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魔女との対峙 2

 村長はやはり、村人総出で魔女の城に出向く、その意見に良しと言わなかった。

 しかしその後、彼の心境の変化を、アスターは知ることになる。


「今、お邪魔してよろしいか」

 それは、ナジスが真実を打ち明けた三日後のこと。教会に訪れたのは、彼の息子、アーディスだった。アスターは会釈し、彼を中に招き入れる。


「また、雪の降りそうな雲行きをしていますね、今日は。そんな日にわざわざ……」

 アスターは暖炉に薪をくべながら、そんな会話を振った。アーディスがここに来るのは珍しいことだった。


 ふと振り返ると、外套を脱ぐことなくつっ立っている彼を目にする。父親に似て無愛想な男だと思った。

「じき、温まります。お掛けになったらどうです?」

「ああ、申し訳ない。ただ、用件を伝えに来ただけなのですが。気を使わせてしまって」

「用件?」

 アーディスは頷き、続けた。


「近いうちに、村人の幾人かを集めて魔女の城に出向かせる予定です。魔女の出方、魔女の考え、そういったものを見るために向かう」

「つまり、様子を見ると?」

 はい、と言ってアーディスは頷く。


「俺もそれに同行する。俺の役目は、父の代わり。魔女の城への道は今現在この二人しか知りませんから。それに、あなたも」

 俺も? とアスターは自分を指差す。

「これについては、あまり他言はしないように。もちろん、父の、村長の考えです。向かう日は追って連絡します」

 アーディスは、本当に用件だけを言って帰ってしまった。


 どうやら風向きが変わったようだ。ナジスが動き出した。それはとても大きなこと。




「俺もそれ、行くことになった」

「え、嘘。レディナも行くってのは聞いたけど、お前も?」

 アーディスが訪問したその日のうちに、ガイルたちも教会にやってきた。そこで、魔女の城に赴くその話になった時に、ステイがぼそぼそと何事か告白し、ガイルが素っ頓狂に驚いたのだ。

「何だよそれ。じゃあ、この中で、俺だけ仲間はずれ?」

 ナーダムが腕を組んでふてくされた。

 この中で近々魔女の城に向かうのは、アスター、ガイル、ステイの三人になる。


「あのな、そんな良い物でもないと思うよ。下手すれば四十年前の二の舞だろ」

「ガイル。じゃ、何のために俺たちコテイカツドウしてたわけ? このためじゃなかったのか?」

「署名活動、な」

「あー。何かコテイカツドウで固定で良いんじゃない? 言い慣れちゃった」


「でも、今回は武器を持っていくわけじゃないし、目的も違うし。四十年前とは状況が違うと思う」

 最後に、またぼそぼそとステイが言った。残った三人の男は顔を見合わせる。

「確かに、な」

「でも、魔女の考え一つでどうにでもなっちゃう命だろ? 俺らの命って……。様子を見るにしても、上手く交渉しないと」


 ガイルは確かに、ラゼルを救うため、魔女との和解を望んでいた。しかし、実際に対峙できると分かったこのとき、彼は魔女の恐ろしさを思い起こしたのだろうか。葛藤の中、彼は唇を噛む。

