冬の訪れ 4
「いやぁ、降るとはなぁ」
ちょうど、礼拝堂の暖炉に火を灯した所だった。教会にわらわらと入ってくる連中がいた。
「雪、降ってきたのか?」
扉の前で雪を払っていたのは、ラゼルと良くつるんでいた少年達だった。
窓の外を見れば、雪がはらはらと落ちてきていた。
「そうですよ。初雪じゃないですかね。冷えると思ったら……。あ、暖炉当たらせて下さい」
そう言って、茶髪のナーダムはこちらまで走ってきた。
「あ、ナーダム、お前!」
残された二人も彼を追いかける。
三人揃って、暖炉の前にしゃがみ込み、手をさすった。ここも冷えているし、外はだいぶ寒かったのだろう。
「何か用があって来たの? それとも俺の話を聞きに来た?」
少年達がひとしきり暖を取った頃、アスターは暖炉そばの壁に寄りかかり、問いかけた。彼らは一斉にこちらを見上げる。口火を切ったのは赤毛のガイルだ。
「アスター司祭、この頃良く村長の家に行くんですってね」
この質問に、アスターは一呼吸置く。いつか聞かれるかとは思っていた。
もう村を脅かすのは止めて欲しい、村の男達を返して欲しい。そう魔女に願い掛けるべきと、ここ一月村長に訴え続けていた。
魔女だってわからずやではないのだと、例えわからずやでもそうでないと信じるべきだと、彼に何度言ってきたか分からない。しかし、頑固な爺は口を閉ざしたまま頷きもしなかった。
「良く知ってるね。そうしょっちゅう行っている訳じゃないのに」
「まぁ、ね」
ガイルが頬を掻くと、そこにナーダムが被さった。
「気づいたのはガイルじゃないです。初めに気づいたのはレア達で、どういうことだろうって、俺達に話してくれたんですよ」
「さすが、女の子。よく気がつくもんだね」
「女だからどーとか、そんなの関係ないですよ。気づいたってのも違うし」
言いながら、ガイルはまとわり付くナーダムを突っぱねた。
「レアは、村長の孫だから。村長の家に遊びに行った時、偶然アスター司祭が来てて、それで話を聞いちゃったんだって。ばあちゃんに聞いたら、良くあんな話をしに訪れるって言ってたらしいよ」
村長の家でレアに会った記憶は無いが、どこかで見られていても不思議は無い。小さな村の事だ、そもそも誰が知っていたとしてもおかしなことではない。
「そうか。話、聞いてたのか、レアは」
アスターが頭を掻くと、少年達は揃って立ち上がった。
その面持ちは妙に真剣で、アスターは面食らってほころばせていた口をにわかに固くした。
「内容は、俺達もレアから聞きました」
アスターが村長にどんなことを話していたか、それを彼らは確かめた。
魔女もわからずやとは限らない。
恐れることは止めよう。
村人総出で出向き、誠意を示した上ならば、きっとこちらの願いを受け入れてくれる。
「魔女、案外優しいんじゃないかって、俺も思います。これまでだって、村を苦しめてきたって言ったって、そこまで非道だとは思えないし」
「うん。今まで村は闇雲に魔女を恐れてきていたけど、俺、初めて、それが馬鹿らしいって思った。魔女のこと、良く知りもしないで。どういう風に怖いのかって聞かれても、答えられないもん」
「ラゼルは、魔女のこと知ろうとしてたよ」
そう。村人に魔女について聞いて回ったのは、アスターの知る限りではラゼルだけ。そう言うことを聞くものじゃないと、周りの大人たちに叱られても、彼はへこたれなかった。大概の子供ならおとなしく言うことを聞いてしまうだろうに。
「あいつは、ずっと前から、ただ恐れるのは馬鹿らしいって思ってたのかな」
見るからに内気なステイがぼそぼそと発言すれば、残った二人の顔が引き締まる。
「アスター司祭。俺達、司祭の話をちょっと聞いただけだけど、それが最良の道だと思ったんです」
「魔女を恐れるのも馬鹿らしいし、それが習慣づいちゃってる村も、どうかしてる。それで、村の皆にも聞いたら、結構共感してくれるんじゃないかって思ったんです。魔女に、もう村を脅かすのは止めてくださいとお願いすれば、きっと聞いてくれる。……って、そう言ったのは俺じゃなくてステイなんだけど」
と、ガイルはステイの肩を叩く。
