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村の祭り 3

 今年の祭りは例年より遅れてしまった。


 秋も深まり、だいぶん肌寒くなった朝。十数名の若者が村の広場に幾つもの櫓や柱を建て、そこからランプの付いた紐を渡していた。



「おお。すげー」

 立てた柱によじ登り紐を結び付けていたラゼルを見上げた小さな子供が数人、そう感嘆の声をあげた。この子供達、彼らもまた結構なワルで、この柱に登り始めた。

「おい。馬鹿。倒れるだろ?」

 言っても聞かないこの子供。ラゼルは笑って柱から滑り落ち、先頭で登っていたふとっちょの鼻を潰してやった。


 特に夕方までに催し物のないこの祭り。村人は広場に集まっては思い思いに過ごしていた。

 思い思いに過ごす、となると、大概は酒を飲んでいた。田舎者の特色か否か、みんな酒好き。

 今日は特別な日。

 だからこそと尋常でない量を飲み、倒れ掛かっている者も数名いたり。

 ラゼルもその中でよく飲んだ。昔なじみの仲間からよぼよぼの婆の所まで渡り歩いて談笑する。ラゼルはサービスを愉しんでする性格で、時には酒や料理を運ぶ役を買って出ていた。




 そうしていると、レディナとばったり会うことになってしまった。

 新しい酒を持ってこようと、ある家の台所にまで入ったときだ。彼女は三角巾を頭に巻きつけ、料理を盛り付けていた。

 たった一人で台所に立つその姿を見つけただけで、ラゼルは胸を震わせその場に立ち竦んでしまった。何の躊躇もなく声をかけていたのはついこの前のこと。それが嘘のよう。


「あ、ラゼル」

 振り向き声をかけるレディナ。それでラゼルも腹をくくった。

「レディナは働き者だよな。こんな祭りの日まで。手伝おっか?」

 平静を装って、レディナの傍まで近づく。

「うん。ありがと」


 笑顔をラゼルに向けるレディナ。彼女の屈託のない笑顔にラゼルの心はぐらりと揺れた。

 これは、彼女が自分に気があると知って戸惑っているのか、この間の不確かな約束に後ろめたさを感じているのか。なんだか良くわからない。


「これ、レディナが作ったのか?」

 料理は、燻した兎と芋のサラダ。ラゼルが兎の肉を切り出す間、レディナは葉野菜をちぎって散らしていた。

「私、さっきまでひたすら芋を潰していたの。腕が疲れた」

 それを聞いてラゼルは笑う。でもすぐに笑うのをやめ、レディナに聞こえないくらいの小さなため息をついていた。


 レディナは次に、木の実を料理の上に散らす。その周りをスライスした肉で飾っていった。

 ラゼルはこの場に緊張していた。普段レディナとはどう接していたのだろう。その場面を一つ一つ思い返しながらでないと、うまく口が利けなくなってしまいそうだ。




「それじゃ、これ向こうに持ってくね」

 そう言って、ラゼルは料理の皿を持ち上げる。その瞬間、レディナが彼の服の裾をぐいと引っ張った。

「何?」

「ねぇ、ラゼル? あなた、ダンスパーティで何するつもり?」


 ダンスパーティ。夕方からの催し物だった。村の少ない楽器でのささやかな音楽をバックに、男女が手と手を取り合って踊る。しかしラゼルはこの場で女と踊るより、笑いを取るほうに務めていた。


「ああ、棒踊り」

「やっぱり……」

 レディナは頭を抱えた。


 棒踊りは、長い棒を何人かで支えた上によじ登りそこで踊るという、ラゼルが発案したものだった。今のところ、これが出来るのはラゼルしかいない。というか、誰もやろうとしない。


「ね、今年は私と踊らない?」

 真剣に見上げるレディナ。ああ、やっぱりこういう場面にぶち当たったか。そう思うと体がこわばった。

「棒を支えるみんなだって誰かと踊りたいでしょ?」

「まぁ、そうかもしれないけど」

「ううん。そうに決まってる。みんなラゼルに付き合ってるだけなのよ」

 こういうときレディナは勝ち誇ったような小生意気な顔をする。自分の発言が正しいと思っているからだ。でも、嫌味には感じない。

「わかった。今夜はレディナに付き合うよ」

 そう承諾する。祭りの前、安易な約束をしたことへの後ろめたさも少しばかりはあったが。

「本当?」

 レディナは、驚きの後、最上の笑みをラゼルに向けていた。



+ + + + + +



「うわ! 嘘だろラゼル。お前もか?」

 昼間とは打って変わり、ランプに明かりのともった夕方の広場。そこに、着飾ったレディナとラゼルが手をつないで現れたから、仲間の一人が嘆いた。


「いや。ゴメンなー。今日は棒踊り出来なさそうだ」

 なんとなく、ラゼルは頭をかく。


 そこに、近くで集まっておしゃべりしていた女の子二人組が参入してきた。

「えー。今年は棒踊り無いの?」

「楽しみにしてたのに」

 彼女達も相手が決まっているのかどうかは知らないが、一応は着飾ってきている。

「ゴメンな」

 また、その場の雰囲気で何となく謝った。隣でラゼルの手を握り締めるレディナの顔は、ちょっと誇らしげだった。




「それはそうと、聞いたか? ラゼル」

 突然、赤毛のガイルがラゼルの肩に寄りかかって来てそう言った。幼い頃からラゼルの一番すぐ後にくっ付いて来ていた少年だ。

「なんだよ」

「ステイとアイリーンが今夜踊るんだってさ」

「へぇ、そりゃおめでとう」


 すると、周りの仲間達も沸き立った。

「だー! やっぱ余裕だなラゼルは!」

「あのステイだぞ。ぬぼーっとした地味顔で、あーんな美人のアイリーンお嬢と手と手取り合って踊るんだよ」

「私もそれ初めて聞いた。アイリーンって奥手そうだったのに、やるじゃん」

 レディナが間に入って言った。

「ステイだって完全な奥手だよ、あの男は」


「でも私、お似合いだと思うのよね、あの二人。アイリーンだってステイに負けないくらいボーっとしてるわ」

 と、女の子二人組みの内の勝気な方が言ったら、茶髪の少年がふてくされた。

「そんな風に言うなよ。俺アイリーンお嬢のこと狙ってたのによぉ」

 ふてくされ方があまりに情けなかったので、ひとしきり皆で笑ってやった。


「じゃあ、こいつはともかくとして、皆は今夜の相手決まってたりするわけ?」

 何気なくラゼルは言ったが、そのおかげで彼は仲間から冷たい視線を浴びてしまう。ガイルがラゼルの後ろに回り、彼の首に腕を回してぎゅっと締めた。

「わかってないだろお前」

「そうそう、決まってたら僻んだりするもんか。ちくしょー」

 そんな中、「ちょっと、私のラゼルに変なことしないでよ」とレディナが言ったもんだから、ラゼルは一層強く締め付けられた。

「いい加減にしろお前ら!」

 女の子二人は、この状況にクスクス笑っていた。

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