表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/32

冬の訪れ 4


「いやぁ、降るとはなぁ」

 ちょうど、礼拝堂の暖炉に火を灯した所だった。教会にわらわらと入ってくる連中がいた。

「雪、降ってきたのか?」

 扉の前で雪を払っていたのは、ラゼルと良くつるんでいた少年達だった。

 窓の外を見れば、雪がはらはらと落ちてきていた。


「そうですよ。初雪じゃないですかね。冷えると思ったら……。あ、暖炉当たらせて下さい」

 そう言って、茶髪のナーダムはこちらまで走ってきた。

「あ、ナーダム、お前!」

 残された二人も彼を追いかける。

 三人揃って、暖炉の前にしゃがみ込み、手をさすった。ここも冷えているし、外はだいぶ寒かったのだろう。


「何か用があって来たの? それとも俺の話を聞きに来た?」

 少年達がひとしきり暖を取った頃、アスターは暖炉そばの壁に寄りかかり、問いかけた。彼らは一斉にこちらを見上げる。口火を切ったのは赤毛のガイルだ。

「アスター司祭、この頃良く村長の家に行くんですってね」

 この質問に、アスターは一呼吸置く。いつか聞かれるかとは思っていた。



 もう村を脅かすのは止めて欲しい、村の男達を返して欲しい。そう魔女に願い掛けるべきと、ここ一月村長に訴え続けていた。

 魔女だってわからずやではないのだと、例えわからずやでもそうでないと信じるべきだと、彼に何度言ってきたか分からない。しかし、頑固な爺は口を閉ざしたまま頷きもしなかった。



「良く知ってるね。そうしょっちゅう行っている訳じゃないのに」

「まぁ、ね」

 ガイルが頬を掻くと、そこにナーダムが被さった。

「気づいたのはガイルじゃないです。初めに気づいたのはレア達で、どういうことだろうって、俺達に話してくれたんですよ」


「さすが、女の子。よく気がつくもんだね」

「女だからどーとか、そんなの関係ないですよ。気づいたってのも違うし」

 言いながら、ガイルはまとわり付くナーダムを突っぱねた。

「レアは、村長の孫だから。村長の家に遊びに行った時、偶然アスター司祭が来てて、それで話を聞いちゃったんだって。ばあちゃんに聞いたら、良くあんな話をしに訪れるって言ってたらしいよ」

 村長の家でレアに会った記憶は無いが、どこかで見られていても不思議は無い。小さな村の事だ、そもそも誰が知っていたとしてもおかしなことではない。


「そうか。話、聞いてたのか、レアは」

 アスターが頭を掻くと、少年達は揃って立ち上がった。

 その面持ちは妙に真剣で、アスターは面食らってほころばせていた口をにわかに固くした。

「内容は、俺達もレアから聞きました」

 アスターが村長にどんなことを話していたか、それを彼らは確かめた。



 魔女もわからずやとは限らない。

 恐れることは止めよう。

 村人総出で出向き、誠意を示した上ならば、きっとこちらの願いを受け入れてくれる。



「魔女、案外優しいんじゃないかって、俺も思います。これまでだって、村を苦しめてきたって言ったって、そこまで非道だとは思えないし」

「うん。今まで村は闇雲に魔女を恐れてきていたけど、俺、初めて、それが馬鹿らしいって思った。魔女のこと、良く知りもしないで。どういう風に怖いのかって聞かれても、答えられないもん」

「ラゼルは、魔女のこと知ろうとしてたよ」



 そう。村人に魔女について聞いて回ったのは、アスターの知る限りではラゼルだけ。そう言うことを聞くものじゃないと、周りの大人たちに叱られても、彼はへこたれなかった。大概の子供ならおとなしく言うことを聞いてしまうだろうに。

「あいつは、ずっと前から、ただ恐れるのは馬鹿らしいって思ってたのかな」

 見るからに内気なステイがぼそぼそと発言すれば、残った二人の顔が引き締まる。



「アスター司祭。俺達、司祭の話をちょっと聞いただけだけど、それが最良の道だと思ったんです」

「魔女を恐れるのも馬鹿らしいし、それが習慣づいちゃってる村も、どうかしてる。それで、村の皆にも聞いたら、結構共感してくれるんじゃないかって思ったんです。魔女に、もう村を脅かすのは止めてくださいとお願いすれば、きっと聞いてくれる。……って、そう言ったのは俺じゃなくてステイなんだけど」

