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第十五話(二)

 居間から大きな笑い声が聞こえてくる。

 酒が入った大人たちの会話にはついて行けず、僕とつゆりさんは二人して縁側に逃げてきた。

 僕はぼうっと庭を眺めていて、つゆりさんはじっと下を向いていた。お互いに何も話さない状態がずっと続いている。

 不意に口を開いたのはつゆりさんの方だった。

「明日、帰っちゃうんですよね……」

「う、うん……」

 そして、訪れたるは沈黙。

 ああもう、一体何を話せばいいのかわからない。

 内心で頭を抱えていたその時、コツンと頭に何かが当たった。

「うわっ!?」

「ど、どうしたんですか?」

「いや、何かが頭に当たって……」

 きょろきょろと辺りを見回してみると、近くに小石が落ちていた。

 え、何でこんなものがと二人して見ていると、「若ー!」「にきー!」と庭の方から声を掛けられた。

 そちらを見てみれば、こっちへ来いと手招きしている河童や小鬼たちがいた。

 お腹がいっぱいになったから寝る、と言って筒の中で眠っていたはずの管狐の姿もそこにはあった。つゆりさんも気づいていなかったようで、「あれ、いつの間に……」と驚きを含んだ声が僕の隣から聞こえてきた。

 奴らは何故か各々懐中電灯を手に持っていた。

 懐中電灯の光によってぼんやりと照らされているその姿は、いつにも増して不気味さが醸し出されている。

 全く、一体その懐中電灯何処から持ってきたんだよ……。取り敢えず、不気味だから今すぐやめていただきたいのだが。

「何か呼ばれているからちょっと行ってくるね」

「は、はい」

 つゆりさんに断りを入れ、サンダルを足に引っ掛けて彼らのいる方へと向かう。

「何か用か?というか、その懐中電灯何処から持ってきたんだよ」

「そこら辺からちょっと拝借してきた。それはそうと、全く、キミは何やってんの!」

「はい?」

 開口一番に管狐に駄目出しを食らった。いやいや、訳がわからないんですけど。

 首を傾げれば「あ、ダメだこいつ」みたいな視線を送られて更に訳がわからなかった。

「何だよ。用がないなら戻るぞ」

「戻ってどうするってのさ。さっきからろくにつゆりと話せてないくせにー」

「んぐっ」

 痛いところを突かれてしまった。押し黙る僕に管狐が話を続ける。

「という訳で、さっさとつゆりに告白してきなよ」

「……はいっ?」

 突拍子もない話に僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。

 一体何を言ってるんだこいつは!

 驚きのあまり固まっていると、ぽんと背中を叩かれる。振り向けばそこには河童がいた。

「そうっすよ若!今が告るチャンスっす。今言わないんでいつ言うんすか!」

「そうだよ、言っちゃいなよ」

「言っちゃえー!」

「言っちゃえー!」

 ぐっと拳を握りしめ力強く語る河童とにやにやといやらしく笑いながら面白そうに促す管狐。その後に小鬼たちが続く。おまけにがさがさと、まるで僕を励ますかのように庭の木々や草花が騒めいた。

「……ああもうわかったよ!」

 やいのやいのと騒がしくなる妖怪たちを蹴散らして、僕はつゆりさんの元へと向かった。「おお、行ったー!」と後ろからそれはもう楽しそうな歓声が聞こえてきたが気にしない。気にしたら負けだ。

 黙々と歩いて、僕はつゆりさんの隣に腰を下ろした。

「何のご用だったんですか?」

「え?ああ、いや、うん……」

 訊かれて咄嗟に顔を下に逸らす。床の木目が視界に入った。

 ……ああ、そういえば、つゆりさんと最初に出会ったのはこの縁側だったっけ。

 そんな現実逃避をしていると、視界の片隅で何かが動いた。何かとは言わずもがな。小石を投げようとしている妖怪たちが先程よりも近くにいた。

 ……ああもう!

「あ、あの!つゆりさんに言いたいことがあって……」

「はい、何でしょうか?」

 じっと見つめられて言葉が詰まる。顔が熱くて熱くて仕方がない。

 熱を逃すためにも、落ち着くためにも、深く息を吸って吐いた。そして、覚悟を決め、思い切って顔を上げる。

 僕は真っ直ぐとつゆりさんを見つめる。そして、勇気を振り絞って告げた。

「ま、また来るから!電話もするから!」

 顔を真っ赤にしながら言えたのはただそれだけだった。

 訪れたるはまたしても沈黙。何とも言えない空気が辺りを漂っている。

「ああー、何やってるんすかー」

「ヘタレだなー」

 呆れたと言わんばかりに何やらぐちぐちと言っている声が聞こえてくる。突っ込みたい衝動に駆られたが今は無視だ無視。

 向こうのことよりも今はこっちの方が大事なのだから。

 僕の視線はじっと目の前の少女に向けられていて、僕はただただ彼女の反応を窺っていた。

 つゆりさんはきょとんとした様子で目を瞬かせていた。だが、次第にその目は潤んでいき、ついにはぽろりと雫が溢れ落ちた。

「え、ちょ、つゆりさん?何で泣いているの?」

「う、嬉しくてつい……」

「泣くほどのこと?」

「うー……」

「あー、腫れるから擦っちゃ駄目だよ」

「うわー、泣かせたー」

「泣かせたー」

「五月蝿いぞお前たち!」

 慌てふためく僕に、小鬼たちが野次を飛ばす。遂に耐えられなくなって怒鳴れば、「ひゃー怒ったー」「ひゃー怒ったー」と奴らはきゃっきゃきゃっきゃと笑いながら逃げ去った。

 全く、と溜息をつき、つゆりさんへと向き直る。

 必死で泣きやもうとしているつゆりさんを見て、「そういえば、前にもこんなやり取りをしたなぁ」と回想して一人で苦笑した。

 そんなことを考えていると、ぽつりとつゆりさんが言葉を漏らした。

 飛ばしていた意識を再度彼女へと戻す。

「……手紙」

「え?」

「電話だと父に切られてしまう可能性があるので、その……にきくんに手紙書いてもいいですか?」

「……もちろん」

 少し目を腫らしながらもしっかりと紡がれた言葉に力強く頷けば、彼女はまるで蕾が綻ぶように微笑んだ。

 ……ああ、今はこの笑顔だけで十分だ。

 嬉しそうに笑うつゆりさんに僕も笑い返す。

 僕たちの関係は、取り敢えずはここまでだ。

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