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乙女ゲームの悪役令嬢に入れ替わったら、秒で婚約者にバレました

作者: みふー

軽いノリでご覧下さい

 鏡に映ったファビュラスな金髪美女が自分だと気付き、私は勝利を確信した。



「よっしゃあー!異世界転生成功!」


 私こと岬幸乃はごく普通の女子高生。受験勉強に励むも模試の判定が振るわず自暴自棄になって、現実逃避にネサフで見つけた「異世界にいこう」という怪しげなサイトにお年玉を課金して手続きを終えた途端に眠気に襲われて、目を開いたらこの姿である。


 陶器の様な白く滑らかな肌、腰まで届く手入れが行き届き黄金に輝く髪の毛はコテで綺麗に巻かれ、気まぐれな猫の様な吊り目は秋晴れの空の様に澄んでいて、いつまでも眺めていたい…この容姿に私は心当たりがあった。


 彼女は「フランボワーズ★キス」略して「フラ★キス」私が勉強そっちのけで連日連夜夢中になっていたゲームに出てくる悪役令嬢、ヴィエネッタ・アイスそのものだ。つまり私は「フラ★キス」の世界に転生したという事になる。


 悪役令嬢に転生したのなら普通嘆く所だけど、問題ない。昨今悪役令嬢はライバルであるヒロインをざまあして都合良くヒーローに溺愛されて、幸せになるのがセオリーだからだ。


 全ルート攻略済みの私ならそれが可能なはず。鏡に映るヴィエネッタを何度も見ながら悦に浸っていると、ドアがノックされた。許可を得て入って来たのは侍女らしき女性なのだが……名前が分からない。


「おはようございますお嬢様。本日はニコラス殿下とのお茶会の予定ですので、準備を致します」


 キタ!ヴィエネッタの婚約者で「フラ★キス」のメイン攻略キャラのニコラス・フォン・ザッハトルテ様!私の最推し!麗しい銀髪にアメジストを閉じ込めたような瞳、更に目鼻立ちが整っていて、長身の細マッチョ。完璧が服を着たような王太子様!優しい笑顔が最高なのよね。ぐふふ、上手くいけば溺愛してもらえるかも!私が持っている「フラ★キス」の全知識と前世チートを以って、必ずニコラス様をオトしてみせる!



 ***



「貴様何者だ?」



 三次元では初対面の最推しはバカでも分かる位軽蔑の感情を露わにしていた。こんな顔ゲームで見た事ない。ああでも顔が良いと歪んだ表情も美しいな。


 と、現実逃避にしてる場合じゃない。まさか中身が違うと見破られるなんて。流石完璧王子様と言った所だろうか。ヴィエネッタとは冷めた関係という設定だからバレないと思っていたのに。まあここはとぼけてやり過ごそう。私は頭の中のスチルとボイスからヴィエネッタを演じることにした。


「ご機嫌麗しゅう殿下。私の顔をお忘れになるなんて薄情者ですのね。オーホッホッホ!」


 感情を面に出さず、それでいて皮肉を口にする。ヴィエネッタのお家芸だ。高笑いはアドリブだが良いスパイスになっているはず。


「なんだその下品な笑い方は!」

「ヒイッ!」

 

 優しさのかけらもないニコラス様の怒鳴り声に私は演技も忘れて慄いた。王子様スマイルはどこに行ったの?怯える私に追い打ちをかけるようにニコラス様は魔王の様な顔つきで睨み付けてきた。


「貴様如きが誇り高き我が許嫁、ヴィエネッタ・アイスを名乗るなど虫唾が走る。何を企んでいる?大人しく洗いざらい吐け。さもなくば斬る!」

「は、話します!なんでも話しますからお助けください!」


 鬼の形相で腰に下げた剣を引き抜き、こちらに切っ先を向けたニコラス様に私は勢いよく土下座して命乞いした。ドレスの装飾が膝に当たって痛いけど死ぬよりマシだ。


「……立て。恐らくは体はヴィヴィの物だろう。体に傷一つつけるな」


 じゃあ斬るとか言うなよ!なんて恐ろしくて口が裂けても

言えないので、心の中で叫んで私は立ち上がると、恐怖で足が生まれたての子鹿の様にガクガクしていた。



 ようやく落ち着いた私はソファに腰掛け、この世界がゲームの舞台である事実を告げた。ニコラス様はその話を長い脚を組んで高級そうなティーカップに口をつけながら無言で聞いてくれた。