 ガイルの言葉を聞き、ステイも目に影を落とした。ナーダムは気を使ってか、場を盛り上げようとしては、言葉を詰まらせていた。


「魔女は、話せば聞いてくれる理知的な女性じゃなかったか?」

 そう声を掛ければ、ガイルとステイは顔を上げる。

「そう信じて話し合うべきじゃないか? 彼女は決して、安易に怒ったりするような人じゃない。それに、村長の話を思い出せ」


「それ、村長が悪いんだろ? 命乞いなんかして……」

 そうガゼルが言うと、突然アスターが彼の頭をはたいた。

「他人を信じてこそ心の目が開かれる。他人を信じなさい。そして、己の過ちに気づきなさい。これはアースラ様の教えでもあります」


 三人の少年は、呆然と、神妙に語るアスターの顔を見つめた。そこで、ステイが口を開く。

「確かに、村長ばかりが悪いわけじゃないよね。だって、村長はその時、そうするしかなかった」

「そうです。それに、悪いように見えてそうでもない人、被害者に見えて事の原因を作りだした人もいる」


 少年達は互いの顔色をうかがった。彼らは気づき始めているだろう。どうして魔女がこの村を脅かしているのか。

「魔女は、突然自分の城に武器を持った人たちが現れて、びっくりしたと思う」

 ガイルが言った。

「そりゃそうだよ。それまで、近くの森に魔女がいるなんて皆知らなかったんだろ? 静かにしてたところに自分を殺しにやってきたんだ。やり返すのは当然」

 これはナーダム。

「魔女は、村長の怪我の手当てをしていたよね。本当は優しい人なんだと思う。そう言うの、ほっとけないんだよ」

 最後に言ったのはステイだった。


「わかったろ? 魔女は悪魔じゃない。信じようじゃないか」

 アスターが笑いかければ、少年達も目に光を取り戻した。

 そう、信じていよう。そうでなければ、この度のことはまるで意味を成さない。




 その日の早朝。いや、まだ日も昇って間もない頃。魔女の城へ向かうメンバーが集まった。

 集まったのは、アーディス、アスター、ガイル、レディナ、ステイ、それにラゼルの父アデレン。ナジスも現れたが、老体のため、まだ雪の残るこの時期に城に向かうのは控えると言う。


「これだけ?」

 思わずガイルは声を上げる。

「これだけで良いんだ。大人数で行っても、良く思わない者もいるだろうし」

 アデレンがガイルに諭すように言う。


「多かろうが少なかろうが、良く思わない者にはどちらも変わらんだろう」

 アーディスが腕を組み、威圧的に他の面々に言い放った。

「他に気づかれないのが目的だ。騒がれても困る」

 ナジスがアーディスに続けて言う。早く行けとのナジスの命令に従い、六人は森のほうへと歩を進めた。


 まだ日の光もまともに届かない、薄暗い時間帯。足元も良く見えないのに、雪が地面にへばりつく道を歩くのは、重労働だ。出発して間もないのに、レディナが一度転んでいる。


「日が昇るのを待ったほうが良いのでは?」

 アスターが言うと、アーディスは首を振って返した。

「待つまでも無い。もうすぐ魔女の城の前に着きますよ」

「もうすぐ?」

「この辺なら、良く来るよ。秋は木の実を拾いに来たし」

 レディナは訝しげに辺りを見渡した。


「魔女は普段、城の姿を人には見せない。魔女が道を開くか、事故がある時でしか城は見えない」

「事故?」

「魔女の意思に反して、その存在を見せてしまう時があるらしい。四十年前、魔女の城に行けたのも、その事故であったと父は言います」


 その時、先頭を行くアーディスの動きが止まった。枯れ草を掻き分けたまま、何を言うことも無く、ただ立つ。

 周りの面々も、彼の行動が気になり、横に並んで草に手をかけた。

 日は東の空と遠くに見える山の狭間にあり、辺りには薄っすらとした日光が染みて来ている。そして、その光に浮かび上がるそれを、見た。


「確かに、城だな」

 アスターは呟いた。幾本もの細長い塔が並び、八辺ほどある大きな屋根を持つ。昔、都の郊外で見たことのある城となんら変わらない形だった。

「これは事故かしら」

「さあ。しかし、魔女は俺たちがここに来るとは知らないだろうし」

「事故、か」

「行くの?」

 ガイルが聞くと、アーディスは神妙に頷いた。

「そのために来た。まずは魔女に会わないと」


 アーディスが見渡せば、そこにいる面々は彼と顔を見合わせるたび首を縦に振る。互いの覚悟を確かめ合った。

「魔女を信じて、魔女の話を聞きましょう。俺たちの話はその後で」

 それは彼がガイルと見合わせた時、少年の口から出された言葉だった。アーディスはこの件について、どう進めようとしていたのかは不明だが、この言葉に目を丸くし、すぐに納得したように頷いた。

「そうだな、そうしよう」

 その瞬間、ガイルの口がほころんだ。

「はい」

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