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影追い 5

 その日は陽気だった。昨晩は大雪で、家の中で凍えて過ごしたというのに。積もった雪は溶け、道は滑りやすくなっていた。ぬかるみにはまった老婆を、娘らしき女が助け起こし、列の中に戻った。


 教会へと続く列は、突然の村長の呼び出しに応じた村人のもの。困惑しながらも、とにかく教会へと足を運ぶ。

 老人達のほうは、どうやらこの日を待っていた様子だった。足腰が悪いのに、行くと言って聞かない。

「やっと、強情なナジスが話す気になったのよ。ちゃんとその口から聞かなきゃね」

 祖母の話を聞き、ガイルは神妙な顔になる。

 ナジスの心が変わった。それを喜ぶべきか、どうなのか、ガイルにはわからなかった。




「これから私が何を話すのか、察しがついている者もいるかと思う」

 教会の中。床に座った村人を前に、ナジスはこう話を始めた。堂内には、不思議そうな目を彼に向ける者がほとんどだった。首をくねらせる者、周りと小声で何事か話す者。真剣にナジスを見るのは年寄りばかりだった。そんな人々をいちべつした後、ナジスは眉間にしわを寄せる。


「魔女のことだ」

 目をつむり、ナジスは一呼吸する。

 彼の真後ろには、同じように目をつむった女神アースラの壁画がある。礼拝堂の扉からその姿を真正面に見ていたアスターには、ナジスとアースラが同化して見えた。


「私は、どうして今までこの事をひた隠しにしてきたのか。まずは、謝ろう。すまなかった」

 ナジスが頭を下げると、村人達はざわめいた。コソコソと、こそばゆい囁き声があたりを満たす。頭を下げることなどめったにない人だから。

 ナジスが再び顔を上げれば、声は一斉に静まった。その頃には、ここにいる者全てがナジスを真っ直ぐに見ていた。




「四十年程前のこと。我々が魔女に挑戦するよりも少し前、私は彼女に会った」

 そう言って、ナジスの話は始まった。


 当時、彼は結婚を近くに控えた青年。家の用事で山菜取りに出かけたところ、崖から転落してしまった。

 腕と片足に怪我を負ったものの、歩けないことは無かった。しかし、転落したことで、見たことの無い、見当も付かない場所に放り出されてしまったと言う。


 何とか村に戻ろうと彷徨い歩いていたら、碧玉色の大きな屋根が見えた。魔女の城だった。


「どうして村近くの森の中に大きな屋敷が分からなかったが、取りあえずは助けてもらおうと門を叩いた。そこから出てきた女は輝くばかりのプラチナブロンドで、その美しさに、私は声が出なかった」


 彼女は黒い巨人を幾人か連れて、ナジスに近づいた。怪我を負ったナジスの片腕を取ると、手当てするよう後ろの巨人に命じた。物の数秒で薬を塗られ、包帯を巻かれ。女は『帰りなさい』と言ってナジスに手をかざした。

 次の瞬間には、良く見知った村の近くにいたと言う。


「私はしばらく、そのことについては黙っていようと思っていた」


 しかし、ぽろっと口にしてしまった。若者ばかりが集まった宴席でのこと。その時、ナジスの話を聞いて誰かが言った。


『プラチナブロンドの魔女と言えば、闇の王の妻のことじゃないか。お前だって知ってるだろう、なんで黒いプラチナなんて風習があるのか』

 かつてルンドブックを恐怖に陥れた闇の王。彼もプラチナブロンドだったが、その妻もまたプラチナブロンドの魔女だった。その名はディアナ。史上希に見る悪女と呼ばれた。


 それからが速かった。いつの間にか、男を要求してくるだとか、村を逃げ出すと恐ろしい制裁が下るとか、そんな噂が立ち始め、魔女を倒そうと言う方向に話が進んだ。

 ナジスも後に引けなくなり、魔女の下へ武器を携え出かけることになった。




「その後は、皆も知っての通りだ。我々は魔女に敗れ、多くの死者を出した。私もまた傷を負い、立つことすら出来ない状況に追い込まれた」


 その時、魔女が現れた。豊かなブロンドを揺らし、這いつくばる男に歩み寄った。惨めな姿の彼を見下ろす目は、彫刻の様に硬く、一切の感情の動きを示さなかった。


「情けないことだが、私はあまりの恐ろしさに、命乞いしていた」


『許して……許してくれぇ! 我々が愚かだった。ただ、ただ、怖かっただけなんだ! 皆、ただあなたを恐れていた。だから、だからもう、これ以上は何もしないでくれ』


 打撲した腕を抱えながら魔女にすりより、懇願する眼差しを向けながら、男は何度も何度も頭を下げた。体のいたるところを痛めたためによろめき、頭で何度も土をえぐってしまう事もいとわなかった。


 しかし魔女の目は冷えて固まってしまった様に、何の反応も見せない。

『我々が出来ることなら何でもします。だから、もう、もう、許してくれぇ』

 するとようやく、魔女は言った。


『ならば、貴方達が恐れていたことを現実にしましょうか』


 それこそが村の命運を決定した言葉。事は、悪い方へと転がっていった。




「私は、そう言った魔女の顔から目をそらすことが出来なかった。それくらい、恐ろしい、この人生で見た中でも最も冷酷な微笑だった」

 そうして村は、五年に一度、若い男と宝石を差し出すことになった。村に生まれついた者が勝手に出てゆくことも出来なくなった。

 村は魔女の元にひれ伏した。

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