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枝を踏む音で目を覚ました。私は目をこするでもなくさっと起き上がり、音のほうに目をこらす。対象はすぐ見つかる。最初に髪の油を分けてやった釣り人だった。特段の注意もなく歩いてくる男に、警戒しつつも仕込み杖の柄から手を離した。
「姉ちゃん、ありがとよ。あの油、結構使えるな。へへ」
後を引くようにへらへら笑う男の要件はそれだけではないだろう。なにか要求があるに違いない。男の身体を視界から外さないように私はオークの大木のそばまで下がった。
「いや、それでよ? もしよかったら、もうちょっくり、あの油、分けて貰えないかねえ?」
そんなことだった。少し安心して力が抜けるが、髪油をいくつも持って来はしない。素直に言っていいものだろうか。激高されぬとも言えない。
「あら、充分あったでしょう? 商売でもなさるのかしら?」
「いやあ、そうじゃねえけどもよお……」
言い淀んだままへらへらしている。頭が弱いようだ。たぶん、こういうタイプは困らせるほうが悪い。私は言い放った。
「商売なさったらいいじゃない」
男は虚を突かれたように戸惑いはじめた。
「いや、商売って……」
「だって、毛針を作れるんでしょう? 油を塗ってその効果を知っているの、あなただけよ?」
ぽかんとした男は、油、ねえしよ……ともぞもぞ言っている。
「残念だけど、油はあげたので最後なの。でも、油は獣から採れるわ。あなたくらいの体格なら、棍棒でも持って、仕留められるんではなくって?」
男はだんだん期待の籠もった目をこちらに向けだした。それでも、でも、だけどなどと言い続けるので、しまいには尻をひっぱたいた。
「つべこべ言ってないでとりあえず一頭、獲ってきなさいな」