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第四話(三)

 それからというもの、ぎこちなさなど何処かに行ってしまったように僕とつゆりさんはお互いのことを話した。

 訊けば彼女は僕と同い年らしい。それなら敬語はやめないかと提案してみると、「これは癖みたいなものなので……」と彼女は苦笑した。

「つゆりさんはいつから妖怪が視えているの?」

「私は、多分生まれつきだと思います。昔から何もないところに手を伸ばしたり、何かについて行くようにふらっと何処かに行きそうになったりしていたから目が離せなかったと父が言っていたので」

「へー……」

 生まれた時から妖怪が視えているのなら、多分僕にとって非日常的な妖怪関連のことも、つゆりさんにとっては日常茶飯事なのだろう。

 妖怪が視えるようになって早数日。その間にも色々起きているというのに、それが生まれた時からとなれば……うん、大変そうだ。

 僕が思考に耽っていると、ふとつゆりさんが口を噤んだ。そうかと思えば、口を少し開けてまた閉じる。何か言いたそうだ。

「どうかした?」

「いえ……。あ、あの……」

 緊張した様子でしどろもどろにつゆりさんが言葉を紡ごうとする。

 顔は俯いて、手はスカートの裾をぎゅっと握っていた。「大丈夫?」と窺おうとしたその時、意を決した様子でぱっと彼女が顔を上げた。

「に、にきくん!わ、私と、友だちになってください!」

 少し震えながらも大きな声ではっきりと彼女は告げた。

 一瞬、言われた言葉の意味が理解できなくて、僕はぱちぱちと目を瞬かせた。

 恐らく、さぞ間抜け面を晒していたことだろう。

 けれども、そんな僕をつゆりさんは不可解そうに見てはいなかった。

 彼女の緊張した面持ちから察するに、そんな余裕などなかったんだと思う。

 寧ろ何も反応を示さない僕を見て、段々とその表情を暗くしていった。そして、小さなか細い声で呟いた。

「ごめんなさい……。何でもないです……」

「あ、いやいや違うからね!?いきなり言われてびっくりしただけだから!」

 はっとして、僕は慌ててつゆりさんに弁解する。何故だか彼女が悲しんでいる顔を見るのは嫌だった。

 僕は元気付けるように思い切り声を張り上げる。

「友だちに、なろう!」

「ほ、本当に?」

「うん。というか、さっきから一緒に喋ったり遊んだりしているし、もう普通に友だちなんじゃないかな」

 友だちの定義がどんなものかはわからないが僕はそれで十分だと思うのだ。

 何言ってんだお前は。そんなキャラじゃないだろう。

 と、頭の片隅で突っ込んでくる冷静な自分がいたが引っ込んでいろとそいつをおさえる。

 ちょっとした気恥ずかしさと、つゆりさんがどんな反応をするのか怖くて、僕は思わず顔を俯かせた。

 ふと、畳の上に何かが落ちたのが視界に入った。

 何だろうと思って顔を上げて、再び僕はぎょっとした。

 何せ目の前の彼女の瞳からぽろぽろと雫が溢れていたのだから。

「え、ちょ、何で泣いているの?」

「う、嬉しくてつい……」

「泣くほどのこと?」

「うー……」

「あー、腫れるから擦っちゃ駄目だよ。えっと、タオルかハンカチ何処置いてたっけ?」

「……大丈夫です。ハンカチ持っていますから」

 慌てて部屋を見渡す僕を制して、彼女は傍らに置いてあった自分の鞄の中からハンカチを取り出した。

 必死で泣き止もうとしている彼女に何もしてあげられない僕はただただ無力で。そんな自分が情けなかったし、何よりとても歯痒かった。


 暫くして目元からハンカチを離したつゆりさんが僕の方に向き直った。

 その目はまだ少し赤い。

「大丈夫?」

「はい、もう大丈夫です。ごめんなさい、迷惑かけてしまって」

「いや、別に気にしてないよ」

「それならよかったです」

 ほっとした様子でつゆりさんが息を吐く。そんな彼女に僕は苦笑した。

「そんなに嬉しかったの?」

「はい。凄く……凄く嬉しかったです。恥ずかしながら、友だちがあまりいなくて……。それに、おばあさま以外に妖怪が視える人と話す機会なんてなくて……。視えるって言っても信じてくれる人も少ないですから……」

 数日前の僕なら、恐らくその人たちと同じだったと思う。

 妖怪のことを言われても、僕には視えないのだから信じられないと思っていたことだろう。

 その人のことを信じたくても、自分には視えていない存在を認めるのは、とても難しいことで。

 僕は知らないうちに暗い表情を浮かべていたらしい。

 気にしなくて大丈夫ですよ、とつゆりさんが笑う。それが何処か寂しげで僕は胸が締め付けられた。

 だから、僕は彼女に告げたのだ。

「……僕でよければ話を聞くよ」

「え?」

「まだ妖怪が視えるようになって数日だけど、ちゃんと視えているし、ちゃんと声も聞こえている。もし、妖怪関連で話したいことがあったら、ばあちゃんだけじゃなくて僕もその話を聞けるからさ、気軽に話してよ。まあ、聞くだけしかできないけど……ほ、ほら、僕たち友だちになったことだし!」

 照れ臭さを紛らわすために頭を掻きながら付け足す。だけど、余計に恥ずかしいと思ってしまったのはここだけの秘密である。

 再びつゆりさんが手に持っていたハンカチで目元を押さえた。

 ……ああ、また泣かせてしまった!

「あー、にきがつゆりを泣かせてるー」

「泣かせてるー」

「お前たち五月蝿いぞ!」

 いつの間にか戻ってきた小鬼たちが今度は庭のガラス戸の方から部屋の中を覗き込んでいた。

 振り向いて怒鳴ると奴らは直ぐさま逃げて行った。

 全く、と僕は悪態をつく。すると、ふふふ、と笑いながらつゆりさんが顔を上げた。

「……にきくん」

「ん?何?」

「ありがとう」

 まるで朝露に濡れた蕾が開いたかのように彼女の顔が綻んだ。

 その笑顔を見て、どきりと心臓が鳴った。

 あれ、と思っていたら、今度は次第に顔が熱くなっていって――。

 ……何だこれ何だこれ何だこれ!

 明らかに今の自分が異常だと感じて、反射的につゆりさんから顔を逸らす。

「どうかしました?」

「うんごめん少し待って」

 顔を手で隠し、熱をおさえるために、何度も何度も深呼吸をした。

 おさまれおさまれと心の中で何度も念じながら、頭の片隅でどうしてこんなことになってしまっているのかを考える。

 こういうことに疎い僕でもわかる。


 にき、十四歳。僕は、人生で初めての恋をしたらしい。

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