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魔女との対峙 5

 ラゼルはホールの天井を見上げた。天井付近に並ぶ老若男女さまざまな石像を眺め、彼らはルンドブックの歴史を語るのに欠かせない人達ではないかと思う。持っている石版に書かれた文字は、自らの生い立ちを語るものなのかもしれない。


 魔女は、魔王にして一つの国を創った男の話をした。ラゼルは彼を知らなかったし、村にも知る人はきっといないだろう。魔女はその事実を信じたくなかったのかもしれない。何より、魔王を悪と決めて掛かる風潮に嫌気があったのだろうか。

 自分はそう教えられていた。そう教えられている子供がいた。この事が魔女には信じられなかった。


 魔女はどうしてここに来たのだろうか。どういう経緯で、森の中にひっそり暮らすことになったのだろう。どこで生まれ、どういう風に育ち、どういう環境の中を歩み抜いてきたのか、ラゼルには知るよしも無い。

 ただ分かるのは、彼女には彼女の想い、考えがあったということ。それを持って、今を嘆いていた。今の自分の状況と、ルンドブックのあり方に。

 この石像は、魔女の願いなのかもしれない。



 暗い廊下の向こうから、複数の足音がホールの中央まで伝わって来たとわかると、ラゼルは直ぐにも顔をそちらに向けた。

 暗い中にも見える人影。それを見つめていれば、ラゼルの胸が高鳴った。


 帰れる。村に帰れる。

 村の人たちとまた話が出来る。アスターに、それに友人たちとも、ふざけあったり笑いあったり出来る。

 森に入って獣を捕って、村で分け合っては感謝され、村の仕事を手伝っては感謝され、それに自分も感謝する、そんなことも。村での暮らしが自分の元に戻ってくる。

 母の作る煮込み料理も、臆病で狩人らしくない父の言葉も戻ってくる。ガイルの笑顔も、レディナの、強気に腰に手を当てて笑う姿も、全て戻ってくる。


 これと同時に、魔女を信じきれない自分に、苦い思いを感じた。実は返すなんて嘘。騙すつもりなのではないかと、そんな懸念もまた、ラゼルの脳裏に染みてくる。

『私は、こんな魔女になどなりたくなかった』

 いや、信じよう。ラゼルはそう思い、努めて笑顔を作った。魔女は、自分が恐れられる理由が欲しかったのかもしれない。きっと、こちらが恐れなければ理由など要らない。誰かを脅かすこともしなくなるだろう。


「ラゼル!」

 《影》に導かれ歩いていたレディナ。彼女の姿がはっきり見えるようになるよりも早くに、向こうのほうから名を呼んで駆け寄ってきた。


 けれど彼女は、着く頃には足をもつれさせ、転びそうになった。

「レディナ」

 ラゼルはそれを何とか抱きとめる。黒髪が頬に触れた。


「心配したんだから! 心配したんだから! あんた本当に馬鹿だから、馬鹿なことして魔女に殺されてるんじゃないかって、本当に本当に、心配したんだから!」

「うん。ごめん」

 ラゼルは、泣き出したレディナの頭を優しく撫でる。泣くほど心配した彼女の気持ちは確かに嬉しかった。


「でも、そんなに心配した心配した、言わなくたっていいだろう? 俺ってそんなに頼りないか?」

 レディナの肩を掴んで引き離し、真正面からそう問いかけてみた。レディナは片手で涙を拭い、ひとつしゃくりあげた。


「頼りになる時もあるけど、ならない時もいっぱいある。だってラゼル、馬鹿だもん」

「馬鹿って言うな」


 自然と笑いがこみ上げてきた。ラゼルが笑えば、レディナもつられて笑う。

 こういう笑いが、何だか懐かしく思える。この城に来てそんなに期間は無いだろう。けれど、こう笑うことはないかもしれない、そう思ったことは何度もあったから。


「なーに笑ってんだよお二人さん」

 突然背中を叩かれ、ラゼルは後ろを振り向く。

「ガイル。何、人の背中に回ってんだよ」

「うぉ、気づかなかったとは。二人の世界に突入してた、てか?」

「ばーか」

 こうやって悪態をつき合うのも、懐かしい。


 そうしていると、ガイルの横からアスターが顔を出した。

「愉しんでるところ悪いが。ラゼル。これはどういうことだ?」

「どういうことって?」

「城の入り口で魔女の声がしたんだ。村を返すと。信じていいのか?罠じゃないのか?」

 アスターが神妙な顔でそう言えば、隣のガイルやレディナも口を引き締める。


 彼らが何のつもりでここに来たのか、詳しいことは分からない。ただ、アスターは、こちらの都合の良い様になっているのはおかしいと思ったのだろう。

 ラゼルもまた、おかしいと思う。魔女の思惑が分からない。


 しかし、変な懸念は止めようと思う。魔女は獣に似ていた。襲われれば牙を向き、逃げ出されたら追いかける。鏡のような人。

 どういうつもりで自分を村に返すのか分からないが、それを好意と受け取れば、きっと好意で返す人なのだと。そう信じていよう。


「罠じゃない。俺は彼女を信じるよ」

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