「つまり貴様はヴィヴィに成り代わった悪魔ということか」

「あ、悪魔ですって⁉︎」


 いくら婚約者が乗っ取られたからって、悪魔扱いはあんまりだ。私が非難の目を向けるも、汚物を見るような視線は変わらない。


「良し悪し問わず、我が国は古から突如別人格になった者を悪魔憑きと呼ばれている」


 どうやら私以外にも「異世界にいこう」に課金した人がいるみたいだ。しかし悪魔憑きとは……私達はこの世界に歓迎されてないみたいね。


「あのー、他の悪魔憑きの方々はどのような生活をしているんですか?」

「三者三様だ。悪しき者は裁かれ、無害な者は普通に暮らし、持ち前の知識を活かし開発に携わる者もいる」

「ちなみには私は……」

「悪しき者に決まっている。貴様は未来の王太子妃を乗っ取った。許されることではない」


 異世界に来て速攻で処刑なんてありえない!ヤバい、でも逃げられない……まだ死にたくないよ。


「お許しください!どうか、どうかお命だけはお助けくださいー!」

「だからヴィヴィの体を穢すな!貴様を殺せるものならとっくに首を刎ねている。だがそれはヴィヴィを取り戻してからだ」


 ひとまず延命といった所か。私は命乞いをやめて顔を上げる。ニコラス様の顔は相変わらず顰めっ面だ。


「時は一刻を争う。賢人に力を貸してもらおう。外出の用意をしろ」


 何やら策があるらしいニコラス様は傍に控えていた側近のヨアヒム(彼も攻略キャラだったりする)と部屋から出て行き、入れ替わりで私の侍女が慌ただしく入ってきて、お出かけの準備が始まった。



 ***


 馬車に揺られること20分、たどり着いたのは王都の外れにある住宅街だった。予想外の場所に私は戸惑いながら差し出されたニコラス様の手を取る。


「そんな嫌そうな顔するならエスコートしなければいいのに」

「貴様がどうなろうが構わんが、ヴィヴィの体に何かあっては困る」


 本当にヴィエネッタの事を愛しているんだな。「フラ★キス」のニコラス様と大違い。もしや私以外にもキャラ乗っ取りや転生者がいるのかも。それこそヒロインとか!


「あのー質問なんですけど、もしかしてエスキモー学園にピノ・ヴァニラという生徒が通っていませんか?」

「ヴァニラ男爵令嬢は彼の婚約者だが?」


 そう言ってニコラス様が視線を向けたのは後ろに控えているヨアヒムだ。なるほどヒロインちゃんがヨアヒム狙いだったからニコラス様とヴィエネッタは婚約者のままだったというわけだ。


「ピノに手を出したら殺しますからね?」


 にっこり黒い笑みを浮かべ残酷な発言をするヨアヒムに私は赤べこの如く頷いた。彼もまた婚約者を溺愛しているらしい。


 ニコラス様のエスコートで辿り着いたのは何の変哲のない庶民の家だった。ニコラス様が慣れた手つきで戸を叩き入れば、なんちゃって中世とは思えない機械に囲まれた…外観と正反対な景色が広がっていた。


「サトちゃんいるか?」

「おやニコちゃん王子。何か御用ですかな?」


 機械の山からぬっと顔を出したボサボサの黒髪に黒縁のメガネと典型的なオタクはどう見ても日本人である。ていうかサトちゃんニコちゃんって随分仲良いな。


「ヴィヴィに取り憑いた悪魔を祓うべく、知恵を貸して頂きたい」

「なんと…ヴィエネッタ様は悪役令嬢ポジションでしたからいつかこうなるとは思っていましたが…おいたわしい。某の持てる知識で必ずや取り戻してみせましょう!」


 完全に諸悪の根源扱いじゃん。いや当事者にとってはそうだけどさ。理想とかけ離れた展開に私が思わず口を尖らせたら、すかさずニコラス様から「ヴィヴィの姿でみっともない顔をするな!」と叱責される。


「まずは自己紹介をしましょう。某はサトウ・タケシ。ここオトメゲーワールドに転移した日本人であります」

「オトメゲーワールド?」

「はい、ここは乙女ゲームの世界で成り立っております。この国は『フランボワーズ★キス』ですが、隣国は『ストロベリー♡ストラテジー』ですね」


 なんと!隣国は「スト♡スト」とは……じゃあ他の国も乙女ゲームの舞台となっているのね。ヤバい世界一周旅行したい!そんな興奮を隠しきれない私にニコラス様が凍てつく視線を向けたので咳払いして気持ちを落ち着かせる。


「さて、あなたは一体何者でどこからいらしたのですか?」

「岬…岬雪乃。日本の高校生よ」

「やはりそうでしたが」

「なにその知ったような口ぶり」

「オトメゲーワールドの悪魔憑きはJKか社蓄女性が大半を占めているのであります」


 確かにラノベとか漫画の女主人公はそんなのが多いよね。つか随分守備範囲が広いオタクだな。見た所壁に貼ってるイラストの数々は少年誌から子供向けアニメまで幅広かったので、乙女ゲーにも詳しいのかもしれない。


 私が脳内でイラストのキャラ当てをしている中、サトウ氏はカタカタとパソコンのキーボードを叩いていた。中世風の世界にパソコンとかあり得ないが、どうせ知識チートや持ち込みアイテムとかそういうのであろうと片付ける。



 しばらくしてカタカタターン!という音と共にサトウ氏から「ふむ」と声が漏れた。


「分かりましたぞ。どうやらあなたとヴィエネッタ様は魂が入れ替わっているようです」

「なに⁉︎清らかで美しいヴィヴィの魂が便器に入っているだと?嘆かわしい!」


 いやいや流石にそこまで言われると、私も傷付くんだけど……そりゃニコラス様にとって大事な婚約者の体を乗っ取った悪人ではあるけれど。


「それでヴィヴィを救う方法はあるのか?」

「はい、再び『異世界にいこう』を利用すれば元に戻れるかと。規約を確認した所、クーリング・オフが出来るようであります」


 私達に見せたパソコンのモニターには「異世界にいこう」のHPが表示されていた。ていうかインターネットにまで繋がってるなんて、この世界の文明はどうなっているの?