 と、ガイルはステイの肩を叩く。


「前に、司祭が話してくれましたよね。都でコテイカツドウしたって話。それをやろうってことになったんです」

「みんな、自分の名前くらいは書けるしさ」

 アスターはふっと笑った。

「署名活動、だね」

 そう言うと、少年達は「そう、それ」と、今思いついたように指差した。


「村中から沢山コテイを集めて、それで、村長に突きつければ良いんです。皆同じ意見なんだって。村長も首を縦に振ってくれると思いますよ」

 ガイルが両拳に力を入れて話す。キラキラと目を輝かせて。他の二人もまた、彼と同じ目をしてこちらを見上げる。


 アスターは「コテイじゃなくて署名な」と言ってその場をごまかす。が、少年達は彼に答えを求めていた。それじゃあ、やってみるか。そうやってアスターが腰を上げるのを見込んで、彼らがこの話を持ちかけてきたのは、簡単に察せた。

 だから返答に困った。少年達は、絶対出来ると信じ込んでいる様子だった。それも、アスターが加われば百人力だとでも思っている、そう感じる。


 少年達の話は何とも青臭かった。皆同じ意見、そんなことはありえないだろう。アスターには、一体どれだけの村人がその意見に賛同するのか、集まっても数人じゃないかと言う懸念があった。それは、闇雲な懸念じゃない。


「無理だろうな」

 真顔になってそう言えば、少年達の顔がゆがんだ。

「え、どうして」

 ガイルだけが、口をぽかんと開けてアスターを見上げる。後ろの二人はお互いの顔を見合わせ、目を泳がせる。


「ほとんどの村人は、村長の意見に従うだろう。魔女に支配される中で、ずっと平穏を保っていられたのも彼のおかげと言って良い」

「でも、このままじゃいけないって思っている人も、いるでしょう。村長の考え方が古いんです」

「あのな。俺達がやろうとしていることは、冒険だ。魔女に下手なお願いをして、魔女が怒りでもしたら、どうなるか」


「それは、不安に思わない人はいないだろうけど。でも……」

 口ごもり俯くガイル。彼を見下ろし、アスターはそれまでの険しい表情を解いた。微笑んで、「考えてみなさい」と言った。

「どうして四十年もの間、誰も馬鹿らしいと感じることなく、魔女に恐れ、従っていたと思う? 魔女の恐ろしさを誰よりも知る人が、村を守るために、頑なに、魔女の言うままにしろと言っている。村長は、二度同じ惨事は繰り返したくなんだ」


 村長の家に赴き、ただ自分の主張をしていただけじゃない。村長ナジスの想いも、話の合間合間から汲み取っていた。そしてその想いを前に、アスターは、こちらの意見が間違っているかも知れないと、思うようになっていた。


「でも、そう思ってるのは村長だけかも知れないし」

 少年達も、過去にナジスが魔女に挑み、命からがら帰ってきたことを知っている。

「だからさっき言っただろう。村人は、村長の言うことを良く信用する。それは、村長がそれだけ村を想う人だからだ。俺達のように、思いつきで行動しようとする奴の話なんか、だれが聞こうとするだろう」

「思いつきって……」

 ガイルは口を挟もうとして、けれどもやっぱり口ごもる。彼も本当は分かっているのだろう。


「確かに、思い付きだよな。俺ら、アスターに共感しただけだし」

 ガイルの後ろでナーダムがぼそりと呟く。

「司祭も、思いつきだったんですか?」

「まぁね。でも俺は、余所者でもあるから。村を軽く見ていると思われるだけだろう。所詮俺達の力では無理なんだ。でも……」


 その瞬間、ぽっとラゼルの顔が浮かんだ。

 ラゼルは、魔女を倒そうと、幼い時分から模索していた。その理由は、ただ魔女の行いが許せなかっただけかもしれない。そうなれば、その幼い目には、魔女に従い耐えるだけの村の姿が異常な物に映っただろう。

 ラゼルは、そこから目を背けずに、村を変えようと考えた。村のために、魔女を倒そうと心に決めた。


 思い返せば返すほど、幼いながらにそのような考えに至ったことは、驚くしかない。村のために。村人の幸せは自分の幸せ。そこにあったものは、村への愛情以外に無いだろう。

「でも、何ですか?」

「ラゼルが言うなら、もしくは……」

 そう言うと、少年達は顔を見合わせ、それぞれの顔に影を落とした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