敬語おじさんと丼2
危険な沈黙に最初に反応したのは花島だった。
「凛ちゃん、好みは人それぞれだからそういう風な言い方は良くないわ。凛ちゃんはあそこのおじさん達よりお利口だから先生の言ってる事わかるわよね?」
「……そうだな。ごめん。」
「うむ、そうであります! 例え凛氏でも言っていい事と悪い事があります! カツ丼とは完成された芸術作品といえる料理。揚げたものを煮るという一見無意味な行為にも現代アートに通じるものがあります!」
「そうですよ凛さん。カツ丼の魅力はあの揚げて水分のなくなった衣に染み込んだ甘辛の出汁です! あれは禁断の手法です。揚げ物を出汁でご飯に馴染ませつつ、水分によって素早く食べられるハイカロリー流動食といえる日本が生んだ怪物ですよ!」
おじさん達の迫力にいつになく押され気味の凛ちゃんだったが、話を聞いて鈴木にだけ聞こえる声で呟いた。
「そうなのか?……うちが食べてるのは、なんかお肉は固くてベチャッとしててそんな感じじゃないぞ。」
皆さん、やはり好きな物だとよく喋りますね。しかし、子供に押し付けはよくありません。あと先程の凛ちゃんの呟いた言葉。何となくズレの原因がわかってきましたね。
「凛ちゃんはお家のカツ丼しか食べた事がないのでありませんか?」
「ん? そうだぞ。何か関係あるのか?」
ええ、関係はありますね。家で出てくるカツ丼は大抵、昨晩の余ったカツをリメイクしたものが一般的です。固くなったカツを卵でとじたお家カツ丼と店で食べる揚げたてのカツを使ったカツ丼は全くの別物と言っていいでしょう。正直、私も専門店でカツ丼を初めて食べた時は衝撃を受けました。凛ちゃんはお家カツ丼しか知らない井の中の蛙です。
「凛ちゃん、お店のカツ丼、というより出来たてのカツで作ったカツ丼を食べればきっとおじさん達の言い分がわかりますよ。」
「でも、食べる機会ないからな。」
すると、花島がいやらしい笑みを隠しもせずに話に入ってきた。
「はいはい!! そういう事なら私が凛ちゃんに食べさせてあげるわ!! 凛ちゃん今から行きましょ!!」
「でもうち、お昼食べたからそんなに食べられない……」
「大丈夫よ!! 私と分ければいいの! ふふっ凛ちゃんが使った唾液でテラテラのお箸で仲良く食べさせあいっこね!! 使う用と保存用、それから鑑賞用に食用(?)、ぐふっお箸のおかわり必須だわ!! 先にお箸屋さんにいってなるべく唾液を吸収するスポンジ素材の箸をみつけないと!!」
異様な花島の様子に凛ちゃんが戸惑っている。凛ちゃんも花島が常人とは違う感性の持ち主だと流石に理解していた。だが根が優しいためどうしていいかわからず毎回対応に困っていた。
「えっと……」
「凛ちゃん大丈夫だよ! 私も行くから安心して!!」
「梨花っ!ありがとう!!」
「ふふふっいいんだよ凛ちゃん!……ていうか花島お前、箸食う気なの?? そのまま何も掴み取れず箸で窒息死しろ!!」
その後3人でカツ丼を食べ、凛ちゃんはお家と違って柔らかい少しサクサクの部分まであるカツ丼に感動していた。梨花はそんな凛ちゃんを嬉しそうに眺めながら、横で凛ちゃんの口の中を覗こうとする不自然な体勢の花島をテーブルに押さえつけていた。
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