冬の訪れ 2
気が付くと、柔らかな感触が背中にあった。
毛布も掛けてあり、暖かい。
ベットに寝かされていると分かり、起き上がって周りを見れば、ラゼルは驚く。
ベットは広い上に、天蓋付き。それが置かれた部屋も尋常でない広さだった。壁際に置かれたタンスは遠く、それだって大きなものだろうと予想できた。
――ここは、魔女の城の一室?
気を失う前を考えれば、自分をここに寝かせたのは魔女しかいない。
それに、雰囲気を見れば、魔女に会った部屋とよく似ていた。あの部屋に比べてここは物が少ないが、壁や天井、床の色は同じだった気がする。日の光を取り込む窓については、あの部屋は特別大きかったのだろう、ここの物は小さかった。
ベットの足の方向には、暖炉があった。
日の光が入り込む今現在も、火が付き、ぱちぱちと、微かに薪の弾ける音が立つ。
また、自分の体を見れば、怪我をした右腕には包帯が巻かれ、ちゃんとした手当てがなされていた。服は、自分のものは脱がされ、代わりにゆったりとしたローブを着せられていた。
一体、魔女はどういうつもりだろうか。地下に落としたかと思えば、今度は裏を返したようなこの扱い。
魔女の行動の全ては、ラゼルにとっては謎だった。
とにかく、出られるところは無いか、自分の荷物はどこにあるかと、部屋中を探ってみることにした。
が、案の定、窓にも扉にも鍵がかけられていた。部屋にあったタンスを開けてみても、ラゼルの荷物はそこには無い。物が少ないだけにそれは明白だった。
気落ちして何もしない内に、日が落ち、夜は更けてゆく。
夜になったら、長身の《影》が食事を運んできた。毒でもあるんじゃないかと初めは警戒したが、やけになって食べてみると意外と美味しく、特に害があるものでは無かった様だ。時間が経った今、体に異変は無い。
ちなみに《影》と言うのは、初めに城に来たときホールで会った、真っ黒な影をそのまま剥ぎ取ったような物のことだ。きっと、これも魔物なのだろう。魔女が生み出し、小間使いにしているらしい。
今も部屋の入り、暖炉に薪をくべていた。
「なぁ、お前、魔物なのか?」
何となく話しかけてみたが、《影》は何の反応も示さない。口が利けないだけでなく、音も聞こえないようだった。
「何だ、つまらない」
しかし《影》は音が聞こえない訳ではないと、ラゼルはすぐ知ることになる。部屋の扉が開いたその時、動かなかった影の肩が微かに動いた。
それに、奴らはしゃべれるのだと言うことも知っている。
扉の方には、もう一体長身の《影》がいた。それは部屋の中に入ってきて、ぺこりとお辞儀をする。
「主人がお呼びですので、来てください」
《影》は、くぐもった低い声でそう言った。
+ + + + + +
「何を言ってるの。あれは私が遠隔でしゃべらせたのよ。あの子達に、人としゃべるなんて高等なこと出来ないわ」
魔女に聞いたところ、そんな答えが返ってきた。それに続く、人を馬鹿にした笑い声には、毎度の事ながら気に障る。
「ところで、あなた、剣を習ったことはある?」
突然、話ががらりと変わった。
「それが本題?」
「そのために呼び出したのよ。だから、習ったことはあるの?」
ここは、初めて二人が対面した部屋。
魔女は、座っていた椅子から身を乗り出してしつこく聞いた。ちょいと眉を吊り上げ怒ったような顔をして、それがまた村の少女達と大差なく感じられるから、何度戸惑ったか分からない。
彼女は、魔女なのに。
「あんな田舎に剣を使える人がいると思う? 俺はまだましなほうだろう」
「そうかしら。ハチャメチャな振り方してたじゃない」
魔女はまた椅子に深く座り、腕を組んだ。
「わかるのか? お前に」
「わかるわ。私には、ここに来る前の人生だってあった。その時、剣を振るう兵士なんて、嫌と言うほど見てたもの」
言いながら、魔女は手を上げた。
何だろうか? ラゼルは訝しげに思って、後ろを振り返る。これが、すぐ後ろに長身の《影》が立っていたのだから驚かされた。何の気配も感じなかった。
「剣を習いなさいな。若いから直ぐに上手くなるわ」
「へ?」
ラゼルがあっけに取られていると、《影》は二、三歩下がって、腕を回した。その一瞬の間に、何も握っていなかったはずの《影》の手は、一本の長剣を持つ恰好になっていた。
そして《影》は、剣を一度斜めに振り、その後素早い突きを繰り返した。それにラゼルは、ぽかんと口を開いて見入っていた。その動きは人の動きとは別物。野駆ける獣と大差ない。
「貴方も、それくらい出来るようになるわよ。どう? やらない? もっとも、怪我が良くなってからね」
ラゼルは、魔女が剣を習えと勧めるその行動に、あっけに取られるしか無かった。魔女の考えが、さっぱり見えない。そもそも、考えなんて無いのだろうかとも思う。
「剣を習って力が付いたら、俺はまた、あんたを殺しに行くよ」
正直なところ、それしか自分は考え付かないし、魔女もラゼルがそうする事ぐらい考えに入れているだろう。
すると、さっきまでの彼女の笑顔は見る見る変わっていく。眉を吊り上げ、毛を逆立てんばかりの形相で、椅子から立ち上がった。
「貴方はどこまで馬鹿なら気が済むの? 言ったわよね。貴方は私に敵わない、と」
無邪気で可愛らしいかった声は、低く地べたを這うようなそれに変わる。
まさかそこまで怒るとは思わなかったラゼルに、口を挟む余地は無い。微かに声を上げて、しまった、と思うくらい。
「貴方は私の言う通りにしていればいいの!」
そう怒鳴り散らされたと思えば、ラゼルの体は宙に浮き、急速度で後ろ向きに走る。廊下まで来ると、部屋の扉は、ばたんと盛大な音を立てて閉じられた。
廊下にしりもちをつき、そのままぽかんと間抜けな顔をするしかないラゼル。それがなんとも、情けない。
「ちくしょう! 何だってんだ!」
情けなさだけじゃない。魔女の腹積もりにさっぱり検討がつかづ、それがまたイライラさせる。全てを蹴散らそうと床をどんと拳で叩くが、それしか出来ないのかと思うと、空しかった。
本当に、魔女には敵わないのか。