敬語おじさんとお昼
「鈴木部長、ちょっといいですか?ここなんですけど分からなくて…」
「はい、じゃあ私がやりますから貰います。」
「あっはい、どうぞ…すみません」
「いえ、問題ありませんよ。ではお昼なんでこれで。」
仕事は単調なデスクワークです。昔から人付き合いの得意ではない私に営業や企画などは困難でした。そんな私にこの職場は向いてると思います。窓際部署ですが気が付けば部長になっていました。ただ部下の教育は正直苦手です。コンビニでおにぎりとペットボトルのお茶を買うといつもの公園に向かいます。無駄に広い公園の駐車場裏にある誰も寄り付かない小さな空間が私のお気に入りです。
「おっちゃんおせーぞ!!」
「…おじさんこんにちは」
そんな誰も寄り付かない空間に中年男性と幼女が二人。混ぜてはいけない危険な組み合わせがまた出来上がってしまいました。
「ねえ凛ちゃん、こんなおじさんの何がいいの?」
「クラスでおじさんと遊んでる子って他にいないだろ?皆と違うってなんかかっこいいからな!!」
「かっこよくないよ!恐ろしいよ!」
私は会話する2人を見ながらお昼を食べます。積極的に会話をすると事案になりかねないので、たまに合いの手を入れる絶妙な距離感が大切です。
「おっちゃん飯食うのか?1人で?」
「シー!凛ちゃん失礼だよ!おじさんは皆働いてるから1人ぼっちで食べるんだよ」
「そうなのか!?お父さんもか?」
「うん、多分お父さんもそうだよ。皆コソコソ食べてるんだよ」
凛ちゃんのお父さん勝手に私と同類にしてごめんなさい。お友達のソースは何なのか気になりますが、確かにコソコソ食べているかは疑問ですが1人で食べる人は多いと思います。
「おじさんになると1人で食べれるように進化するんです」
「え!!進化すげー!!」
「おじさん!いい加減な事言うのはやめて下さい!!」
だが、何者にも動じない心に進化している感覚はあります。
「おっちゃんおにぎり1個だけなのか?少なくねーか?」
「凛ちゃん!…おじさんは貧乏で1個しか買えないんだよ。可哀想だから言っちゃダメだよ。(小声)」
この子は気を使えるいい子ですね。世の中には色んな事情のおじさんがいます。だがおじさん全体の印象を悪くするのは良くないですね。
「おじさんは進化してるから1個で十分なんですよ。」
「進化すげー!!」
「次、おじさんが進化したら防犯ブザー鳴らします。」
ここで進化は中止ですか。おじさんは〇ジモンみたいに究極完全体になりたかったです。
「おっちゃん見てたらお腹すいてきたな!」
「じゃあ早く家に帰ろ!」
「いや!そうなると思ってお菓子持ってきたんだ!」
「おじさんの何が凛ちゃんをそこまで引きつけるの?」
凛ちゃんはおもむろに私の横に座るとスナック菓子を食べ始めました。
「もうこぼしてるよ凛ちゃん!」
「ふっこれがいいんだよ!」
「いいわけないでしょ!!」
いや、わかります。スナック菓子を鷲掴みにして無造作に口にねじ込む快感。あのアメリカの肥満児みたいな食い方が至高です。
「わかります凛ちゃん。それがアメリカンスタイルです。」
「おじさんは適当なこと言わないで下さい!!」
「これがアメリカンスタイルかっ!」
スナック菓子をむしゃむしゃ食べる凛ちゃんを見ていると久しぶりに食べたくなってきました。結局、イケメン俳優や美人な女優の凝ったcmより何も考えてないアメリカンスタイルが1番食欲を刺激するのかもしれません。
「おっちゃん名前なんていうんだ?」
「凛ちゃんって唐突だよね。」
「うちは凛。こっちが梨花だ!」
「勝手に知らないおじさんに名前教えないでよ!」
「名前勝手に教えたのは梨花が先だろ?」
「そうだけどー。」
凛ちゃんと梨花ちゃんですか。名前を聞くと忘れかけていた罪悪感が湧いてきます。私は幼女と何をしているのでしょう?
「私はヤマダタロウです」
「おっなんか聞き覚えがあるな!」
「もしかして手配書じゃない?!やっぱり関わらない方がいいよ!」
安全マージン確保で偽名を使わせて貰いました。手配書じゃなく何かの記入例だと思います。
「じゃあ今度からヤマダタロウだな!」
「凛ちゃん、なんで呼び捨てフルネームなの?」
「なんかしっくり来るだろ?ヤマダタロウ!」
「確かにそうかも」
日本人は最早DNAにヤマダタロウという名前が刻まれているんでしょうね。でもあっちが本名なのにこっちが偽名なのはフェアではありません。
「ヤマダタロウ、呼びにくかったら鈴木でもいいですよ」
「わかった!」
「なんで鈴木?どこから出てきたの鈴木??」
気付けばお昼も終わりです。名残惜しいが会社に戻らなければいけません。
「じゃあ仕事に戻ります。」
「おう!ヤマダタロウ頑張れよー!」
「…頑張ってください」
「お2人も気をつけてください。」
会社帰りにコンビニでスナック菓子を買いました。パーティーサイズはやり過ぎたと後悔しました。
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