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村の祭り 1

「信仰の違いって言うのはさ、考え方が違うだけであって、結局は同じ様な存在を信じているだけなんだよ」

 赤毛と緑の瞳を持つ黒服の青年が、手のひらをひっくり返しながら熱弁していた。


「自然の驚異。人の力ではどうしようもないこと。それを人外の存在にすがろうとするのが信仰。神も悪魔も、どちらも人を超える力を有する物だね」


 女神アースラのお姿を描いた壁画の前に、無作法に座ってそう話すのは、この教会の司祭だった。

 その名はアスター。田舎に一人派遣されただけに、若いくせに態度が大きく、どんな年代の人とも気兼ねの無い青年だった。


「違うのは、それを見る人の意識。勤勉に働くことを代償にその力にすがろうとする人は、ま、後ろにいらっしゃるアースラ神に願掛けをするんだろうね。はたまた、自らの身を悪魔の配下に置くことですがりつく。俺はどちらにつこうとも、その人の自由だと思ってる。どちらにせよ、それは自分の人生を捧げるって事だから」


 その話を、教会内に設置された長椅子に、これまた無作法に寝転がって聞く少年がいた。

 年のころは十五。栗色の髪をだらりと椅子から垂らし、深いブルーの瞳を持つ彼は、昔から狩を営む家の子で、名前をラゼルと言った。


「でもさ、アースラは無駄な殺生するな、とか言ってんだろ?」

「そうだねぇ。レスカの聖者の説話に、こんな話があったっけ。むやみに狩をしては、命を奪ったことに何の感傷も示さない狩人をたしなめた、司祭の話」

「それで、狩人は司祭を殺し、その咎でハリツケにされた。俺、その話聞いたとき、むっときたなぁ。狩人みんなが悪者みたいじゃん」

 ラゼルがあくびをもらしながら言うと、司祭アスターは笑った。


「別に、狩をするなとは言ってないよ。死を少しでも悔やめば良い。その狩人は当然の顔をして殺してたんじゃないか?」

「あ、じゃ、俺だめだ。俺って言わば森の殺し屋だし、狩は楽しいし。アースラの配下には下れない」


「じゃあ、悪魔の配下に入る?」

 アスターが苦笑しながら言うと、ラゼルは、それまで見つめていた天井から、アスターの方へ視線を移した。

「それはもっとゴメンだ。この村で悪魔と言ったらあいつだって、知ってるだろ?」

 そう話していると頭が椅子から垂れ下がったが、寝ている姿勢は崩さない。


「あいつ、ねぇ」

 アスターは笑った顔を真顔に戻す。窓の外を見た。

「そういえば今年だったな。あいつが来るの」

「うん。五年に一度」

 しんみりした顔で、ラゼルは椅子から意図的に落ちた。そこから立ち上がり、アスターに近寄る。


「あの時、俺も子供だったなぁ」


 そうラゼルが言うと、ふいにアスターがぷっと吹き出した。

「なんだよ」

「今も子供だろう? 母親と喧嘩して真っ赤な顔して居座ったのはいつの頃だっけ?」

 ほんの一ヶ月前のその時の事を思い出すと、恥ずかしいばかりだった。顔を紅潮させてそっぽを向く。

「人を笑うなよ。仮にも司祭だろ?」

「仮にもね。でも、あれを絵に収めたら、面白い物が出来るだろうなぁ。顔を真っ赤にして……」

「へぇ、絵心なんてあったのか?」

「無いから言ってるんだよ。あったら描いてた」

「最低。お前、司祭の皮かぶってるけど、実は悪魔?」


 言って、ラゼルは笑った。アスターも笑う。


 二人はお互いに、このようなやり取りを愉しんでいた。

 弄ったり、弄られたり。やられたらやり返せの精神だった。




+ + + + + +




 この関係は、二人の出会った七年前から続いていた。

 ラゼル、八歳。アスター、二十二歳。


 当時、この辺境の村には国からの役人が来ており、アースラの教えを隅々まで広めるという彼らの指導で、村人は白いドーム型の屋根の、西国風の教会を建てていた。そこに司祭として配属されることとなったのがアスターだった。


 このとき、子供だったラゼルは悪戯心にくすぐられていた。

 司祭って言うと、どんな堅物なんだろう。はじめて見る種類の人間にラゼルはワクワクして、ターゲットだけを確実に落とすという巧妙な(といっても、紐を引っ張って蓋を開けるだけの)仕掛けの落とし穴を教会の前に掘った。


 かくして、村の教会に司祭が初めて入るという華々しいその瞬間、アスターは見事に穴に落ちた。


 当然、ラゼルはその様子を見に、仲間を引き連れ穴に近寄った。

 子供が、それも誰もいない夜のわずかな間に掘っただけあって、穴は大人の腰ぐらいまでしかなかった。でも、アスターは穴の入り口付近に尻が突っ掛かり、出るのに苦心していた。


