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村の祭り 2

 今年は豊作。収穫をする人々の顔は、汗にまみれながらも楽しそうだった。豊かな冬を過ごせることが最上の楽しみだったから。


 黄金にきらめく小麦を刈り取り、穂から小麦の粒を落とし、その後小麦粉工場に運ばれた。工場の中では、大きな石臼が水車を動力にごうんごうんとうなりながら働いている。ラゼルはこの工場まで小麦を運ぶのが主な仕事だった。

 こうして精製された小麦粉は村を領土とする王国に献上された後、残りは村人で平等に分け合う。この時は村人全員が一所に集まり、分配会が行われる。家族構成に合わせて各世帯ごとに分配量を変え、また皆が認める功労者にはその量を増やしたりする。それがこの村の古くからの慣わしだった。


 ラゼルの本職は農家ではなく、狩人。

 捕った獲物はしょっちゅう村人に分けているのでこの分配会にも自信もって参加できるが、収穫を手伝うのはそれとは関係ない。多くの人が労働過多になるこの時期に手伝わないでいられ無い、とそんな考えがあるため。周りの人はラゼルの思惑を理解していて、今じゃ遠慮なく彼を使っている。



「重っ!」

 木箱を渡され、腰をガクンと落としたラゼルが言う。

「はは。つめすぎたか。今年は木箱が足りなくって」

 麦藁帽子のおじさんが笑う。

「それじゃあ俺、新しいの作ってこよっか?」

「そんなことよりどんどん運んでくれよ。人手が足りないんだから」

「まぁ、それもそうね。わっかりました」


 そうして、木箱をリアカーにのせて引っ張り、田舎の野道を進む。

 秋ともなると、日が落ちるのも早くなっている。

 あたりが夕日のオレンジの世界に染まるとすぐに皆仕事道具を片付け始めた。



+ + + + + +



 夜になると、村の集会場もかねる村長の家に十数人の、載った油もそろそろ落ちかけた爺たちが集まっては今後の事を話し合った。まあ、酒をすすりながらの宴会でもあったが。

 今後のこととはもっぱら、収穫が終わった後の祭りのことだった。

 この忙しい時期に話し合いたい事もそうそう無い。本音は酒飲んで世間話がしたいわけで。でも、祭りの話となると結構な盛り上がりを見せた。


「楽しそうにやってるなぁ」

 村長の家の窓からこぼれる明かりを見つめ、ラゼルはつぶやく。

「まぁた。ラゼルって昔からあの中に入りたがるよね」

 ラゼルの後ろから、黒髪を後ろに束ねた少女の顔がひょいと現れた。

「だってさ。楽しそうじゃない? 何話してるのか気になるよ」

「どうせ大したことじゃないわよ。爺のあつまりだもん」

「その爺だから面白いんだよ。大した事じゃないかもしれないけどさ」

「爺の話は脚色が多いのよ。昔話なんかさせると特に」

「んー。それは否めないけど。そこが面白いんだけどなぁ」


 一所から動こうとしないラゼルの片手を、少女レディナは「行こうよ」と引っ張った。

「だいたい、私を見送りに来たんじゃないの?」

「え、ああ、そうだった! ゴメンな」

 笑って頭を下げるラゼル。

「まったく」

 ぷくっと頬を膨らませて先を歩くレディナ。

「むくれるなよ」

 ラゼルは彼女に小走りでついていった。


 レディナはラゼルの幼馴染だった。

 我が強くて男勝り。昔からラゼル達男の子の後をひょこひょこ追いかけてきていたが、臆病な面もあり、付いていききれなくて泣くことも良くあった。ラゼルは彼女の泣く顔、むくれる顔を何度見たかわからない。

「そもそも、私ラゼルの家に何度も行ってるのよ。うちに帰るのだって慣れてる。わざわざ見送りなんていらないのに」

「まあ、レディナは女の子だからね」

「とか言って、どうせお母さんに言われたからやってるだけのくせに」

 図星だったため、ラゼルは苦笑した。


 レディナはついさっきまでラゼルの家で晩餐をしていた。

 というのも、仕事の終わった夕方、レディナからラゼルにねだってのことだった。ラゼルは断る理由も無いので迎え入れたが。


――これって、あれだよな。気があるってことだよなぁ……

 隣を歩くレディナを見下ろしながらラゼルは思う。


 今夜の晩餐だって、ラゼルの家に慣れているはずのレディナが妙に緊張していた風でもあった。

 ラゼルはこう言う状況に苦手意識を感じていた。別に女は苦手じゃない。常に男女関係無く楽しく話をする。けれど、誰かを恋愛対象として見ることは殆ど無かった。

 そんなわけで、本当に苦手。さっきから、何とかはぐらかして自分のペースに持って行こうと、そればかり考えていた。それくらい苦手。


「それはそうと、レディナ、もうすぐ収穫が終わるよな」

「また、話が飛ぶわね、あんたって」

「いや、だって、収穫が終わったら祭りだろ? あんなにご馳走食べられるのは祭りの日しかないもん。俺楽しみでさ」

 ラゼルが話せば話すほど、レディナは足を速めた。

 ラゼルはそれについて行く。

「レディナも何か作るんだろ?」

 すると、レディナは急に立ち止まった。

 ラゼルは不思議に思って彼女を見下ろす。


「ラゼルは明るいよね」

「え? あ、ああ……」

 レディナは振り返る。夜で良くわからなかったが、彼女は不景気な顔をしていた事だろう。声のトーンから大方想像できた。

「今年の祭りはあいつが来るんだよ?」

 あいつ、と聞いて胸に引っかかるものを感じる。五年に一度やってくるあいつ……。

「ああ、確かに、そうだね。でも、レディナは女の子だから関係ないだろ?」

「ラゼルは関係ある」


 レディナにしては低い声。

 そして、まっすぐ見つめる彼女の視線を感じて、ラゼルは胸にぷすりと針の刺さる感触を覚えた。

 レディナは自分を異常に心配している。そうさせてしまったことがいたたまれなくて、胸がうずいた。

「大丈夫だって。選ばれるのは村から一人だけなんだから」

 そう、ラゼルは笑う。


「でも、ラゼルは誰が選ばれようと、あの城へ行ってしまいそうな気がする。五年前のこともあるし」

 五年前。ラゼルはその言葉に一瞬囚われるが、すぐ振り払うように首を振った。

「そんなこと無いって。俺はここにいる。五年前のことなんか忘れたって」

「そう? そうなの?」

 急に声が明るくなったレディナ。ラゼルはほっとする。

「うん」

「本当に?」

「うん」

「本当に? 嘘じゃない?」

「だから、本当だって」


 それからレディナはうれしそうだった。家に送り届けたときも「おやすみ」と明るく手を振った。

 嘘を付いたかもしれない。


『どうしてあいつの言いなりになってるんですか? あいつに、あの魔女に!』

 五年前に言った、こんな台詞。

 あの時は気が高ぶっていていたけれど、忘れたことはなかった。

 五年に一度の祭りの日、魔女は必ずやってきて若い男を一人よこせと言うのだ。それに、宝石も用意しろだとか、村から勝手に出るなとか、言いたい放題。それが、幼いラゼルには納得できなかった。


『確かに今は無理かもしれない。だけどいつか力を付けてあいつの城に行く。それで、魔女を倒す!』

 そんな風にも言った。

 あの日のラゼルはそう決意していたのだ。後々揺らぐことになるとも思わずに。



 今、完全に決意が揺らいでいる今、どう転ぶかは自分でもわからなかった。

 約束通りここにいるかもしれない。


 レディナの言うとおり、一人悪魔の城へ向かっているかもしれない。

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