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地下迷宮 3

「はぁ…… はぁ……」

 魔物の気配も届かない、静かな場所まで来たと分かると、ラゼルは走るのを止めた。


 立ち止まった二人は、息が整うのを待った。ラゼルは立ったまま足に力をこめたが、ポロは膝を折って崩れ落ちた。

「一体何なんだ、何なんだ、一体、あれは、あれは……」

 頭を抱え込み、ポロは喚く。


 ラゼルはその様子を黙って見下ろした。

 やはりポロは、九年の間、一度として魔物に遭遇していなかった。その気配、痕跡にすら出遭わずに過ごしてきたのだろう。それゆえに、ここまでうろたえている。


――しかし、どうしよう。

 あれだけ数多くの魔物とまた出くわした時、今度のように逃げきることが出来るだろうか。たとえば、ここのように一本に伸びているだけの道で、両側から攻められたとしたら、逃げ場は無い。


「向こうまで行こう。あそこなら、何かあったときも逃げられる」

 剣を鞘に戻し、ラゼルが指差した先に、十字路があった。そこなら、四方向から攻められない限り逃げ道はある。

 この通路には横の部屋はついていない。留まるべき良い場所は、今あそこしかなさそうだった。


「ポロ?」

 先を進もうとしたラゼルだったが、ポロが縮こまったまま震えていたので立ち止まった。

 震えながら唸り声をあげ、ラゼルに飛びついた。


「あれは、あれは何だったんだ?」

「魔物だよ。俺の憶測だけど、間違いないと思う」

「魔物? 魔物……なんでそんな物が!」

「魔女の生み出したものじゃないかな。ここは魔女の持ち物だろうし、いてもおかしくない」


 ポロがまたひざを付き、今度は両手の平を床につけた。

「城にいた黒い奴に、似てるな」

 ふとポロの言った言葉から、ラゼルは記憶を探る。魔女の元まで案内した黒い人を思い起こした。


「あれか」

 この世のものと思えない黒い動物である点は、一致していた。きっと、魔女の思惑しだいで、大人しくなったり凶暴になったりする。




「それよりも、まずは向こうまで行こう。こんな所でもたもたしている間に、奴らが来たら……」

 ポロを担いででも連れて行こうと、彼の肩を掴んだそのとき、気配を感じ取る。それは、ぺったぺった、ではなく、のっそのっそ、と聞こえる。


「ひっ」

 ポロも気づいたらしく、小さく悲鳴を上げる。


 来てしまった。今、奴は十字路の角を曲がろうとしてる。

 そして、黒い巨体がラゼルの両の瞳に映る。

 体つきは牛のようだと感じたが、脚が、体に比べてかなり太い。その足で歩くから、のっそのっそと音がするのかもしれない。


「わぁぁぁ!」

「あ、馬鹿、声を出すな!」

 叫んだのはポロだった。これで、まだこちらに気づかずにのそのそ歩くだけだった魔物も、二人を目に捉えた。


 ポロのほうは一目散に逃げ出していた。ラゼルも、牛の怪物の走る足がとろい事を確認して、それからポロに続く。逃げられない相手では無いと思った。


 しかし、あろう事かポロが転んだ。

「何してるんだ!立って走れ!」

 ラゼルは足を止め、ポロに手を差し伸べた。近づく魔物を気にしながら。

「もう、もう、駄目だ……」

 ポロは怯えた様子で首を振り、ラゼルの手を掴もうとしない。

「諦めるなよ」

「いいや、死ぬんだ、俺は。もう、もう……!」


 いくら足がとろくとも、怪物は巨体ゆえ、そうこうしているうちに迫って来ていた。

 ラゼルは剣を抜き、構える。応戦するしかなかった。




 牛の怪物は、間近で見ると、今まで出くわした魔物よりもずっと大きいことに気づかされた。それだけではない、簡単に倒せる相手でもなかった。

 一撃食らわせただけではひるむことは無く、ラゼルは怪物の太い前足で持って蹴り飛ばされた。

 体は宙を飛び、ポロのいる所よりも先で、やっと地面に体が付く。

 ラゼルはすぐに起き上がろうとする。が、その時、激しい痛みを感じた。痛みは、両手を床につけ立ち上がろうとした時に生じた。


「あ、あ、あぁぁぁ!」

 ポロの悲鳴だった。立ち上がるのもままならずそちらを見やれば、怪物はポロの頭をくわえ、持ち上げていた。


「ポロ!」

 ラゼルは慌てて立ち上がった。その時ばかりは、痛みなど気にしていられなかった。


 しかし、ポロを救おうとしたその瞬間、剣を振るえない事に気づいた。痛みの根源は剣を握る右腕。手は握ることだけで精一杯で、力が入らない。


 右腕の負傷に気を取られている間にも、状況は悪化する。

 牛の怪物が、無防備な人の体を玩具の様に投げ飛ばす、その瞬間をラゼルは目の端に捉えた。ポロは悲鳴も上げずに飛び、ラゼルのすぐ脇に落ちた。


 そこに落ちたものを見下ろし、ラゼルは目を疑った。ヒッと息を呑む。嘘だと思う。だって、彼の首から上は消えていた。

「ポ、ポロ……」

 口元が震える。叫びたい気持ちを抑えながら、次は自分だ、そうラゼルは直感した。


 剣は怪我の無い左手で握りなおす。しかし、利き手での攻撃にひるまなかった相手に、そうでない左手ではどれ程効くのか。魔剣の力を持ってしても、致命傷は負わせられないだろう。

 怪物の振りあがった頭が、ゆっくりと降りてくる。じきに好奇の目がこちらを捉え、襲ってくる。

 そうなる前に、ラゼルは逃げ出した。




 走れば、揺れるしかない右腕はひどく痛んだ。左手で腕を抱え込み、走りにくくなっても、魔物の目から逃れることだけを考え、ひたすらに足を動かし続けた。

 そうして、何とか魔物を撒くことに成功する。


「はぁ…… はぁ…… くそ、くそおぉぉお!」

 ポロを救えなかった。その事で目頭が熱くなった。




 簡単に傷の手当をし、また歩き始めた。回廊の横に付く小部屋を見つけないことには、安心して休めないから。


 T字の角を見つけると、ラゼルはチョークで、1、と書き印し、それを円で囲んだ。逃げ回ったせいで、ここがどこだか分からなくなってしまった。マーキングも始めからやり直しだ。

 ラゼルは左を向き、真っ直ぐに伸びた廊下を見やる。松明は規則的に並び、それは、ラゼルの落ちてきた場所周辺とまるで変わりが無かった。


――出口なんか、見つかるのか?

 隠してきた不安がこみ上げて来る。


『あそこを見たら、もう、出口を探そうなんて気は一気に失せてしまうよ』

 今更になって、ポロの言葉が不安をかきたてる。


――これから、どうなるんだろう。

 やはり、ポロのようにネズミを捕って食いつなぐしかないのだろうか。


 良く見れば、ネズミは通路の端の穴から顔を出し、堂々とラゼルの目の前を横切っていく。それを何度か目にすれば、今まで自分が見落としていただけだったと気づかされる。かなりの数のネズミが、この地下迷宮にはいるらしい。


『深い森で迷っても、そこから抜け出そうと知恵を絞って歩いていけば、抜け出せるものだよ』

――よく言ったものだ、そんな台詞。

 ふっ、とラゼルは自嘲した。


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