「見事だなー。ラゼル」

 仲間の一人が言った。

「だろー?」

 ラゼルは自慢げに胸を張った。

 仲間がはやす中、アスターを見送っていた大人たちは呆然と間抜けな顔をするだけ。その空気の中にいるのが心地よかった。


「くそ」

 ラゼルが子供だったなら、アスターも若かった。何とか這い上がると、この雰囲気に陶酔しきっているラゼルに掴みかかったのだ。

 さすがにラゼルも驚いた。彼は抵抗することなく押し倒された。

「ずいぶんなご挨拶だな、この悪がき!」

 かなり鶏冠に来ていたアスター。押し倒したラゼルの襟首を掴んで、半ば首を絞めるような状態だった。


「苦しい! やめろ! やめろって!」

 ラゼルは開いた片手でアスターのわき腹を叩いた。仲間もそれに加勢してアスターの背中を叩き、中に混じった女の子は泣いていた。

 顔をゆがませながら、それでもアスターはラゼルを放さなかった。

「かなり名高い悪がきなんだろうな! 二度とするなよ!」


 実はこの日、アスターは前日食べたこの村の郷土料理が体に合わなかったのか、すこぶる気分が悪かった。つまり、ラゼルに掴みかかったのは、これの憂さ晴らし。

 そんな内情知るはずも無いラゼルは、アスターを叩き、逃れようともがきながら、しかしこの男に魅了されていた。

 まさかこんな反応を示してくるなんて。

 自分の仕掛けた悪戯に怒らない人もいた、怒っても怒鳴り散らすだけの人がほとんどで、同世代の子供にやった場合は大概が泣き。

 しかし、こんな風に食いついてきたのはアスターが初めてだった。


 面白い奴、ラゼルはそう思った。



 その後村人が仲介に入ったため、ラゼルは解放された。

 当然、やられっぱなしのラゼルではなく、仲間とともに逃げ去るそのときに、さっとアスターのズボンのベルトを抜き取った。彼のズボンはずり落ち、ラゼルを追いかけようとして転んだその姿はなんとも間抜けだった。





 やられたらやり返す。


 ラゼルはそのときから、アスターにどう悪戯しようか、そればかり考えるようになった。しかられることにもめげず、仲間と次の作戦を立てた。

 アスターはというと、新司祭としての忙しい日々の中、暇を見て考えることといったらラゼルのことだった。また会ったらなんと言おうか、また妙な悪戯を仕掛けてきたらどうやり返そうか。

 そんな二人の攻防が始まり、しばらく経つと、ラゼルはアスターの大きな魅力に気づいた。


 話が面白いのだ。


 彼はこの村のような田舎で生まれ育ち、神学校に通うために王都に出た。そのときの話が、行ったことのないはずの都会に自分も行ってきたようで愉しい。また、宗教や迷信を彼なりに分析した話は興味深く、これがいつも的をついているようで面白かった。

 この『アスターの語り』は、ラゼルだけでなく村人全員を魅了していた。教会で彼の話があるとなると、みな仕事を放り出し、教会の外にまで集まった。中には酒を片手に愉しもうって人まで。アスターの人気はそれほどまで高かった。



+ + + + + +



「ラゼルいるか?」

 教会の扉を開けてそう呼んだのは、三十半ばの、麦藁帽子のおじさんだった。

「はい?」

 ラゼルは振り返る。

「やっぱここだったか。どうしたんだ? 寝てるんじゃなかったのか?」

「まっさかぁ。アスター司祭がうるさすぎて寝られたもんじゃないよ」

 そう言うラゼルのそばで、アスターは苦笑した。

「言うなぁ、ラゼル」

「まあね」


 おじさんは柔和な顔で近づいて、「まぁたお前、司祭の話をひとりで聞いてたのか」

「うん。独り占めってやつ?」

 そう言うラゼルの首を、おじさんはがっと小脇に掴んだ。

「わ。いてぇって」

「ったく、こっちは忙しいのに暢気なもんだ。また手伝ってくれよ」


「まだ忙しいの?」

 アスターが聞いた。

「ああ。今年は豊作でしょう? うれしい悲鳴ですよ」

「そりゃよかった。去年が不作だった分みんな苦心してましたからね。その報いでしょう。アースラは見放さずにここにいらっしゃいますよ」

 すっくと背筋を伸ばして立ち、胸に手をあて唱えるように言うアスター。そんなアスターを見て、いまだおじさんの小脇に抱えられていたラゼルはこう悪態をついた。


「司祭気取りが……」

 アスターも負けじと、

「ええ、正真正銘の司祭ですから」

 にっこり笑う。



「ああ、そうだ。アスター司祭。俺たちと一緒に来ませんか? 司祭が来たらみんな喜びます。そろそろ疲れてきてる輩もいるんで」

「いえ。俺はここにいます。いつもアースラに失礼なことばかり言ってるんで、そろそろ懺悔しないと」

「やっぱ、司祭の皮かぶった無法者」

 おじさんに連れて行かれながら、ラゼルは振り返って舌をべっとだした。

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