村の祭り 4
赤い夕日が山の向こうに沈みかけようという頃。
紫の空気があたりを漂う頃。
朝方若者達が飾ったランプにひとつずつ、明かりを灯していった。
ランプは、色紙をかぶせたもの、色を混ぜたガラスを使うもの、形だってそれはもう色々。日常使わない特別なランプでもって、ちょっと幻想的な雰囲気も味わえる。
そんな中、ひとつの太鼓とほんの数本の横笛だけのシンプルな演奏が始まった。
ダンスパーティの始まる合図。年齢なんて関係ない。まずは皆歓声を上げ、でたらめな歌をうたう者を交えながら、男女が手を取り踊り始める。
ラゼルとレディナの二人も、その中にいた。
始めは、やっぱり照れくさかった。
ラゼルなんか特に、他の年は棒踊りなどとふざけたことをしていたからなお更。
だいたい、祭りの日に女と踊ったりするのは、周りが盛り上がってきたときに適当に相手を見繕って適当に踊る、という感じだった。今相手がいないとか言う者も、じきにそうするんだろう。
村のダンスには、特にこれと言って形式は存在しない。だから踊り方も人それぞれ。自由だからこそ楽しめるというものだが、ラゼルもレディナも音楽に合わせて体を揺り動かすことしか出来ない。
見下ろすと、レディナが恥ずかしがって下を向いていた。
――おいおい、それじゃ意味ないだろう、とラゼルは明後日の方向を見たり。
ラゼルにとってもレディナにとっても、ダンスパーティの開始と同時に踊るのは初めてだった。
+ + + + + +
「今年はラゼル、棒踊りやらないんだ」
数人の少年達がラゼルとレディナが踊るのを飲み物片手に見守っていると、その後ろに司祭アスターが現れた。彼らはラゼルの幼馴染で、幼い頃から今も変わらずつるんで遊ぶ仲間だった。
「あ。司祭さん」
「そうなんですよねー。まあ、ご覧の通りあんな感じで」
ラゼルを指差した少年達の、あきれ返ってます、という態度にアスターは苦笑する。
「それにしても硬いな、二人とも。去年踊ってたときはもっとリラックスしてなかった?」
「そうですねー。そこが面白いところなんだけど。やじでも入れてやろっか」
ガイルがにんまり笑って振り返る。
「それはやめてやれ。かわいそうだから」
そのうち、少年達も誰か相手を見つけて広場の中央に踊りに出た。
しかしその入れ替わりに、ラゼルとレディナが休憩を取りにアスターの元にやってきた。ずっと緊張しっぱなしだったし、大して動いていないが疲れたのだろう。
「お疲れ様。何か飲むか?」
そう言って、アスターは笑顔で迎えたが、ラゼルは、
「平気だよ。自分で何か注ぐし」
と、素っ気ない。
ラゼルはポットを取り、適当なグラスに中の水を注いだ。二つのグラスに。それを持ってレディナの元へ歩いた。
「飲む?」
「うん」
二人とも口数が少ない。
二人踊ることになったのは、レディナからの誘いだったと聞いていたアスターは、思わず笑ってしまった。もちろん、二人にばれないように。
言いだしたはずのレディナは顔を赤くして黙りこんでいるし。ラゼルもまた彼女と同じように赤面して、かつ戸惑っていた。戸惑って、レディナに気を使って言葉を選んで、そのせいで極端にしゃべらなくなっているらしい。
静かに水を飲む二人を、仲間達は見逃さなかった。
「踊らないのー?」
女の子が声をかける。
「ステイとアイリーンを見ろよ。すっげー盛り上がってんの」
「そうそう、アイリーンなんて何回も回転しちゃって、やけに上手いのよ」
と、あるカップルは踊りながら二人によってきて、そう言ってまた踊り去ってゆく。
ラゼルとレディナは、赤らめた顔を見合わせる。
「踊る?」
「踊ろっか」
+ + + + + +
ダンスパーティは深夜まで続く。まだまだ時間はあるけれど。
色とりどりのランプに飾られ、若いカップルが、中年夫婦が、老夫婦が、さすがに可愛らしい幼児のカップルは眠ってしまったが、皆がこの一夜を愉しんだ。
でも、これから起こる悲劇を、皆忘れたわけではなかった。
五年に一度。
この祭りで忘れようという腹のものもいるだろう。そもそも、祭りの日に悲劇の断片でも口にすることはタブーだった。祭りを愉しむことだけ考える。それがルールだった。