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冬の訪れ 1

 秋も深まり、今年も教会の前には多くの枯葉が舞い落ち、地面の上にじゅうたんを作っていた。

 これが、人を通す道のところにまで作ってしまうから、アスターは毎朝、箒を手にこれを掃除することになる。晩秋の日課だ。


「アスター司祭」

 呼びかけたのは村の少女達だった。ラゼルと同じ年頃の少女達。防寒のための厚手の服が、彼女達をころころと転がる玉のように見せて可愛らしい。


「お一人でやってるんですか?」

 可愛らしい声が尋ねる。

「ああ。教会のことは俺が責任持たないとならないからね」

 ここは村の教会の前に伸びた道。この教会のたった一人の司祭は笑顔を返した。


「手伝いましょうか?」

 そう言って、三人の女の子は一斉に、背に隠していた箒を見せた。そしてにんまりと笑う。これには意表を付かれた。

「女の子の手を煩わせるわけにはいかないなぁ」

「あら、田舎の女は働くものなの」


 止める間もなく、彼女達は落ち葉を掃き始める。これが、こちらが指示せずとも、正確に道に沿ってやるので、口の出しようも無かった。


「家のほうは手伝わなくて良いの? まだ朝も早いのに」

「えー。司祭様、意地悪」

 勝気そうな赤褐色の眉を吊り上げ、レアは腰に手を当てる。


「何で?」

「昨日一晩、みんなで私の家に泊まってどうするか話してたんです。それで、とりあえずアスター司祭に相談しよう、て決まって」

 ね、とレアは回りに同意を求める。後ろの二人もうんうんと頷いた。


「とりあえずって、お手軽な存在なのか、俺は」

 ちょっと苦笑い。


「それで朝一で来たんですよ。司祭様、毎朝掃除してるから、箒を持って」

 今度は、朗らかな笑顔の絶えないリディアが言った。箒を持って来たのは、掃除でもしながら話をしようという魂胆だったのか。


「で、相談って?」

 聞けば、少女三人はお互いの顔を見合わせ、うんと頷いた。


「レディナのことです。レディナ、ラゼルのこと好きだったでしょ。ラゼルがあんなことになってから、ずっと家に篭ってるって知ってますよね」

「まぁね。でももうすぐ冬だ。その間なら篭ってても構わないだろう? 春になったらちょっとは気分も変わるだろうし」

「私達も、そう思ってました。でも彼女、凄いこと言うんですよ」


 聞いたところ、レディナは、ラゼルが帰ってくるまで部屋から出ないと言っているらしい。どうも、ラゼルは必ず帰ると豪語していたらしく、彼女はその言葉を一途に信じているのだろう。


「ラゼルも、無責任なこと言うよね」

「ラゼルだってさ、辛かったと思う。私、自分が同じような目に遭ったら嫌だもん」

「だけどレディナだって、辛いのに」


 確かに、無責任と見られても仕方ない。誰もが帰って来れなかった場所に行くというのに、必ず帰ると言われても信じられないだろう。


「ラゼルにとっては、軽々しく言った言葉ではないよ、それは」

「え?」と、三人の少女の顔が一斉にアスターに向く。

「本気で帰るつもりで言ったんじゃないか? ラゼルは」





 当人は本気でいても魔女がいる限り無理だと、少女達は言った。

 確かにそうなのだが、その時、あることに気づいた。魔女がうんと言えば、ラゼルを返して貰うことも出来るんじゃないかと。


 アスターはその日、レディナのもとに立ち寄ることにした。前にも寄ったことがあった。その時は、誰にも会いたくないと言って相手にしてもらえなかったが。


 やはり、今日も駄目だった。


「レディナ! あんたは一生そうしているつもりなの?」

 彼女の部屋の前で、母親はがなった。折角司祭様が来てくれたのに、と。アスターは、突然押しかけたのは自分のほうだからと、笑って宥める。


「レディナ。ラゼルのことがあって、そうして篭っているんだよね」

 アスターは扉越しに問いかけた。レディナは答えない。

「ラゼルのことは俺がなんとかするから。レディナは、気が向いたときにでも外に出てきなさい」


 扉から離れると、レディナの母が怪訝な顔をアスターに向けていた。

「何とかするって、ラゼルは、もう……。私だって、あの子に帰って来てほしいと思っているわ。だけど……」

 その先の言葉を続けるのは辛いのだろう。口ごもり、目線を落とす。

 彼女もまた、ラゼルは帰ってこないもの、魔女はラゼルを返さないものと思っている。いや、もう殺されたものと思っていても不思議ではない。


 アスターは、彼女の肩を軽く叩いた。

「そうやって気重に考えていては、レディナだって出て来ませんよ。ラゼルのことは、何とかなります」

 何とかなる。ちょっとでも軽く考えなければ、心に付いた陰りは消えない。アスターはそう考える。


 彼女の不安そうな顔を背に、アスターはこの家を後にした。

「アースラ様も、お慈悲を掛けてくださいますよ」


 外に出てから、アスターはこう呟いてみた。魔女の絡んだ話の中に女神の名を持ち出すのは、村人の間では禁じられた行為だった。

 だから、この言葉をあの母親に向けて宥めようとは思わなかったが。結局、この言葉の意味するところは「為すがまま」だとアスターは考えている。


「魔女様も、お慈悲を掛けてくださいますよ」

 女神の名を魔女に換えただけでずいぶん趣が違うな、とアスターは一人笑みを零した。


 女神の掛ける慈悲は、癒しの言葉。魔女の掛ける慈悲は、村を脅かさないと誓うこと。それこそ、村が願うことではないか。

「魔女様、ご慈悲を」


 常々疑問に思ってきたことがある。どうして、神に哀れみや慰みを望んで良いのに、悪魔には駄目なのか。悪魔と呼ばれる存在も、もしかすると慈悲の心があるのかもしれない。呼ばれるだけの存在ならなおさら、それは厚いベールに隠されているだけかもしれない。

 その可能性を、誰も見ない。




 レディナの家を出たその足で、アスターは村長の家に向かった。

 あの堅物の老人に、ちゃんと聞き入れて貰えるかどうか分からない。けれど、自分の考えの全てを打ち明けるつもりでいた。魔女を倒すでもなく、恐れ従うでもない、この村がやろうとしなかったもう一つの可能性。


「魔女も、分からず屋ではないはずです。村に来た時の声は、普通の女性の物でした。誠意を持って話せば、分かってくれるんじゃないかと、私は思います。村長、もう、全てを終わりにしましょう」

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