「前に、司祭が話してくれましたよね。都でコテイカツドウしたって話。それをやろうってことになったんです」
「みんな、自分の名前くらいは書けるしさ」
アスターはふっと笑った。
「署名活動、だね」
そう言うと、少年達は「そう、それ」と、今思いついたように指差した。
「村中から沢山コテイを集めて、それで、村長に突きつければ良いんです。皆同じ意見なんだって。村長も首を縦に振ってくれると思いますよ」
ガイルが両拳に力を入れて話す。キラキラと目を輝かせて。他の二人もまた、彼と同じ目をしてこちらを見上げる。
アスターは「コテイじゃなくて署名な」と言ってその場をごまかす。が、少年達は彼に答えを求めていた。それじゃあ、やってみるか。そうやってアスターが腰を上げるのを見込んで、彼らがこの話を持ちかけてきたのは、簡単に察せた。
だから返答に困った。少年達は、絶対出来ると信じ込んでいる様子だった。それも、アスターが加われば百人力だとでも思っている、そう感じる。
少年達の話は何とも青臭かった。皆同じ意見、そんなことはありえないだろう。アスターには、一体どれだけの村人がその意見に賛同するのか、集まっても数人じゃないかと言う懸念があった。それは、闇雲な懸念じゃない。
「無理だろうな」
真顔になってそう言えば、少年達の顔がゆがんだ。
「え、どうして」
ガイルだけが、口をぽかんと開けてアスターを見上げる。後ろの二人はお互いの顔を見合わせ、目を泳がせる。
「ほとんどの村人は、村長の意見に従うだろう。魔女に支配される中で、ずっと平穏を保っていられたのも彼のおかげと言って良い」
「でも、このままじゃいけないって思っている人も、いるでしょう。村長の考え方が古いんです」
「あのな。俺達がやろうとしていることは、冒険だ。魔女に下手なお願いをして、魔女が怒りでもしたら、どうなるか」
「それは、不安に思わない人はいないだろうけど。でも……」
口ごもり俯くガイル。彼を見下ろし、アスターはそれまでの険しい表情を解いた。微笑んで、「考えてみなさい」と言った。
「どうして四十年もの間、誰も馬鹿らしいと感じることなく、魔女に恐れ、従っていたと思う? 魔女の恐ろしさを誰よりも知る人が、村を守るために、頑なに、魔女の言うままにしろと言っている。村長は、二度同じ惨事は繰り返したくなんだ」
村長の家に赴き、ただ自分の主張をしていただけじゃない。村長ナジスの想いも、話の合間合間から汲み取っていた。そしてその想いを前に、アスターは、こちらの意見が間違っているかも知れないと、思うようになっていた。
「でも、そう思ってるのは村長だけかも知れないし」
少年達も、過去にナジスが魔女に挑み、命からがら帰ってきたことを知っている。
「だからさっき言っただろう。村人は、村長の言うことを良く信用する。それは、村長がそれだけ村を想う人だからだ。俺達のように、思いつきで行動しようとする奴の話なんか、だれが聞こうとするだろう」
「思いつきって……」
ガイルは口を挟もうとして、けれどもやっぱり口ごもる。彼も本当は分かっているのだろう。
「確かに、思い付きだよな。俺ら、アスターに共感しただけだし」
ガイルの後ろでナーダムがぼそりと呟く。
「司祭も、思いつきだったんですか?」
「まぁね。でも俺は、余所者でもあるから。村を軽く見ていると思われるだけだろう。所詮俺達の力では無理なんだ。でも……」
その瞬間、ぽっとラゼルの顔が浮かんだ。
ラゼルは、魔女を倒そうと、幼い時分から模索していた。その理由は、ただ魔女の行いが許せなかっただけかもしれない。そうなれば、その幼い目には、魔女に従い耐えるだけの村の姿が異常な物に映っただろう。
ラゼルは、そこから目を背けずに、村を変えようと考えた。村のために、魔女を倒そうと心に決めた。
思い返せば返すほど、幼いながらにそのような考えに至ったことは、驚くしかない。村のために。村人の幸せは自分の幸せ。そこにあったものは、村への愛情以外に無いだろう。
「でも、何ですか?」
「ラゼルが言うなら、もしくは……」
そう言うと、少年達は顔を見合わせ、それぞれの顔に影を落とした。