛び上がるほど驚いた。周りを見渡すと、少し離れた場所に集まった男達がこちらを見ていた。
信じたくは無いけれど、でも確かに、呼ばれたのは自分のようだった。
「早く、こっちいらっしゃい」
魔女が、こちらに向かってそう言った。
ラゼルは他の男達から離れたところに立っていた。それを気にして呼んだだけだろう、そう思いたかった。が、集団に近寄るとそれはぱっかりと割れ、魔女の元まで続く道を作ってしまう。
「え?」
思わず声が出る。ただ立ち尽くし、魔女を見ると、彼女はナジスにこう聞いていた。
「彼、名前は?」
「ラゼル。この村の狩人だ」
「あら、素敵」
すると、魔女は集団の割れ目を抜けラゼルのもとまで来た。宙に浮いたまま、すっと滑るようにやって来たから、一瞬だった。音もなく地上に降り立ち、ラゼルの顔を覗き込む。
「狩人って言うと、武器を扱うのは普通の人より上手いはずよね」
ラゼルは無言で頷く。
弓矢は仕事の間中握り締めている。動きの鈍い獲物なら確実に当たる自信はある。刃だって、捕った獲物は必ず自分でさばいている為慣れている。
「やっぱり? 頼もしいわね。うちに化け物がいっぱいいるの。相手してやってくれる?」
それまでどこかぼんやりした気分が、その瞬間一気に吹き飛んだ。目も見開いてしまう。
遠まわしな言い方だが、それは確かに呼ばれているってことだろうか。
「ねぇ、聞いてる?」
動かなくなったラゼルを見て、魔女は反応を確かめてくる。頷けるはずがない。だからといって、首を横に振ることも叶わない。
固まったまま、脂汗が噴出していた。
「ナジス」
魔女は高らかに言う。
「この子するわ。この子に持てる限りの武器を持たせてくれる? いつもの水晶やエメラルドもよろしくね」
魔女は、ナジスに対してもラゼルに対しても、有無を言わせる隙など与えない。
「頼んだわよ」
そう言い残すと、空高く飛翔し姿を消した。
後に残ったのは、小さなざわめき。消えていたランプには、自然に火が灯る。その光を頼りにラゼルの表情を伺う者も多かっただろう。
ラゼルは、目の前に何も見えていなかった。目は開いているが焦点が合っていない。何も見えない。
――俺が、選ばれた……。
こうなることは、あまり想定していなかった。五年前、魔女を倒すと決意したときも、連れ去られた村人を助けに行く事しか想像していなかった。
自分が魔女の捧げ物になろうとは……。
「ラゼル……」
近くにいた誰かが、ラゼルの首元に抱きついた。いつも、子供のころからつるんで遊んでいた赤毛のガイル。
それに、ラゼルはされるがままになっていた。まるでその親友が遠い世界にいるように感じたのだ。村自体が、自分から遠く離れたところにある。
他にも、ラゼルに近づく者は多かった。みんなラゼルと親しくしていた人たち。励まそうと集まったのだろうが、いざ言うとなると「ラゼル」と呼びかけるだけで、その後が続かなかった。何を言っても傷つけてしまうかもしれない。そう思ったのだろう、言葉を詰まらせていた。
「さあ。そんなに皆寄り集まったりせず、ラゼルを家に帰してやりなさい」
ナジスが言った。人ごみが割れ、ラゼルはナジスの無表情な顔を真正面に見る。
「村長、俺……」
無意識のうちにそこまで言ってしまっていた。自分でも良くわからない。弱音を吐くつもりだったのだろうか。それを言ったところでどうなるだろう。
魔女の城へ行かなければならない。そこから帰ってきた者がいないと知っていても。行かなければならない、その事実は変わらない。
「家でゆっくり休んでいなさい。詳細はおいおい伝える」
そう言い残し、ナジスは去って行く。
ラゼルは泣きたくなるのをぐっと堪えていた。五年前、魔女を倒すと皆の前で誓った手前もある。ここで泣くわけにはいかなかった。