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異変に気づいたのはだいぶ時が経って王子が成人を迎えた二十歳の誕生会のことであった。当然婚約者として特別な役回りを持って王子の成人を祝すのだと思っていたクリスティーナは王宮側からなんの打診もないことを訝しみながら宴の席へと向かうが、部屋に入るなり制止する取りまとめ役が言うにはまだ席順が決まっておらず座れないと。国家の大事のうちに入るのではないかと思う宴席での不手際は珍しく、見回すと場の主役たる王子は当然まだ現れていなかったがなにやらひどく慌ただしい。とはいえ騒いだところで問題が解決するわけでもなく祝い事を穢すだけだとクリスティーナは潔く中庭を歩いて時間を潰したのだが、ようやく用意された席を見てみれば随分と下座側である。さすがに腹に据えかねて責任者に苦情を申し立てているところ、王子は現れたのだった。
ユリアン王子はサリアを連れていた。それも従えるのではなく手を取って横に置いているのである。クリスティーナは生まれて初めて激情というものを催した。おおよそものに恵まれ、そしていまは許されぬ自分というものを、王子とともに手に入れるはずだった。サリアの手を受け見つめる王子の視線の意味を察せぬクリスティーナではなかった。彼女に注がれる眼差しはまさに恋慕に即していて、対して自分へ向けられる冷めた視線のなんと悲しいことだろう。けれども宴席は式としては厳かに、祝い事としてはずいぶん重苦しく静かに進行し、そしてユリアンとサリアの婚姻が発表された。嘘か誠かサリアが神の落胤であるとの情報も添えられて。
神など誰がその目に見ただろう。権威付けの嘘に違いない。婚姻の正当性を立てるための方便だ。でも、そんな自分を廃すためにあるような言葉にさえ信憑性を感じてしまう自分が情けなかった。サリアに内在する愛情が、聖女だというのならならばさもありなんと、どれだけ自意識が拒否しても無意識の肯定をもたらしていた。
話を聞いたクリスティーナの父はすぐさま王へ抗議したが、気まずそうにしながらも国家の益は多く見込めるだろう、撤回はなされなかった。それからクリスティーナも王に、王子に手紙を出し、サリアを罵倒し、そうして流言を催すに至り犯罪まがいなことに手を染め、多く物語られる中の悪役と同じような立場へと堕ちたのだった。
激昂したクリスティーナはテーブルをたたき、声を荒らげる。
「サリア、あなた、ユリアンさまをたぶらかしたの!? 私がいると知りながら!」
困惑するサリアをかばうように身を挺すユリアンの視線は冷たかった。もう取り戻せないことはどうしようもなく理解できた。最後は言葉すらなく、クリスティーナは王宮から叩き出された。罪状を負って、体面こそを優先する父は即座に彼女を切り捨てた。