影追い 6
「なんだよ、それは。村長のせいってことか?」
誰もが息がつまり、沈黙を決め込んでいた所に、一人若い男が立ち上がった。
「俺、この間の祭り、凄い怖かったんだ。俺が選ばれたらって……」
それを皮切りに、あたりは騒然となる。ナジスを非難するために村人達は立ち上がった。
「そうよ! どうしてそんな言葉一つで。それで連れて行かれた子達はどうなるの?」
「ナジス。なんて事を!」
「この村を、自分だけの村だとでも思っているのか?」
「確かにお前は昔からちやほやされていた。村長になれる力もあった。だからってなんでも一人で決めて良いって事はないだろう!」
主な批判は、老人達の口から出だされた。自分たちにさえ知らされなかった真実。それが許せないのだろう、いらだつ彼らは、次第に声を大きくしていった。
怒声の中、戸惑ったのは若い方だった。真実が知らされず当然の彼らは、年寄り達の声にまた、微かな苛立ちを感じた事だろう。
余所者のアスターもまた、そんな声が耳障りだった。
今更真実を知らされ、あっけに取られるのはわかる。村を左右した重要な事実を一人抱えていたナジスに怒るのもわかる。
だからって、今魔女に最も抑圧される若者を置いていくのか。ただ、苦しみを呼び込んだナジスを、自分たちに真実を伝えなかった彼を責めるだけなのか。
そもそも、ナジスを始め、過去に犯した過ちをそのままにして、若者に迷惑をかけているのは自分たちではないか?
「言い争って何になりますか!」
アスターは声を張り上げる。
それで一瞬は静かになったが、しかしすぐに声が上がった。
「余所者が口を挟むな!」
「そうだ。この村を、何も分かりもしない奴が」
「分かりませんよ!そうやって意地を張って隠すならなおさら!」
言えば、声を荒げた人々は言葉に詰まった。
「ですが、私はこの村が好きです。今後も、村とともに生きていこうと決めています。そう思う人の意見は聞き入れて下さらないのですか?」
アスターはナジスに向き直る。
「村長。ただ肩の荷を下ろしたくて、過去を明かされた訳ではないのでしょう? 非難されるのを覚悟の上で、このお話をされたのですから」
ナジスは、はぁとため息をついた。両腕を組み「まだ話はある」と言い、しわの寄り集まった顔にさらにしわをよせた。
あたりはまたざわつくが、ナジスが孫娘のレアを呼ぶと、一旦収束する。
「署名を集めていたそうだな」
呼ばれて立ち上がったレアは、祖父の問いに首を振った。
「始めたのはガイル達だから」
今度はガイルが立ち上がった。
「ラゼルを助けたかったんです。ただ、それだけなんですけど……」
戸惑いがちに言えば、ナジスは首を振り「知っている」と呟く。
「しかし、ラゼル一人のために、村人全員が危険にさらされることなど、あってはならんのだ」
威圧するナジスの一言に、ガイルは肩を落とす。
そんなもの、分かりきっている。ガイルだって、誰だって、魔女がどれだけ危険な存在かは十分承知している。
知った上で、この現状を変えようと彼らは動き出した。その導き手はラゼル。だからこそラゼルを助けたかった。
「村長」
アスターはガイルたちに助け舟を出そうと、ナジスに呼びかけた。
ラゼルの思い。これから村はどうするべきなのかを伝えるためだ。
しかしそれを遮る声があった。
ためらいのない澄んだ声で「村長」と呼ぶ少女。レディナだった。
「ラゼルは魔女を倒すつもりで城に向かったんです。それ、村長もご存知でしょう。村を救うため。ラゼルは、無茶と分かっていながら……」
彼女は、そこで言葉を切り、うつむきがちに首を振った。
「もう殺されているかもしれない。それでも、助けたいんです。ただラゼルを救うんじゃなくて、ラゼルの一助になりたい」
レディナは一呼吸置き、もう一度「村長」と呼びかけた。
「村のこれからの為に、最良とラゼルが思い込んでた道は、極端でこの上なく危険でしたけど。彼の正義は、村の為にありました。村の為に、私は、私が出来る範囲のことをしたい。ラゼルの意思を継ぎたい」
レディナの黒髪が揺れた。「村長!」そう呼ぶ声は強くはっきり耳に届いた。アスターからは背中しか見えなかったけれど、その姿勢から、彼女の眼差しの強さが伝わった。
「お願いします。魔女の城に行くの、許してください」