「クーリング・オフとはなんだ?」

「一定期間内なら契約を白紙に戻せる制度であります。これが適用されれば、元通りになるでしょう」

「ならば早速実行してくれ」

「アイアイサー!」

「ちょっー!なんで当事者を無視して話を進めるのよ!」


 慌てて制止する私にニコラス様は肥溜めを見るような目でこちらを睨みつけて来た。


「貴様の意志を尊重するわけないだろう」

「……ですよねー」

「しかし私も鬼ではない。遺言くらい聞いてやろう」


 いやいや死なないから!元に戻るだけだし!突っ込みたい気持ちを抑えて私はお言葉に甘えてニコラス様に質問することにした。


「……どうしてヴィエネッタ様が好きなの?」


 『フラ★キス』はどのルートを選んでもヴィエネッタはニコラス様と婚約破棄するはずだ。それなのに今も婚約者同士でかつ結婚目前なのは何故なのか?ゲームしか知らない私には答えを見つけられなかった。


 私の疑問にここまで鬼神のような表情しかしていなかったニコラス様は初めて穏やかな表情を浮かべた。その姿に私の心臓は騒がしくなる。


「幼い頃から婚約を交わした私とヴィヴィは将来国を担う者として共に厳しい教育を受けてきた。楽しい時、辛い時、いつも隣で支え合い笑い合った。価値観の違いから衝突することもありはしたが、互いに想い合ってこそのことで、乗り越えれば更に愛が深まった。そんな彼女を好きになるなという方が無理がある」


 彼らはこの世界で生まれ生きているのだ。そして将来の為に地道な努力を重ねて今の身分がある。


「それに引き替えて貴様はヴィヴィの血反吐を吐く様な苦労を踏み躙り美味しい所だけ掠め取って楽しようとして、恥ずかしくないのか?」


 ニコラス様の言う通りだ。模試の点数が悪かったからと現実逃避して、ヴィエネッタの努力を土足で踏み躙るような真似をした。こんなズルをしてざまあとか溺愛とか幸せになっても虚しいだけじゃないか。


「もういいだろう。さっさと消えろ」


 相変わらず辛辣なニコラス様の言葉には私を蛇蝎の如く嫌う気持ちと、早くヴィエネッタに会いたいという気持ちが透けて見える。ああ、こんなに人を愛することが出来るなんて、やっぱりニコラス様は最高だ。もし正体がバレなかったら私に甘い笑顔を見せてくれたのかな?いや無いな。きっと何度ヴィエネッタが乗っ取られても必ず気付く。それがニコラス様だ。


 観念して私はサトウ氏の指示に従い「異世界にいこう」にログインして、クーリング・オフの手続きをした。昨今のサブスクと違い割と分かりやすい手続きに良心を感じる。


「この度はお騒がせしました。ニコラス様、ヴィエネッタ様と末長くお幸せに」


 最後に私はニコラス様に別れを告げて、クーリング・オフの送信ボタンをクリックした。途端に意識が遠のき力が抜けていった。



 ***


 あれから2年の月日が流れた。クーリング・オフをした私は無事元の姿、岬雪乃に戻った。わずか数時間の出来事だったはずが、オトメゲーワールドとは時間の流れが違ったらしく、元の世界では1週間も経っていた。


 サトウ氏の言っていた通りヴィエネッタは私と魂が入れ替わっていたらしい。家族や友達の証言によると、どこぞの王室の人間かというくらい所作と言動が上品で、まるで別人だったとか。まあ別人なんだけど。しかもその間ちゃんと学校に通って授業を受けてくれたようだ。お陰で皆勤賞が取れた。


 元の世界に戻ってから私は猛勉強の末、志望校に合格して現在花の大学生活を送っている。幸せは自分の力で勝ち取ってこそなんだと、あの時ニコラス様とヴィエネッタから学び反省したのだ。


「ありがとう。そしておめでとう」


 スマホに映る「フラ★キス」の追加DLCである幸せ絶頂なニコラス様とヴィエネッタの結婚式スチルに私は心からの感謝と祝福を伝えると、スマホをバッグに入れて午後の講義へと向かった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それまで積み重ねてきた努力や関係性を乗っ取りご都合溺愛をうける、 なんていう浅はかな逃避をきっちり突きつけて切り捨てるニコラスにすっきり。 ヴィヴィとの絆が伝わってきました。 ニコラスのよ…
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